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②保管庫の破壊ー喧嘩ー

一々休養を挟んでしまい、申し訳ありません。

できるだけ更新できるよう体調管理に努めます。


 保管庫の破壊に断固反対を掲げていたツワブキだったが、数分もしない内に意見を曲げた。魔王城から無限に届く催促の手紙に、諦めたともいえる。流石は母親限定八方美人。母ティアベルの前では猫を被らずにはいられないようだ。

 保管庫へ案内してくれるらしいツワブキだったが、ふと立ち止まるとグリンと方向転換をした。足早にエーリヒたちに近づくと、胸ぐらめがけて手を伸ばした。が、あと一歩というところでルイに手を払われた。両者の身体能力は五分五分なのだ。それもエーリヒが関わるとなれば、ルイの反応速度は格段に上がる。

 しばらく睨み合いを繰り広げていた両者だったが、ツワブキのため息で緊張が緩む。ツワブキは腕を組むと、しかめ面のまま低音を響かせた。

「確認だ」

「……っ、」

「オマエら、母さんを何と呼んでいる?」

 信用たり得る証拠は? エーリヒたちの素性は? 面倒な質問を覚悟し、唾を飲み込んだエーリヒだったが、続く問いにポカンと口を開けた。

「……は?」

「だから、僕の母さんの呼び方だ。馬鹿でもわかる質問にしてやったんだからさっさと答えろ」

 エーリヒへの馬鹿呼ばわりにルイとシェドが手を振り上げたが、エーリヒが止めたおかげで実害は出なかった。いくら高圧的な態度とはいえ、暴力に訴えかけるのはよろしくない。兄弟子となるならば尚更だ。

 さて、エーリヒは決してツワブキの質問を聞き逃したわけではない。理解に少々時間を要しただけだ。不信点などいくらでも転がっているだろうに、今訊くことがそれか? と。

 だが、エーリヒの脳は正確に答えを出した。この腹黒はする、と。

 そして確信した。「ティアベル」の「ティ」を出した時点で消される、と。

 しかしこういう失敗が許されない場面程、空気を読めない者はいるもので。

「ティアベル様だ」

 ルイ―! とエーリヒは内心で叫んだ。

 知ってた。知ってたけど今じゃない。堂々と見下すように答えたルイに、エーリヒは堪らず涙を溢した。

 涙する主。その頬をペタペタと触るシェド。むせ返る黒馬。一見すると真顔のまま、しかし毎秒ほの暗さを増していくツワブキの冷たい視線。

 このカオスと化した状況を毛程も気づくことなく、ルイは胸を張る。

「ついでに教えておいてやるが、我々は馬鹿ではない。他者を見下さずにはいられないお前の方こそ、私には馬鹿に見えるがな」

 ブチッと血管が切れるような音がしたのは、気のせいだと信じたい。

「……母さんには途中で逸れたと伝えておこう」

「逸れる要素が何処にある? 阿呆め」

「とりあえず保管庫だけ案内してもらっていいっスか?」

『アイヨ』

 再度始まった殺し合いをよそに、エーリヒたちは保管庫へと歩みを進めた。



 シュヴァルツの案内に従い建物内を歩いていると、落ちるような高音が近づいてきた。何処かで聞いたような、しかし思い出すには、暗い影に捕まらなければいけないような。着イタゾと振り返ったシュヴァルツの声に、エーリヒはハッと顔を上げた。知らず知らずのうちに、シェドを抱く手に力が入っていたらしい。眉尻を下げて見上げるシェドか、はたまた案内してくれたシュヴァルツにか。エーリヒは震える声でごめんと呟いた。

 ボロボロの扉をくぐった先には、幻想的な空間が広がっていた。贅沢にも天井に張り巡らされたステンドグラス。それらが日光を視覚化し、色鮮やかに空間を照らす。石でできた床には水面が張られ、光を受けて宝石のように輝いていた。いや、宝石よりも美しい。そんなにも胸を掴まれてしまうのは、中央に佇む女の像も一因だろうか。少なくともエーリヒにとっては、立ち入りを躊躇うほどの光景だった。

 呆けるエーリヒの背を、唐突な痛みが襲う。振り返ると、背を乱暴に押した犯人——ツワブキが眉間に山をこさえて立っていた。背後には今にも殴りかからんとするルイもいた。

「突っ立ってないでさっさと入れ。こちらの迷惑も考えろ」

「すんません……」

 手厳しい。しかし言っていることはド正論。狭い通路を塞がれれば後が閊える。何より青あざや血の跡が痛々しいのだ。素直に謝った方が三度目の殺し合いを招かずに済む。ツワブキがエーリヒの背を押した時点で、三度目は始まっているに等しいが。

 エーリヒがルイをなんとか落ち着かせようとする背後で、呆れたと言わんばかりのため息が落ちる。

『ツワブキー……、迷惑ッテコタァネエダロ。実際助カッテンダゼ?』

「フン」

『カッワイクネエー……』

 シュヴァルツはイーっと歯をむき出しにすると、エーリヒの元へ水面を揺らしながら寄ってきた。

『悪ィナ。水ノ提供助カッタゼ』

「別に良いけど……、水って?」

 助けるようなことをしただろうかと首を傾げると、シュヴァルツはヒヒンと鼻を鳴らした。

『ココントコ纏マッタ雨ガ降ラナクテヨ。ソイツガ暴レテクレタオカゲデ、水ヲ集メル手間ガ省ケタ』

 色々ブッ壊サレタケド! とケラケラ笑うシュヴァルツ。エーリヒはソイツこと、腕の中のシェドを見下ろした。

 暴れたシェド、足元を覆う水、ボロボロの扉、前の部屋で拘束された自身と、奥から現れた巨大な鯨……。

 色々と繋がったエーリヒは、空いている片手でシュヴァルツの頬を引っ掴んだ。

「生まれたばっかの赤ん坊に何してくれてんだこの野郎!」

『動物虐待!』

「先に虐待したのはどっちだよ!」

『ダカラ悪カッタッテ! 痛テテテテ!』

 新たな争いが始まる中、一人黙々と準備を進めていたツワブキが振り返った。

「静かにしろ。始まるぞ」

「?」

 思わず手を止めたエーリヒの元に、ゴゴ……と重い音が響き渡る。パシャリと遊びだした水面を前に、エーリヒは眉根を寄せた。

「……動いてる?」

「当然。死にたくなければしがみ付け」

『モウ掴マレテルヨォ……』

 水音を立てながら近づいて来たツワブキは、相も変わらず冷たい目つきをしていた。いや、何かが違う。注意深く探さないと分からないような、小さな変化。

「……あれ」

 ネックレスは? そんな問いは、喉の奥へ引っ込んだ。

 床一面が抜けたのだ。

「ッ、」

 文句も絶叫も上から下へ。ただ一人、ネックレスを預けられた像だけが、底の見えない暗闇へと見送った。



 もうどれくらい息をしていないだろう。激流と共にあっちへこっちへ、自分が何処に運ばれているのかもわからない。

 ただ一つわかるのは、手を放したら終わりだということ。この激流の中、まるで陸を駆けるように泳ぎ回るシュピール。彼から離れた瞬間、硬い岩壁に身体を強打し、命運は尽きる。毛の一本だろうと鷲掴み、今度こそとっちめてやらなくては。

『出ルゼェ。手ェ放スナヨ』

 バシャアッと唐突に視界が開ける。漸く、ようやく息が出来る。そんな安心を覚えられたのは、一瞬のことだった。

「ッ……!」

 眼下に広がる家、家、家。間には水路が敷かれ、橋に水車に船に、水上生活に必要な大半が設置されていた。人も、動物も、気のせいでなければドラゴンもいる。先程まで山にいたとは思えぬほど、立派な町がそこにはあった。

 そしてこの高さから落ちれば、水面だろうと間違いなく死ぬ。

 とっさの判断だろう、ルイが壁になるよう覆いかぶさってきたが、人ひとり間に挿んだ所で結果は変わらない。自慢の筋肉が固いことを忘れたか。

 ぶつかる——きつく目を閉じた瞬間、意外にも身体がふわりと浮いた。そろそろと目を開ければ、身体を大きくしたシュヴァルツが、水でエーリヒたちを包んでいた。

 エーリヒたちを水から解放すると、シュヴァルツはブルルと鼻を鳴らした。

『巣ヲ血塗レニスルワキャネェダロ。心外ダナ』

「ッげ、げほ……ご、ごめん。ありがと……」

『ソノ顔ニ免ジテ許シテヤラァ。美人ニ産ンデクレタ母チャンニ感謝シヤガレ』

 美人でなかったらどうなっていたのだろう、割と重大な疑問が頭をかすめたが、訊くのも恐ろしいのでやめた。大人しく天国の母に感謝を述べる。

「せんせー!」

「シュヴァルツー」

 木を踏み鳴らしながら近づいてくる賑やかな声。この町に住んでいる少年たちだ。

少年たちは橋から顔を覗かせると、ツワブキらに手を差し伸べた。

「なかなか降りてこないから心配しました」

「その人たち誰―?」

「怪我してんじゃん! 大丈夫?」

「シュヴァルツは? 無事?」

「誤解から少々揉めただけだ。問題ない」

 そっかー! と明るい声が響く一方、エーリヒたちの胸中はどす黒かった。

「少々?」

「揉めただけ?」

『……!』

『僕バッカ睨ムナヨォ……』

 険しい視線の集中砲火に、シュヴァルツは思わず縮こまった。自身も助けを借りて橋に上がると、人型になって今度はエーリヒたちを引き上げた。

『アイツハ良イ奴ジャネェケド、悪ィ奴デモネェンダ。現ニ町ノ奴ラカラハ好カレテル』

「マジか」

「なんて見る目の無い……」

『アイツガ攻撃的ニナルノハ、母親ヲ取ラレタクナイ一心カラダ。心臓王ガ行方不明ニナッテ五百年……嫉妬スルヨウナ相手ハ、数エル程シカ残ッテネェヨ』

 エルフのツワブキには短い時間でも、人間にとってはそうではない。孫が生まれ、その孫が生まれ……どれだけ必死に伝えようとも、覚えていてもらおうにも、残るのは「心臓王」というイメージ像。実際に会い、関わる。その方法以上に、過去の者たちと未来の者たちを繋げる術はない。

 穏やかな光景に隻眼を細めるシュヴァルツは、喜んでいるようにも、悲しんでいるようにも見えた。

「シュヴァルツ……さん、あの人のこと結構好きでしょ?」

『マサカ! アイツトハタダノ腐レ縁ダ。過去ニ戻レルモンナラ、勝負ナンテ絶対、ゼッタイ仕掛ケネェ!』

「勝負?」

 エーリヒが首を傾げると、シュヴァルツは過去を思い出したのか、頭を垂れた。

『美人ダカラ喰ッテヤロウト思ッテタノニ、逆ニ使イ魔ニサレチマッタ』

 ココマデ性悪ダトハ思ワナカッタゼ……、そう項垂れるシュヴァルツを前に、本音を隠さずにはいられなかった。

「やっぱ馬鹿だ」

「馬鹿ですね」

『バカ!』

『オマエラ隠ス気ネェダロ』

 セメテ聞コエナイ所デヤレ! シュヴァルツの怒号は、町の片隅にまで響き渡った。



 町まで相当深く落ちたが、保管庫はさらに下——地下最深部にあるという。ツワブキたちの案内のもと、エーリヒたちは下へ下へと螺旋階段を下りて行った。中央を流れる滝の音に紛れ、ツワブキの落ち着いた声が地下に響く。

「今でこそ賑やかな町になっているが、本来ここは、人間が気安く立ち入っていいような場所ではない」

 ツワブキが壁を指さしたため、エーリヒたちも視線を移す。ルイやシェドは首を傾げるばかりだったが、エーリヒだけは、その岩肌にハッとした。

「これっ……!」

「触るな」

「!」

「生き埋めになるぞ」

「生き埋め……?」

 眉根を寄せるルイを一瞥した後、ツワブキは何事もなかったかのように歩き出す。

「ここ、『雨の神殿』は、母さんが幼少期を過ごした場所であり、魔法の基盤を作り出した場所でもある」

 昔の魔法は、神——ドラゴンが起こす奇跡であり、人間には扱えないものと信じられていた。だから人間たちは、ドラゴンに儀式や生け贄を捧げ、代わりに恩恵を授かろうと考えたのだ。その上下関係を、誰もが正しいと信じていた。

 ただ一人、ティアベルを除いて。

「母さんは、ドラゴンの鱗一枚一枚に書かれている魔法式を壁面に書き写し、解読し、組み替え、人間にも扱えるよう簡略化した。それが、僕ら人間が使っている魔法の始まり。この壁の凹凸は、母さんが魔法式を書き写した跡だ」

「これ、全部……!」

「どこまであるんだ……」

 エーリヒたちに見える範囲だけでもびっしりと。滝を挟んだ反対側もゴツゴツとしているのが見て取れる。巨体なドラゴンなら二、三体入る深さなのだから、この山一帯に書き写されていると考えても不思議じゃない。

「ドラゴンと人間の共存共栄……母さんは魔法を人間にも広めることで、平等な関係を目指そうとした。しかし発展に危険は付き物。この古代文字はドラゴン専用。人間の脳には認識阻害がかかるため、第一線の研究者でも、この文字を理解することはできない」

 もちろん僕も、その言葉にエーリヒは眼を見開いた。

「……」

「五百年以上見ていても読めないのだから、もう一生無理なのだろう」

『僕タチ妖精デモ読メルノハ一部ダケダ』

「……」

「難儀な……って、どうしました?」

 冷や汗をダラダラと流すエーリヒに、ルイはこそっと耳打ちした。珍しく気の利いた行動を褒めるべきなのだろうが、今のエーリヒにそんな余裕はなかった。

 どうしよう、俺、読める。

 エーリヒの横に書いてあるのは水魔法の魔法式だし、ツワブキの横には防御魔法、心配するルイの横には精神魔法の魔法式が書いてある。何なら全文読めるし書けるし、記憶も出来る。

 しかしそれを目の前のツワブキに話したらどうなるだろう。嫉妬、憤慨。それらで済めば可愛い方ではなかろうか。最悪殺……されたくはないが、否定も出来ないのがツワブキという男。

 焦るエーリヒとは対照的に、ルイの表情は明るかった。パッと口角を挙げ、踊るように口を開く。

「そういえば! エー、」

「……」

 言うんじゃない。絶対に言うんじゃない。険しい面持ちで口をわし掴んできた主を前に、流石のルイも察した。

 急に黙り込んだルイを不自然に感じたのか、ツワブキは眉根を寄せて振り返った。

「なんだ、最後まで言え」

 まさか馬鹿正直に俺読めますなどと言えるはずもなく。エーリヒはルイの口元を掴んだまま、努めて明るい声を出した。

「えー、えー……エールフライが飛んでるって! 相変わらず眼が良いなルイ!」

 エーリヒは無理矢理笑いながら、滝周辺を飛ぶ小さな影を指さした。

 エールフライ、別名『発光蝶』。魔力を光に変え、仲間や獲物を呼び寄せる。素揚げにすると旨い。

「エールフライか……。アイツらも中央を飛ぶばかりで、壁の近くには寄らない。留まったら暴発すると理解しているのかもな」

「!」

「魔法式をよく見てみろ。所々重なり合っているだろう。一度でも魔力を持つ者が触れれば最後、全ての式に魔力が行き渡り、この神殿は崩壊する」

 それが分かっていて、母さんもここを保管庫にしたんだろうな、とツワブキはさもあたりまえのように述べた。

 ツワブキに魔法式の意味は分からない。だがこれだけびっしりと書かれていれば、どこに崩壊を招くような魔法式があっても不思議ではない。彼はそう考えているのだ。

 だが、それが分かっていて何故。

「……なんで、何であんたたちは、この場所で暮らすことを選んだの?」

 エーリヒの絞り出すような問いに、ツワブキはピタリと足を止めた。

 壁に触れれば終わり。リスクが隣人のようなこの地に何百年も住み続けるなど、並の神経では不可能だ。むしろこれまで生き埋めになっていないことが奇跡といえよう。

 いくら母が大事でも、母の思い出の地であろうとも、死傷者が出れば逆効果だ。後世に渡り、不幸な地として名前が残る。そのようなことは母ティアベルも望んでいないだろうに。ツワブキもまた、考えなくとも分かるだろうに。

 ツワブキは振り返ることなく、再び最深部へと歩き出した。

「……あの地獄の日々に比べたら、何処にいたって天国だろ」


 ◇


 無言で階段を下り続けること十分強。遂に保管庫のある最深部までたどり着いた。

 が、肝心の保管庫は見えない。強固な石の扉が、エーリヒたちの行く手を阻んでいた。

 どこかに開ける仕掛けがあるのだろうが、ツワブキはしゃがみ込んだまま教えてくれない。むしろ煩いと吐き捨てるような言葉が返ってくる。

 ならば自力でと考えるが、鉱石で出来た蝶が我も我もとくっついてきて鬱陶しい。払っても払っても寄ってくる数が上回るため、開錠を考えている隙が無い。

 蝶に遊ばれていること暫く。ツワブキはようやく重い腰を上げた。蝶の隙間から見るに、手中にいくつかの鉱石があった。

 ツワブキはそのうち二つをエーリヒとルイに渡すと、鉱石を摘まみながら言ってのけた。

「呑め」

「……は?」

「呑め」

「「呑め!?」」

 前のめりになった拍子に、留まっていた蝶が慌てて羽ばたいていく。自由になった視界で改めて確認するも、手中にあるのは各辺三センチほどの立方体。これを呑み込めと。

「正気……?」

「エルフには石を食う文化でもあるのか?」

「つべこべ言ってないでさっさと吞め!」

 お手本とばかりに呑み込むツワブキ。一度も戻さず呑み込むものだから、見ているエーリヒたちの方が吐き気を覚えた。

「うへェ……」

「……そこの馬、お前はいいのか? エリックの分を分けてやろう」

 ルイは目にも止まらぬ速さでエーリヒの手から鉱石を取ると、餌でもやるようにそこの馬——シュヴァルツに差し出した。ちなみに『エリック』とは、エーリヒの素性バレ防止に使われる仮名である。

 威圧的なルイの態度に、シュヴァルツはイッと歯をむき出しにした。

『僕ハ使イ魔ダカラ、ツワブキガ喰エバ喰ワナクテ良インダヨ! ソコノ餓鬼ニモ渡シテネェダロウガ!』

 ソコノ餓鬼ことシェドは、突然集まった視線に大きな瞳を瞬かせた。

 使い魔と主は二人で一つ。感情も、怪我も、魔力だって共有される。一人が石を取り込めば、二人で取り込んだのと同じこと。

 シェドは小さな掌をパッと挙げ、エーリヒの腕の中で声を張り上げた。

『シェド、ノム!』

「そうだな。お前が呑むべきだ」

 さも当然と言わんばかりにルイが渡そうとするのを、エーリヒは力づくで奪い取った。鉱石とシェドを抱え直し、ルイとシュヴァルツをキッと睨みつける。

「幼児に呑ませるもんじゃねえだろ馬鹿共! 喉に詰まらせたらどーすんだ!」

「貴方が窒息死するよりマシでしょう」

「マシじゃねーんだよ!」

「エリックの使い魔? なら代わって当然だ。な?」

『ン!』

「うるっさい! オマエらに関してはどっちでもいいから吞め! さっさと吞め! 気合いだ!」

 根性論を振りかざして圧をかけてくる兄弟子。根負けしたエーリヒたちは、せめてもの抵抗に、鉱石を丹念に磨き上げてから口に入れた。

 でかい、刺さる、吐きそう。不満と共に呑み込む頃には、自然と涙があふれていた。

「うっ……なんかゴロゴロする……」

「私もです……」

「耐えろ。三日もすれば落ち着く」

「三日異常が続くということだろうが! こちらは帰りもあるんだぞ!」

「知るか。……ほら、」

 開くぞ。その一言と同時に、足元がぐらぐらと揺れる。壁に貼りつく鉱石はこぼれ落ち、周囲の水も波打ったため、神殿全体が揺れているのだと理解できた。

 重い重低音と共に扉が開く。扉の奥から差し込む眩い光に、エーリヒたちは目を瞑らざるを得なかった。

「青い蝶以外は振り払え。毒だからな」

 ずかずかと内部へ進むツワブキに倣い、エーリヒたちも蝶を振り払って進む。重要なことは先に言えと内心で叫んでも、決して背後から殴ってはいけない。

「おわァ……」

「これは……」

 息を合わせたかのように、二人から感嘆の声がもれる。扉の奥には、本当に地下深くか見紛う程の、明るい庭園が広がっていた。

 芝生を踏みしめながら、目と耳はあらゆる情報を現実として伝えてくる。

 水で囲まれた広い芝生。その中央には一本の広葉樹と、小さな家がポツンと建っていた。草花は家を囲うように生い茂り、景観として、また魔道具を保管する棚として機能していた。

間違いない。この場所こそがエーリヒたちが目指し、破壊を命じられた保管庫だった。

 呆けている間にも、ついて来た蝶たちは上へ上へと羽ばたいていく。群れとなって空のように煌めく姿は美しく、どうしようもなく切なかった。

 揺らめく青い太陽を眺めている内に、ツワブキからおいと声がかかる。駆け寄ったツワブキの手には、恐怖の象徴とも呼べる品が握られていた。

「探していた首枷だ。ちゃんと二つある」

「二つ……」

 呟いたっきり胸元を掴んで黙り込むエーリヒ。冷や汗の止まらない彼に代わり、有能な従者は疑問を口にした。

「ティ、……かの方からは、六つあると伺っているが」

「それは合計数だ。ここには二つ。リツハルドの所に一つ。ガーネットの所に一つ。あと二つは……」

 ツワブキは眉根を寄せると、険しい面持ちのまま顔を上げた。

「王宮……今は奪われて、勇者一族の所だろうな」

「つまり……」

 ライアー王国。そう呟いたエーリヒの心中を察し、ルイも肩を落とした。

 ティアベル作の首枷が二つでも、王国の奴隷はそれ以上。ティアベルの首枷は何かしらの方法で流出、量産されていると考えて間違いない。

「持ち出したことは?」

「あるわけないだろう。……まさか、僕を疑っているのか? ハッ、馬鹿馬鹿しい。母さんの魔道具だぞ。僕以上に厳重に保管している奴がいるわけがない」

「……」

 疑うに値する人間性。しかしティアベルに関する信頼度はそれ以上。

 ルイは見定めるように目を細めたまま、次なる質問を投げかけた。

「持ち出す、もしくは量産するような人物に心当たりは?」

 ツワブキはルイから手中の首枷へと視線を落とした。考え、疑う。記憶を手繰り寄せる沈黙が続いて、暫くのことだった。

「……この首枷に限ったことではないが、母さんが魔道具を渡すのは信頼する相手だけだ。渡された奴らも、母さんを裏切るような真似はしないはず。……ただ」

「ただ?」

「制作に途中から関わったガーネット……アイツなら、量産は容易なことだろう。弟子の中でも飛び抜けて頭が良い。まあ、可能性は限りなく低いがな」

「何故」

「小心者なんだ。母さんを尊敬していたし、裏切るような度胸があるとは思えない。となると、残りは勇者なわけだが……」

 ツワブキは腕を組むと、目を固く瞑って天を仰いだ。

「あの男は魔法より、己の身体能力を信じる質だった。奪った首枷を持ち出すことはできても、量産するような知識や技術があるとは思えない」

「……つまり」

 ルイのため息交じりの一言に、ツワブキも頷いた。

「どいつもこいつも無理じゃないか?」

「それで片付けば良かったんだがな……」

 期待外れの結果に、ルイは無意識に肩を落とした。そんなルイから、黙りこくったままのエーリヒ。最後に首枷へと視線を巡らせたツワブキは、胸に蟠る思いを口にせずにはいられなかった。

「やっぱり……どうにかして止められないか?」

「……は?」

 ルイだけでなく、エーリヒも思わず目を見張った。そんな視線にへこたれる程、ツワブキの思いは柔ではなかった。

「気にしていた首枷はあったんだ。ならもうここを壊す必要などないじゃないか」

「……」

「そうだ、その方が良い。オマエたちも一緒になって説得すれば、母さんだってきっと、」

「一度だけ訊いてやる」

 正気か? 殺気のこもったルイの視線に、ツワブキはグッと黙り込んだ。

 ティアベルが何処まで話しているのか、ルイたちには分からない。ただの使者か、勇者を祖先に持つ使者かでは、ツワブキの捉え方も大きく変わる。詳細を知らないのならば、ここで怒るのはお門違いだ。

 それでも、ルイは手を固く握らずにはいられない。エーリヒの日に焼けていない首が脳裏をよぎる。

 泣きながら外してくれと、何度乞われたか分からない。

 金属一つも切れないのかと、何度己を呪ったか分からない。

 保管庫の破壊を拒むということは、首枷の存在を肯定するということ。

 物心ついた頃から首枷を着けられ、苦しめられたエーリヒの心中を想えば、どんなに惨いことだろう。

 ルイはふつふつと湧き上がる激情のまま、ツワブキの胸ぐらを掴まずにはいられなかった。

「身勝手もいい加減にしろ! エーリヒがこれまでどんな思いで!」

「ルイ!」

「わかってるよ!」

 保管庫中に、必死な叫びが響き渡る。ツワブキは歯を食いしばると、ルイの腕を掴み返した。

「急に保管庫を破壊するなんて言い出したんだ。外で何かが起こってることも、それに母さんの魔道具が関わってるのも想像がつく! ……だけど!」

 ツワブキの眼に涙が滲む。色白の肌では、紅潮する様がよく分かる。

「ここは母さんに残された、たった一つの帰る場所なんだよ! 国も、家族も、何もかも奪われて! 裏切られて! ここまで奪ったら、母さんは何処に帰ればいい!? 何を頼りに生きろと言うんだ!?」

 ルイもツワブキも、どちらも必死で、どちらも引けない。自身の感情や、正しさの問題ではない。大切な誰かのためだから怒り、引けないのだ。

 喉が枯れそうなほどに叫び、怒り、ついに手が出る——と誰もが目を覆ったその時。

「神殿で喧嘩とは、若いねぇ」

 のんびりとした男の声が、地下に響いた。


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