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プロローグ

2024/8/28 気になっていたところを修正しました。

誇り高き勇者の国、ライアー王国。数多くの英雄たちが守り抜いてきた平穏は、王家に届いたたった一通の書状で崩れ去ることとなる。

——そろそろ寿命を迎えるため、「終活」なるものをしようと思う。人を寄こせ。

 差出人は魔王。ライアー王家の祖先である勇者が倒したはずの、魔王その人であった。



 魔王が死ぬまでにやりたい10のこと



「もしもーし、ご命令通り来ましたけどォ。もっしもーし」

「エーリヒ様、もう少しお静かに……。本当に魔王がいたらどうするんです」

「大丈夫だってルイ。ここに来るまで魔物の一匹すら見なかったじゃん。魔王なんて嘘、」

 そんな二人の会話を聞いていたかのように、ワオーンと一つの高い声。ビクッと固まる二人の間を、夜風が我が物顔で通り行く。

「……黒狼(ブラックウルフ)ですかね」

 黒狼——鋭い牙と黒い毛が特徴の大型魔獣。肉食。

「……気にしなーい、気にしなーい」

 冷や汗を流すルイを横目に、エーリヒは錆びついた扉を無遠慮に叩き続けた。

 エーリヒ・ライアー。王国の第二王子である彼が、少ない荷物と従者一人でこのような死地に送り込まれたのは、彼の出生と才能に理由がある。

 彼の父は紛れもなくライアー王国の国王であった。しかし、母は平民だった。

 国王がエーリヒの母を抱いたのはただの遊び。民からの印象が悪くなるから捨てなかっただけのこと。エーリヒと母が城の片隅でどのような扱いを受けていようが、生きていようが死んでいようが、王には大した問題ではなかった。

 そして運の悪いことに、エーリヒは魔法に愛された。祖先である勇者を裏切った魔法使いと同じ、魔法の才。聡明な彼が自身の存在価値を理解するのに、時間はかからなかった。

「もしもーし、っと……お?」

「ッエーリヒ様!」

 もはや嫌がらせと受け取られかねない程叩いた頃、扉は石壁を伴って倒れた。あたりに響き渡る重厚音とぽっかり空いた大きな穴に、ルイは背後の犯人をゆっくりと見やった。従者の凍てつく視線に、犯人もといエーリヒは両手でグーを作って可愛い子ぶる。

「……きゃー、ルイ様かっこいいー」

「どうやら引っ張った際に頭を打たれたご様子。致し方ありません。私が殴って……」

「助かりましたありがとうございます。ですからどうかその拳をお納め下さい」

 打って変わって土下座をするエーリヒに、ルイは軽く息を吐いてから拳を下ろした。

「私の忠告は聞くこと。危険なことはしないこと。ここに来る前、私とお約束しましたよね?」

「お前は俺の母様かよ……」

「エーリヒ様?」

「すみませんでしたぁ」

 再び頭を下げるエーリヒに、ルイは大きくため息を吐いた。

 すぐに非を認め、謝罪できるのはエーリヒの美点だが、こうもやすやすと従者に頭を下げるのはいただけない。微妙な立場をさらに低くしてしまう。

 もっとも、エーリヒが自身を軽んじてしまうのも、このような場所に来させられたのもエーリヒのせいではないのだが、いくら論じても詮無いこと。とりあえずルイは脳裏に浮かんだクソハゲ野郎(命名:エーリヒ)をぶん殴っておいた。いくら国王でも、脳内の出来事まで罰することはできまい。

 ルイは未だに機嫌をうかがってくる主に手を差し出した。

「とりあえず人を探しましょう。これだけ派手にやって気が付いていないということはないでしょうがって、人の話を聞きなさい!」

 差し出した手に見向きもしないで暗い城内へ立ち入るエーリヒ。ルイの機嫌ではなく、城の内部を気にしていたようだ。こういうところがあるから、ルイはたびたび母親のような発言をしてしまう。

 ぷちんと切れてしまったルイの理性を元に戻したのは、鼻を掠める甘い匂いであった。瞬間、ルイは剣から口元へと手を動かす。

「エーリヒ、毒だ! 外へ、」

「大丈ー夫だよ、ルイ。よく見ろって」

 危機感を感じさせない声でエーリヒが呪文を唱える。ほのかな光が照らしだしたのは、少女を思わせる白く小さい花だった。

「『シェドの花』。魔力が豊富な所であれば咲く場所を厭わないことから、別名『魔法使いの隣人』、『神の花』って言われてる。……つっても、一度根付いたら抜いても抜いても咲き続けるから、『しぶとさだけは一級品』なんて花言葉もあるみたいだけど」

「……毒は?」

「ぜーんぜん。ま、俺も本で読んだだけで実物は初めてだけど!」

「はあ、ならいいです。エーリヒ様の記憶力は本物ですから」

 ルイはシェドの花をまじまじと観察するエーリヒを隠すように立ちあがり、周囲を見回した。

 エーリヒは魔法に関することであれば寝食忘れて熱中する質だが、ここはいくつもの勇者パーティーを葬ってきたとされる魔王軍の本拠地。いくら人の気配がないと言えど、書状に魔王と記してあった以上、本物であれ愉快犯であれ、いる可能性は高い。ルイは剣を握る手に力を込めた。

「っ!」

「うわ」

 突如としてパッと視界が明るくなる。数秒前の暗闇との差に、ルイは思わず顔をしかめた。

 シュンと風を切る音がする。ルイは明滅する視界ではなく、聴覚に神経をとがらせた。頭の位置を下方にずらし、腰の高さで剣をふるう。

「ほう」

 ルイが避けた蝋燭は壁でボロボロに崩れ去り、エーリヒを狙った本は剣の餌食となった。エーリヒの手元に本の半分がすとんと落ちる。

 ルイはエーリヒの無事を確認後、二階に鋭い視線を送る。その殺気に答えるように、暗闇からカツカツと床を鳴らす音がした。

「バカ騒ぎをしておるからとんだハズレを寄こしたものだと思っていたが、どうやらそうでもないようだな」

 シャンデリアに照らされる銀の髪に生気を感じさせぬ白い肌、それらとは相反するように頭から生える黒い角。

 徐々に露わになるその姿に、ルイは勝手に口が開いていくのを感じていた。

「歓迎しよう小僧共! 今日からこの魔王が貴様らを雇ってやる! わたしの元で働けること、光栄に思うがいい!」

 王国の伝承では、男三人分の高さを有し、氷塊をいともたやすく握りつぶしたとされる魔王。

 胸を張ってケラケラと笑うその姿は、伝承からは想像もつかない程の、少女であった。


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