アフタヌーンティーと老紳士
ある日の昼下がり、シスターはセルフメディケーションシステムを拒絶する老紳士と話をしていた。
少女が目を覚ますと、シスターが誰かと喋っている声が聞こえる。声の調子からして60代くらいの男性だろうか。このまま眠るのもつまらない。聞き耳を立ててみた。
「現代では、生存と肉体労働に価値が置かれ過ぎていますわね」
「その通りだ。本来、人間には自由がある。アルコールやタバコで自らを傷つけることは、今では狂気の沙汰として精神の異常を疑われるが、昔ではそれが許容されていたからね。」
「私には納得できませんわね、なんでそのような無益なことをするのか」
「人の精神にとっては選択の自由こそが祝福だからだよ。まあそれが呪いでもあるのだけど」
「それはつまり?」
「どんなに合理化されて、進むべき道が定まったとしても、それは人を満足させることにはならないさ。それは自分の人生を生きているとは言えなくなるからね。」
「管理はお嫌いで?」
「嫌だね。元々生きるのは死ぬことの裏返しだ。死ぬことを遠ざければ遠ざけるほど、生きることからも人は離れて人生そのものがフィクションになる。地に足がつかないまま、覚醒度の低い人生を送ることになる。」
「でも、この国が享受している平和と健康は管理のおかげではなくて?」
「今のこの国はまるで延命治療される老人のようなものだよ。何かを開発する意欲も、何かに情熱を燃やそうとする心持ちも乏しく、ゆっくりと命の輝きが潰えていく。もはや生きていると言えるかすら怪しい。」
「それを老人の貴方が言うのですか?」
「私は管理を望まない。だからセルフメディケーションシステムも付けていない。おかげで自由を享受しているよ、ある程度だけどね」
「いつ死ぬかもわからないんですのよ?」
「むしろそれがいい。死がチラつく生ほど充実するものはないよ」
「私には、わからない世界ですわ」
そこからまだ少し話したあと、二人は話を切り上げて部屋から出てきた。
「おや、いたんですね......」
かける言葉が見つからないらしい。それもそうだ。余命がはっきりしている私に、安易に調子を聞けるわけがない。
「上々ですよ」
そう言って、私はアフタヌーンティーを飲みに自室へ向かった。