外の風景
二人はゆっくりとペースを合わせて道を進んだ。すれ違う人からは、たまに「ピピッ」という小さい音が聞こえる。おそらくは近年流行りのセルフメディケーションシステムだろう。数秒おきに人間ドックを受けているようなもので、何か病気があれば応急措置をし、即座に救急機関に連絡がとられる。最も、医療が進歩して病院に行く機会がある人は、もうそう多くないだろう。今や一定の知能までの仕事は機械が完全に代替している。知性の蓄積は寿命がある人間よりもデータベースの方が得意だったようで、知性的な仕事はほぼ完全に機械に奪われた。代わりに人間に求められたのは一握りの天才と、肉体労働に従事する労働者としての役割だった。AIは、そもそも生存する本能を持っていない。知識や知恵は蓄えているものの、それは人間の思考をトレースしているだけで、あくまで知識として問いに返答している。そのことが浮き彫りになった今、人間に求められるのは、一言で言えば生存であった。人々は健康の度合いで競争心を燃やし、競争に疲れて健康をすり減らすという悪循環に陥っている。また、それなりの芸術ならAIが一瞬でアウトプットするため、人々は芸術を作り出さず、享受するだけとなっている。一部の狂人を除いては。
「私は、生存することもできないのね」
「それには触れない約束ですよ」
気味が悪いほど静かに走る車を横目に、二人はそんな会話をしながら、やがて都会の雰囲気は薄れてきた。ここ一体は局地的な開発が断続的に行われており、高いビルがあると思ったらすぐ田舎に出たりする。あのアンバランスさが、少女の意志の強さと朽ちてゆく身体に重なって見えた。
やがて風が土臭くなり、地元に砂埃が舞い始めた。
政府のセルフメディケーションシステムは当初全国民に普及する予定だったが、それを拒否する人間のちらほらいた。特に田舎にはそういった人たちが多かった。
「なんでだろうね、都会の人の方が管理されて健康なはずなのに、幸せに見えるのは田舎の人たちだよ」
「昔あった自由の形が失われましたからね。健康を損ねる自由が失われたことが、人にとってはダメージなんでしょう」
やがて少女が土煙でむせ始めたため、二人は教会へと帰った。