2. 僕の相棒
僕の名前はダニエル。
正式な名をダニエル・リュン・ウィスタリアと言う。
僕が生まれ育ったウィスタリア帝国は、気候は穏やか、肥沃な大地とまではいかないが、民が飢える事はない程度には潤っている。軍事力ではかなり高水準を保っている。軍事力を主に支えているのはドラゴンと魔力の扱いに長けた、影と呼ばれる諜報部隊の活躍のおかげだ。それゆえ、他国からの侵略を許したことは無い。
ここウィスタリア帝国で長い名前を持つと言う事は上位貴族か、王族のどちらかである場合が多い。僕の場合は王族の一員で、王位継承権第2位の位置になる。僕の2歳年上の兄上は、多少野心家ではあるものの、器量良く家臣達の舵も上手く取っているので、きっと良い皇帝になってくれると信じている。
僕の人生プランでは、面倒な皇帝の座を兄上に就いてもらい、兄上の右腕か、補佐官として役職に就き、動きやすい位置にと思っている。まぁまだ、僕は13歳なので補佐官になるのはまだ先の事だが。
さて、このウィスタリア帝国では15歳になった貴族、王族、騎士を中心にドラゴン狩りと言われるイベントが5日間開かれる。ドラゴン狩と言うと物騒だが、実際にはドラゴンを殺すわけではない。
簡単に説明すると、親個体のドラゴンが産んだ卵を取ってくるイベントのことをドラゴン狩りと表している。悪く言うと卵泥棒だね。
野生にいる成体のドラゴンはとても凶暴で、人間を見ると襲いかかってくる個体もいる。その中でさらに危険度の増す親個体。警戒心が非常に強く、攻撃性もかなり高い。しかも、常に卵を温めて守っているところから卵を無傷で持ってこなくてはならない。
かなり難易度の高い事だが実力のあるものはこれを平気でやってのける。実際僕も囮の獲物を使って、卵を無傷で持って帰ることが出来た。かなり魔力を消費し無理をして取ってきたので、少し体に怠さがあるが、恥ずかしいので内緒だ。僕は本来ならば15歳になってからドラゴン狩りに参加するのだが、剣の修練や、帝王学、マナーレッスンなどをマスターするのが早かったので、父である皇帝からドラゴン狩りに参加する様にとの命令が下り今に至る。優秀な人材を遊ばせておく余裕はこの国には無いと無理に参加させられた。
ちなみに、僕が持ち帰った卵は標準的な大きさで、育成状態も良好だった。きっと良い親個体に温めてもらっていたであろう卵だ。
持ち帰ってから3ヶ月、毎日干しわらや、水の交換を行いつつ、卵を撫でたり話しかける日々を続けた。4ヶ月ほど経つと真っ白だった卵の殻が茶色くなり始め、時折動く様になってきた。
5ヶ月目のある日卵の世話が一通り終わり、自室へ帰ろうとしていると、ドラゴンの宿直が走ってくる。
「生まれたぞ!王子様」
と声を上げた。
僕は咄嗟に卵に駆け寄り声をかけた。
「よかった、初めまして」
宿直から映像が記録された物を渡されたので確認してみたが、かなり激しい誕生だった。
卵は1度大きく揺れると、小刻みに激しく揺れ始め、卵に亀裂が走った。大体の個体は亀裂が走ったあと、ゆっくりと動いて出てくるのだが、僕の相棒は気性が荒いらしい。亀裂がはしったあとも激しく卵の中で動いている様だった。
しばらくすると、僕の相棒は自力で殻を破り出てきた。生命が誕生する瞬間に立ち会えた事は、自分が想像していたよりも感動した。実際あまり泣いた事の無い僕の目が潤んだ程に素晴らしい体験だった。
だが、生まれた事への喜びと同時に僕の中で疑問が浮かんだ。
(漆黒の体色に水色の瞳のドラゴンなんて文献にも載ってなかったぞ?特殊個体か突然変異なのか?)
僕は、映像を見終わると、無意識のうちに相棒を撫でていたのだが、
「ピッ!ピピピーッ!ピー?」
(僕の相棒の鳴き声可愛く無いか!?)
僕は相棒を愛しい目で眺めていた。初めて出会ったはずなのに、僕に欠けていた部分を埋めてくれるという確信が芽生えはじめていた。撫で続けていると、
「ピピィィー。」
突然大きな声で泣くと、急に倒れ込んだのを見て、僕は焦った。
「急にどうしたんだ!」
「まずい魔力不足だ!やばいぞ!」
稀に、魔力を扱えるドラゴンの個体が生まれてくることがある。その個体は軍事力として非常に強力だ。もちろん魔力が無くても強いが、魔力個体はその比ではない。魔力を使いドラゴンが自身の傷を回復させたり、シールドと呼ばれるものを周囲に展開して、自身の身を守ることも出来る。もちろん攻撃する事も可能だが、強力ゆえに問題もある。
その問題の多くは幼少期にある。魔力個体の幼いドラゴンは、周囲からの魔力を上手く取り込めないため、魔力不足に陥る事がある。幼いドラゴンは非常に繊細だ。魔力を取り込めないと、自身の生命力を消費して魔力に変換してしまう為、生まれて1ヶ月程で死んでしまう個体が多い。
「王子!呼吸が弱くなってきてる!すでに自分の生命力を使い始めてるぞ」
(くそっ、この子を殺すわけにはいかない!僕の相棒は絶対死なせない。)
僕は苦渋の決断をした。
「この子を森へ戻す。」
「だが、王子!、1年後この子はきっと強力過ぎて手をつけられない!それ程の可能性がっ。」
「分かっている。だが、今この子を助けるには魔力の豊富な森で、この子の産みの親から魔力の扱い方を教わる必要がある。」
できる事なら一緒にいてこの子の成長を見たい。だけど、この生命力の消費の速さでは、確実に1週間も持たずに死んでしまう。一度森に帰して、魔力の扱い方を学んだ時に迎えに行く。
「王子、、、。」
僕は、かわいい相棒を撫る。自身の魔力を使って、相棒の首に紋様を刻んでいく。1年後この紋様を目印に見つけられるように、痛みを感じない様に慎重に、しっかりと刻んでいく。
「僕の相棒。絶対に1年後迎えにいくよ。それまで元気に育ってね」
半日後、王宮所属でドラゴンを主軸に構成されている騎士団のドラゴンナイト達の手によって相棒が森へ帰された。