9.帰還と不安〜ダニエル視点〜
私はこの1週間ずっと相棒を迎えに行くための計画を、ドラゴナイツのみんなと相談していた。
「多分彼女は相当な魔力を秘めていると予想されるので、魔術での反撃と、ドラゴン本来の破壊力を兼ね備えているかと存じます。」
「あぁ。私もそう思っていた。我が相棒ながら凄まじいな」
「えぇ。流石、王子の相棒と言うべきですかな。」
「団長そんな事言ったら私まで化け物ではないですか!」
「いやぁ、謙遜なさるな王子。十分、化け物でしょう」
ドラゴナイツの団長はこんな感じで、だいぶフレンドリーなタイプだ。普段からこんな雰囲気だが、実戦となると性格が180度変わったのでは無いとかと思わせるほど別人となる。
本来は実力や、先導力ともに兼ね備えた猛者の1人だ。5年前の戦争ではたかが1個小隊で、敵の大隊を壊滅させたのだ。団長のドラゴンも1度野生に帰っているが、素手でねじ伏せ連れ帰ったとの事だ。
私の相棒は、今回自分の得意な魔術を使って連れ戻そうと考えている。決して団長のような筋肉ダルマの様な作戦はとらないつもりでいる。
作戦の前日になった為、以前刻んだ魔術を辿り感情を探ってみると、かなり衰弱していることが分かった。何と言うか闇堕ち?している様な感じだ。
生まれたての時と違って、魔力の扱い方が格段に上手くなっているが、何故か悲しみと、寂しさで埋め尽くされていた。更にここ2週間生きてはいる様だが、動いた形跡がまるで無い。
「心配だな、相棒に何かあったのか。」
この時の私はどうせ明日迎えに行くのだから、大丈夫だろうと考えていた。
当日、ドラゴナイツ(ドラゴンを使役出来る騎士団の事)の団長と、他19のドラゴンナイト(ドラゴンを使役する騎士の事)と共に森へ向かった。この森は死の森と呼ばれ、1度踏み入れれば帰ってこかれないとの異名を持つ。まぁこれは一般人や冒険者にとっての話で、ドラゴナイツに所属するもの達は、普通に帰って来れる。
死の森には、強い魔物が多数生息している。猛毒を持つもの、アホみたいに硬い甲羅を持つもの、動きが素早いものなど様々で、油断すればドラゴナイツでも負傷者が出るくらいには危険だ。
森へ着いたと同時に、相棒の刻印を探す。最近気分が、落ち込んでいる様子だったのでとても心配だ。しばらくすると、森の中央に反応があった。
「森の中央にいる様です団長」
「総員!警戒しつつ森の中央へ移動する。生き物達を刺激しないよう留意せよ。」
「ハッ!」
森の中央へと移動する中で、疑問点が多くあったが、1番目についたのは、狩の形跡がない事だ。若いドラゴン個体は食べる量が多い為、頻繁に狩りを行うはずなのだが、この森には狩の形跡が数えるほどしか見当たらない。他の団員も同じ疑問を持っているのか、本当にドラゴンがいるのか?と囁く声が聞こえる。
「団長。この痕跡の少なさ。」
「あぁ、かなり弱っているかもしれないな。心を強く持ってください王子。」
2時間ほど歩くと森の中央にたどり着いた。
中央に大きな木があり、1番上に木の枝などで作られた巣を見つけることが出来た。団長に手でサインを送ると、しばらくして団長のドラゴンが飛んでくる。団長のドラゴンに挨拶した後背中に乗せてもらい、頂上におろしてもらった。
「っっ!!」
「これは、ひどい。」
私は驚かせないように、ゆっくり歩み寄り、相棒を優しく撫でる。相棒は衰弱しすぎてガリガリに痩せていた。まるで鱗と骨だけなのではないかと思わせるほどに、肋骨が浮き出ており、鱗が所々ひび割れていて、非常に悲惨な体型だった。
「よくこの状態で生きている。本当に頑張った。」
「生きていてくれてありがとう。帰ろう相棒」
あまりの酷さに団員達で会話していると、起こしてしまった様で、相棒が気だるそうに目を開けた。瞬時にドラゴナイツに緊張が走った。いきなり魔力を使い始めたのだ。魔力で攻撃するには少しの時間がかかる為、団員は皆、とっさに防御の姿勢をとっていた。
「まずい!魔力だ!総員防御」
「大丈夫。彼女に攻撃の意思は感じられない」
相棒は目を閉じると、ピクリとも動かなくなった。かなり衰弱しているようで、起きていることも辛いようだった。少しすると他のドラゴン達もやって来て、団長のドラゴンと、その他の団員のドラゴンで、相棒を運ぶ。総勢4頭のドラゴンで、出来るだけ優しく運んでいく。
「グルルル」
「ガルルルルッ」
「グルーッグルルル」
竜舎に相棒を連れて行き、横にさせたが、驚くほど反応が無い。普通見知らぬ気配を感じたり、雰囲気が変わるとすぐに目覚めるのだが、相棒はずっと寝たままだ。
次の日から相棒との絆形成と、お世話を始めた。まずは水の交換をする。どのくらい水分を摂ったのか確認するが、一口も飲んでいないようだった。他のドラゴン達は新鮮な水を好む為、頻繁に新しい水に変える。
次は餌となる生肉の交換をする。こちらも水と同様一口も食べた形跡が無い。生肉を相棒の鼻の前に差し出してみるが、目も開けず眠ったままだ。
そのまた次の日、竜舎へ行くと相棒が目覚めていて、周りを見渡しているようだった。
「相棒。お腹減ってないのかい?」
声をかけるが、相棒は鳴きもせず、静かに目を閉じてしまった。この日を境に、私が竜舎へ行くと必ず目を開けて、私をを認識するようになった。餌やりの時も、水を交換する時も目で追いかけている。これは大きな第一歩といえた。ドラゴンに私が相棒であると知ってもらうステップとして非常に大切なプロセスになる。
相棒が竜舎に来てから2週間が経ったが、未だ食事を摂ろうとさえしない。それに全く動きが無い。衰弱してるのは事実だが、ずっと見ていると、生きるのを諦めた様な、生きたくないと言っている様な気がする。
「頼むから一緒に生きてくれ相棒。」
相棒が来てから2週間。ドラゴンが絶食出来るのは1ヶ月。タイムリミットが刻一刻と迫っていた。竜舎に来た日から毎日竜医に相談していたが、流石にこれ以上は手を下すしか無いと言われた。
「王子様、私は20年竜医をしていますが、ここまで生きる気力がない個体は初めてです。一時的に緊張のために絶食する個体はおりますが、大体1週間程度で食事をするのですが‥‥。」
「言いたい事は分かる。私もいくつも文献を漁ったがここまで酷い状態のドラゴンは知らない。」
私にとっても、竜医にとっても苦渋の決断に迫られた。私も薄々これから言うであろう言葉が分かっていた。そして竜医が重い口を開いた。
「覚悟なさいませ王子。強制的に食事をさせますゆえ、心の準備を」
「分かった。明日食事させようと思う」
強制的に食事をさせると言う事は、今後のドラゴンとの関わりで、大きな溝ができる可能性がある。ドラゴンは頭が良い。それゆえに幼少期であっても、嫌なことをされればその人物の顔や匂いを覚え、成体になってからやり返される事が多くある。
当日、竜医付添の元相棒に目隠しをした。多少抵抗するかと思ったが、全く微動だにしない。続けて鎖を付けて体の自由を奪っていく。竜医に目線で合図を送り、相棒の口に大量の肉を入れ、口を鎖で閉じる。
「グルルルルッ!グルル!」
ガンッ!ガンッ!ドゴォォン。
相棒は少し暴れた後魔力を練り出そうとしていたが、衰弱しすぎて魔力を使えなかった様だ。
「グルル?」
少しすると肉を飲み込んだ。それを見て私は思わず泣いてしまった。気づけば相棒に近づいて抱きついていた。きっと酷い顔だろう、だが、そんなのどうでもよかった。食べた!やっと食べてくれた!
「ありがとう!食べてくれてありがとう!」
あんなに酷いことをした後なのに、抱きついてしまった私を相棒は受け入れてくれた。しかも相棒から伝わって来た感情は私への心配だった。なんて優しい子なのだろうか。
「グルル。ルルルルッ?クルルル」
また今日も強制的に、食事させなければいけないのかと思いながら竜舎に行くと信じられない光景がそこにはあった。
「相棒!すごいじゃないかっ!」
竜舎の餌箱にあった大量の肉は全て食べていた。それだけでは無く、水飲み場の水も飲んでいる様で、周りがビチャビチャに濡れていた。少し不器用らしいが、むしろそれが可愛い。声をかけると頭を上げて、どうだ食べてやったぞ、と言わんばかりに餌箱を咥えてこちらに投げて来た。
「はははっ!ちゃんと見てるよ!もしかしてお姫様には足りなかったのかな?」
「ルルルルッ!」
私が少しおちょくれば、言葉なんて分からないはずなのに、まるで、そんな事ない!、と返事をしている様だった。本当に可愛いなぁ。
竜医に報告すると目覚ましい変化に驚きを隠せず、自分の目で見ると言って、私の竜舎へ走って行った。もう70歳になるのに歳など感じさせない走りですぐに姿が見えなくなった。今までは、ドラゴン博士だと思っていたけど、今日から改名だな。今度からはドラゴンオタクと呼ぶとしよう。