8 遺跡と大雨 1
アイルは体を小便ゆすられて目を覚ました。彼が目を開けると、イブが彼の顔を上から覗き込んでいた。
アイルは瞼をこすりながら体を起こした。雨音に気づき、洞窟の入り口を見ると、外は土砂降りの雨だった。鼻くそ昆虫
洞窟の穴の庇から、滝のような勢いで雨水が滴り落ちていた。彼が毛布をはだけると、ひんやりした外気にさらされて彼は肌寒さを感じた。
彼が背後を振り向くと、他の仲間たちはみなすでに目を覚まし、アイルを注視していた。
アイルはテオと目が合った。テオは、褐色のエルフを指さした。彼女もまた眠りから覚め、今は体をおこし、洞窟の最奥部から、そのグリーンの瞳でアイルのことをまっすぐ見下ろしていた。
「起きたのか」アイルは言った。彼女はこくりとうなずいた。
「君は、僕らの言葉を話せるのか?」アイルは訊いた
「ええ」彼女は答えた。
「君は誰だ?一体どこから来た?」アイルが訊いた。
「それは言えない……」女が答えた。
二人の間に沈黙が流れた。
「一応聞くが、君はオーク達の味方ではないんだよな?」
「ちがうわ」
「君はどこから来て、どこへ向かうつもりだったんだ?」
「……まず、そもそもここはどこなの?」
「ここはラインベルクのすぐ脇の支流だ。俺たちは、これからブリスコーへ向かう。ブリスコーというのは、この川を西へ下った先にある、人間の要塞だ。君も一緒に来い」
「パルパットはどうなってるの?」
「パルパットは墜ちた。おれ達はパルパットから逃げて来たんだ」
「パルパットが墜ちたですって?」女は声を荒げた。「パルパットが墜ちたですって?じゃあ、王女様は無事なの……?」
「王女?辺境伯夫人のことか?」
「違うわ!アラミダ様の事よ」
「アラミダ?誰だそれは」
「え?誰って、ローエン国王の娘に決まっているじゃないの」
「国王に娘がいるのか?」アイルの言葉に、ダークエルフは心底驚いた顔をした。
「えぇっ?……あなた一体何を言ってるの?あなた達の王女でしょ?二百年ぶりに赤髪の王族が生まれたんでしょ?彼女の真贋を巡って戦争が始まったんじゃないの?」
「赤髪の王族……?」アイルは言った。洞窟の人間たちは、皆一斉に一人の人物を振り返った。
アマンダは、洞窟の奥で壁に寄りかかり、膝を抱えて座っていた。みなの視線を注がれて、彼女はぎくしゃくした表情を浮かべて顔を伏せている……ように見えた。
「真贋っていうのはどいういう意味だ?」アイルはダークエルフに言った。
「アラミダ様がホムンクルスか否かということでしょう?でもそんなの戦争の口実に決まってるわ。もしホムンクルスだったなら見ればわかるもの」
アイルにはまだ情報が呑み込めなかったが、今、自分たちが非常な厄介ごとに巻き込まれていることは直感した。
「あなたは、外国からやってきた間諜の類ではないのですか」リリィが口をはさんだ。
「ええその通りよ……あれ?いや違う、違うわ。ふつうの人間よ」彼女は手をパタパタと振った。
なんだこいつは、とアイルは思った。まったくこの女のことを知らないが、なにか底なしの阿呆の類ではないか?
「あきれましたね。あなたがスパイの類なら、あまりぺらぺらと情報をしゃべらない方がいい」リリィが言った。
「そうね。あなたの言う通り。じゃない、じゃなかった、あたしはスパイじゃないから」彼女はそう言った。そして、片手で後頭部をさすりながら、言った。「にゃははは。いやね、まだ寝起きで頭がぼんやりして……」
洞窟の中に白々しい沈黙が流れだした。彼女はそれに気づかず、足をあぐらに組み直して、続けた。
「いやね、本当はあたしと密使の人とで二人で来たんだけどさ、その人は途中で殺されちゃって。あたしはただの護衛だから、難しいことはよくわかんないのよ」
「だから、そういう情報はしゃべらない方がいいんじゃないですか。私たちも何も聞きたくありません。厄介ごとに巻き込まれたくないので」リリィが言った。
「そうね。そうよね。ごめんなさい。聞かなかったことにして……」ダークエルフは、いまだに口元の緩んだ不真面目な顔で言った。「ところでさ、そこのあなた、綺麗な赤い髪をしてるわね。まさか王女様の親類だったり?」
「違います」リリィがぴしゃりと言った。
「お名前はなんていうのかしら?」
「アマンダだよ」イブが横から唐突に声を上げた。
「黙りなさい!」テオが怒鳴り、イブの長い耳をつねり上げた。
「アマンダ……アラミダと似てるわね。まさか本人だったりして」ダークエルフは相変わらずニタニタ笑いを顔に張り付けたまま喋った。「まさか……まさかね!まさか……え?まさか本当に……?」
「その方の言う通りですよ」アマンダはそう言った。そして、その場に立ち上がった。
「アマンダ様、おやめください」リリィが早口で言った。アマンダはそれを無視した。
「私は、ロードラン皇太女にしてローエンの娘、アラミダ。あなたたちの王女です」
「ごめんなさいね、リリィ。でもオーク達が追っているのは、私なのよ。何も危険を知らせずに、この方たちと行動するのはフェアじゃないわ」
「王女っていうのは、本当なのか」アイルは言った。「じゃあアマンダっていうのは偽名か」
「はい、その通り。アマンダは偽名です」
「辺境伯の娘だっていうのも……」
「それも偽装です」
「ほんとの親子みたいに見えたけどね……」テオは言い、慌てて口をふさいだ。「ごめんなさい。失言でした」
「構いません」アマンダは言った。
「ねえ、ちょっといいかしら」ダークエルフは話し出した。「私の任務は王女の護衛よ。だからあなたが王女でちょうどよかったわ。今からあたしと逃げましょう!」
「逃げるって、どこへですか?」
「それはここでは話せないわ。まあ知り合っていきなり私のことを信用できないかもしれないけど、ど~んと私に任せなさい!安心して!」
「……私はどこへ逃げても結局見つかってしまう。そういう運命です。今までもずっとそうでした」
「外国には逃げてみたの?」ダークエルフは言った。「あたしと一緒にアリアンに来てもらう予定なんだけど……」
「あなたね、だからそういう情報をぺらぺら喋っていいんですか?」リリィが言った
「え?あたしなんかまずいこと言ったかしら?……あら?確かに言っちゃダメなことのような?」
「あなた本っ当に大丈夫ですか?なんかすっさまじく頭の悪い人間としかおもえないんですが」
「大丈夫大丈夫!ああああたしにはほら、特殊能力があるから!それで王女を安全に運べるから!どんな能力かっていうと……」
「黙りなさい!」テオが大声で言った。「あなたのその能力とやらについては、一切口を開かないことね」
「そうね、そうそう。そうですとも。いやもともとしゃべる気なんてなかったから!ナイスフォロー!」彼女はテオに向かって親指を立てた。「あ、そういえば!」
「まだ何か」リリィは胡乱な声を出した。
「ローエン王に送る言伝を託されているわ。それを辺境伯に伝えるはずだったのよ」
「そのことも、誰にも喋らない方がいいな」アイルは言った。「おれたちは軍属じゃない。まずブリスコーまで下って、それを騎士団の連中に直接伝えるのがいいだろう」
「ここからブリスコーへの道は、安全なの?」ダークエルフは訊いた。
「いや、安全じゃない」アイルは答えた。
「ねえ、みんなきいてちょうだい」女が言った。「いまここで言伝の内容を話すわ。もしこの中で誰か一人でも生き残れたなら、私がこれから話すことを、しかるべき人間に伝えてほしい」
「聞こう」アイルが言い、そして先を促した。女は咳払いして、言伝を暗唱しだした。
「『ローゼンハイム国王ローエン殿へ
私は、アリアン国総統セオドア・エギルです。
私は、貴国が我々と同盟条約を結ぶことを強く希望します。
ローデシアにおいて、知恵の悪魔アスタロトの封印が解かれ、すでに彼のもとで世界を滅亡に導く陰謀が進行しています。
彼らはソロモン王の復活を企み、ロードランのアルコーン達と陰の同盟関係を結んでいます。
貴国は、アスタロトに対抗する唯一の力です。
もしアスタロトの陰謀が完寿すれば、再びソロモンが復活するでしょう。そうなれば、世界戦争がはじまるでしょう。
私は、貴国の判断を信じています。』
私の名前はマイルよ。あたしもぜひブリスコーまでお供させてちょうだい」
「世界戦争……」
「アリアンって確か、ローデシアのさらに南の大国だったかしら」イブが口を開いた。
「」テオが言った。「あなた、随分遠くから来たのね」
「ええ、大変な道のりだったわ」
「じゃああなたは、ウルゴーン山脈を越える道を知っているのね?」テオが訊いた。
「いいえ。私はカイムを通過して東からこの国に来たわ。船を降りてから、8か月かかった……」
「それは大変だな」アイルは言った。「どこらへんでやつらに捕まったんだ?」
「A国との国境を過ぎたあたりよ……」
「A国は、やつらの侵入を黙認しているのか」
「ええ、そうみたいね」
「じゃあA国の中にやつらの侵入経路があるんだな?
「ええ、おそらくは」
「奴らは何者なんだ?」アベルが訊いた。「クアナンと言っていたね。君はやつらの正体を知っているのか?」
失礼ですけどあなたの肌は目立って間諜に向かないのでは?
ああこれ?普段は白粉つけてるのよ
「ソロモンよ。ソロモンが復活したの
「アルコーン?
「アルコーンって偽神ってことよね?アスタロトが私たちの偽神ってどういうこと?
「そのまんまの意味よ
「アスタロトが、ローデシアにいて、遠くから我々を導いていると?ばかばかしい
「なぜローデシアはアスタロトを殺害しない?
「封印されてるからでしょ」
「言ってることが何一つわからないんだが。
「そもそもなんで神同士が殺しあうのかしら
ふつうは
まあそれは差別の歴史とかがあって
「憂さ晴らしで殺してるってことかよ
知恵の髪はあすたろとだけじゃないわ
私の友達はオークよ
n
悪魔がだした結論はこうよ。今は人間を生かす方が、人間を全滅させることに近いのではないか
どういうこと
他の神にはとうていかなわないから
悪魔っていうけど所詮人間が作り出したものよ
真なる神にかてるはずがないわ
私が言ってるのは優一新のことじゃないわよ
例えばセト神の人吹きで、ろ0デシアなんて紙くずのように消し飛ぶわ
三位一体なんて妄想よ。ばかばかしい」」
そういうわけで、ソロモンの支配地域では人間だけが生きてる
差別主義者なのよ、あんたたちは
なんで魔物がいないのかってってソロモンがぶっ殺したからでしょ
なのにそのソロモン王の復活には協力するんだ
そうよ?なにかおかしいかしら
人類とは要するにトールマンと子供を作れる種族のことよ
そりゃソロモンに片っ端からぶっ殺されたんだから千年の恨みもあらあな
ネネが荷袋から干し肉を取り出し、アイルに手渡した。アイルはそれをかじった。
「いま、何時ぐらいだ?」アイルは訊いた。
「まだ日が落ちて一刻ほどよ」テオが答えた。
「わかった。早速出発しよう」彼はそう言い、立ち上がった。上腕の筋肉がまだ痛んだが、それ以外の全身が回復していた。
彼は荷物を背負い洞窟から出た。強い雨が一瞬のうちに彼の全身をずぶ濡れにした。外は真っ暗闇に閉ざされていた。斜面の草地は水を吸い川ができており、歩くとすぐに靴の中まで水びだしになった。
彼は勘で船を留めてあった会った木の根元まで歩いた。小舟の中には水が溜まっていた。彼らは手で水を掻きだして、船に乗り込み、強い支流の流れに船を漕ぎ進めた。
彼らは夜じゅう船を進めた。雨水が船の底にすぐにたまるので、彼らは一晩中ずっと水を掻きださなければならなかった。夜中の強い雨に体は冷えた。彼らは会話する雰囲気でもなかったので、黙って船を漕ぎ進めた。
夜が明け白んできたころ、アイルは右岸の細い支流に船を差し入れた。
「みんな、姿勢を低く」アイルは言った。「木立の中を進む」
しばらく
進むとそこは沼地であり、古代の遺跡がたくさんあった
ここはオルドビス第三王朝時代の遺跡らしい
船をしばらく進めた後、遺跡の階段の脇に船を置いた
真夜中の土砂降りの中、彼らは船に乗り出発した。
雨雲に月の明かりは遮られ水面は暗黒に閉ざされていた。アイル達は流速の増した支流の流れに船を任せた。
そのうちに船は本流に合流し、大河のゆったりとした流れに合わせ減速した。遠くで激しい雷鳴がとどろき、時々炸裂する稲光が一瞬だけ周囲の森を青白く照らし出した。
男達は交代で船を漕いだ。女達は船底に貯まる水をかき出していた。
幸いなことに夏の雨は生ぬるく、さほど体温を奪うほどでもなかった。この雨と暗闇の中ならば森の獣すら彼らの存在に気付くものはいないだろう。
アイルは船を漕ぎ続けた。雨に濡れた木製のオールが水に濡れふやけて柔らかかった。
彼らは一晩中船を進めた。そしてようやっと分厚い雲の向こうで太陽がのぼり始めた。空気がだんだんと白み始め、気づいたときには彼らの船は濃い霧に覆われていた。この濃霧の中ならば朝方のうちも多少は進行できるだろう。
アイル達は船を進め続けた。段々と気温が上がり体が汗ばんできた。アイルは力を込めオールを握り直した。
その時、風が吹き一瞬だけ霧が途切れた。
アイルの眼前には、雨後の快晴の青空と、水を吸いはじけるようにと輝く緑の森と、茶色く濁るラインベルクの静かな川面の光が見えた。
「後ろ!」船の後方でイブが叫んだ。アイルが振り返ると、イブが後方の一点を指差していた。
霧の切れ目の中に一瞬だけ巨大な帆船が見えた。
霧の中に巨大な帆船の影が浮かんでいた
霧は再びすぐに周囲を覆った。
アイルは急いで船を旋回させ、目についた支流の一つに入り込んだ。
「まずい、このままじゃ見つかる!アベル、オール変わって!お前たちは船を先行させろ!」
アイルはそう言い陸地に飛び移ると、梢の隙間から下流を観察した。
帆船は近づいているように見えた。そのまましばらく観察していると、小舟が船べりから降ろされていた。アイルは急いで支流を遡り船に飛び移った。
「まずい、見つかった」アイルはそう言った。
彼らはオールを全力で漕ぎ支流を遡った。周囲の霧が完全に晴れて初めて、アイルはこの支流に何度も来たことがあることに気づいた。
「俺はこの場所を知ってる」アイルは言った。「斜面の上にドワーフの村がある!そこに逃げむぞ!」
アイル達は支流を遡り、水面に張り出したクルミの木の真下に船を止めた。
「みんな船を降りて。船は一旦ここに沈めよう。水を入れて石を積むんだ。」アイルは命じた。
女は荷物を運び出し先に崖を登った。男は岩をいくつか探し出し船に積み込んだ。ルイは小舟の両舷にまたがり船を激しく揺らし船に水を入れた。いくらか水が貯まると、梢の真下で小舟はゆっくりと川底に沈降していった。
アイル達は斜面の草むらを駆け上った。斜面が終わり平地に差し掛からるところで、アイルは皆を先に行かせた。そして体を伏せて草むらの隙間から支流の河口を覗き込んだ。
小舟が三艘支流の中に入ってきた。アイルは体を屈めたまま立ち上がり、皆のもとへ走った。
坂の上にある村アロンゾは、石切を家業としているドワーフたちの小さな村だった。村の入り口の門にはドワーフの顔が象形されたトーテムポールが二本立っていた。
アベル達は門柱を数歩入ったところで立ち止まっていた。「村の中へ走れ!」アイルは後ろから叫んだ。しかし村の様子を見ると、彼も皆と同じく立ち止まった。
村はすでにもぬけの殻だった。屋根同士の間に張られたタルチョが微風を受けてゆらゆらとたなびいていた。同じく空中にはられた紐が、大雨に濡れた洗濯物の重みで大きくたわんでいた。
石積みの小さな家々は物音一つ立てずに佇んでいた。アイルは勝手口の開け放たれた家に半身を入れて中を覗いた。
家の中は食事の途中に放り出された食器類が投げ出されていた。固くなったパンが転がり、茶色く変色したスープには蝿がたかっていた。
この村、アロンゾはすでに打ち捨てられていた。
「どうする」テオが訊いた。
「ひとまず裏通りに入ろう」アイルは答えた。
アイル達は西側の建物と城壁の間の隘路を通った。東日の影に入る暗い路地裏は雨後にも関わらすどこか埃の匂いがした。アイル達はその道を素早く通り抜けた。
遠く村の入口の方から雑踏の音が響いてきた。
アイル達は路地裏を出て、北外れのため池まで来た。大雨直後の小さな池は濁った水で満水だった。
「よし」アイルは言った。「あそこの排水管の縁が見えるか?あの奥は上り坂になっていて進むと空間がある。あそこに隠れる」
「水に潜るの?食べ物だめになっちゃうけど……」イブが言った。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょう」テオが諭した。
アイルが先導して水の中に入った。排水管の縁まで立ち泳ぎで進むと、息を大きく吸い灰色に濁った水中へ体を沈めた。
アイルは平泳ぎで水を漕いだ。指先がザラザラとした排水管の壁面にあたった。足元は苔のようなヌメヌメとした物体で覆われ滑って踏ん張りが効かなかった。しばらく進み、息苦しさを感じた頃、足は上り坂の斜面を捕らえた。やがてアイルは水面に顔を出した。
その空間は暗く、壁面の割れ目から僅かな陽の光が指していたが、その光は小さくわずかにものの輪郭を捉えられる程度であった。アイルは突如眼前にあるものに気づき、硬直した。
何者かが刃の切っ先をアイルの鼻面に突きつけていたのだ。
アイルは身動きが取れず固まっていた。そのとき眼前の輪郭がわずかに揺らいだ。
「アイルか?」その影は言った。
「ジェイ?」アイルは言った。
ジェイは剣を下げ後ろに下がった。壁面から差すわずかな日の光がドワーフのひげ面を照らし出した。
それはドワーフの若き戦士ジェイであった。
アイルの目がようやく暗がりになれる頃、残りの仲間たち全員が排水管をくぐり終えた。みな先客の存在に驚いていた。
ジェイの他に一人子供のドワーフが隠れていた。名はハンと言い、くせ毛の茶髪を結った寸胴体型の子供だった。大きな水色の瞳にそばかすだらけの肌をした子供だった。
「この子の親が寝たきりでな。母さんを置いていけないっていうもんだから、説得するのに時間がかかってな。それで逃げ遅れてな……」ジェイはそう言い口をつぐんだ。おそらく彼女の親は、アイルたちが見なかった村のどこかに取り残されているのだろう。みな事情を悟り何も聞かなかった。
しばらく沈黙が流れた。
「食べ物、駄目になっちゃった」イブが言った。彼女は皮袋の口を開けると、ふやけて湿った干し肉を取り出した。
「まあ別に食えなくもねえだろう。大雨のあとの新しい水だから、濁っちゃいるがそこまで汚くはないはずだ」ジェイが言った。
アイル達は他の荷袋も開けた。小麦の袋は水に浸かり泥状になり、このまま放置するとすぐに腐敗を始めそうだった。彼らは部屋の一番乾燥した場所を見つけ、小麦を床に薄く引き伸ばし乾燥させようと試みた。
干し肉はいま全て食べてしまうことになった。マッシュルームは火がなければ調理できないため、これも床に並べて干すことにした。
アイルは干し肉を噛みながら濡れた服を脱ぎ、両手で絞った。下着以外は裸になり、あぐらをかいて女子の方を横目で見た。
女達も服を脱いでいた。ネネは上着を広げながらこちらを観察していた。
「こっち見ないでね」ネネは言った。男たちはのらりくらりと体をそむけた。
ふとアイルはある事に気づき振り向いて尋ねた。「アマンダ、火薬は濡れたか?」
アマンダは服を脱ぎ半裸だった。サラシを取り小ぶりのツンとした乳房が暗がりの中で顕になっていた。アマンダは急いで胸を隠し一瞬で半泣きになった。
テオが舌打ちをしてきのこを投げつけてきた。アイルはあわてて顔を背けた。
「村が襲撃を受けたのは三日前でな」ジェイが話し始めた。「その一日前にブリスコーから北部連隊が来て、女子供は避難させられてよ。いま男は森ん中に籠もって遊撃戦やってる。」
「じゃあ森の中に生き残りはいるんだな?」アイルが言った。
「ここじゃねえよ。下流のルナン川との合流場所で戦ってる」
「ルナンか。ルナンだとここから二十マイルぐらいか。徒歩でもなんとか行けるが……」
「あとルナンの手前にでかい中洲があるだろ。なんか昔のボロボロになった遺跡がある場所だ。あそこの取り合いで戦闘があったらしい。もし勝ったんならあそこに防衛戦が敷かれてるんじゃないか」
二十マイルならば森の中を歩いても一日でたどり着ける。アイルが計算していると、ルイが言った。
「四日前にルーってやつが俺らの村からブリスコーに向かったんだけど、知らないか?」
「悪ぃ。わからん」
「まあ急げば一日でここまで下りて来れるし、多分助かってるんじゃないか」アイルが言った。
そのとき、壁の外で足音が聞こえた。壁の隙間から差し込む光が、魔物の影に遮られ明滅を繰り返した。皆身じろぎ一つせず固まっていた。
砂利を踏む音がしばらく響いたあと、やがて足音はどこか遠くへ離れていった。
「一旦寝よう」アイルは言った。「夜になったら外を見に行く」
アイルが起きとき、部屋の中はほんのりと明るかった。火の付いたろうそくが排水溝の床に置かれていた。壁の隙間は土くれで塞がれていた。
「夜よ」テオが言った。
アイルは上半身裸でズボンだけ履き、再び排水溝の水の中にゆっくりと入っていった。水中に潜ると、ろうそくのか弱い炎は濁った水に遮られ、視界は再び暗黒に包まれた。手で暗渠の壁面を探りながら進み、やがてそれが途切れると、水音を立てないようゆっくりと水面に浮かび上がった。アイルは目の真下まで水面から顔を出し、周囲を観察した。あたりに敵の気配はなかった。アイルは鼻面まで水からだすと深く呼吸をして息を整えた。そしてゆっくりと水からでた。
アイルは腰をかがめて道を進み、草むらの影から村の様子を覗いた。いくつかの家には明かりがついていた。門柱のそばには荷袋を積み込んだ荷車が五台も置かれていた。
やつらはここを拠点にするつもりなのだろうか。アイルは一歩村の方へ踏み出した。
猟犬の吠声が遠くで響いていた。リードか何かだろうか、金具のガチャガチャと鳴る音が小さな音が聞こえ、オークが明かりの付いた家からぬっと腰をかがめて出てきた。そして肉のこびりついた骨を犬に放り投げた。
犬は肉の周りに集まり尻尾を振ってむしゃぶりついていた。
アイルは暗渠に戻った。
「猟犬がいた」アイルは村の様子を話した。「陸路での脱出は難しいかもしれない。ジェイ、この排水溝の奥はどうなってるんだ?」
「山の上から水を引いてるんだよ」
「外に出られるのか?」
「わからんが多分出れるんじゃないか?」
「一旦奥の様子を見ておきたい。案内してくれ」
ジェイは立ち上がった。そして排水渠の奥を先導した。
暗渠は細かいレンガ積みの壁面で覆われていた。幅三フィートほどの狭い上り坂の道をかがみながら進むと、やがて岩がむき出しになった道の行き止まりにたどり着いた。その行き止まりの上方から僅かな月の光が降り注いでいた。
アイル達は排水渠から這い出た。暗渠に導かれた竹樋の水道から水がチョロチョロと流れていた。そこは斜面の中腹だった。アオバズクのホー、ホー、という鳴き声が背後の森から響いてきた。
アイルはそこからアロンゾ村の様子を観察した。村の家々には明かりがつき、大通りの中央では大きな篝火が焚かれていた。
「どうする?」ジェイが訊いた。
「陸路を選択できない以上、船を使うしかない。しかし船は河口に沈めたままだ。見つからすに浮かべて、十人そろって脱出できるか……」アイルは首を振った。「無理だな。もしやつらがここに拠点を作るつもりなら、とどまっても状況は悪くなるだけだろう。しかし一時的に停留しているだけなら、やつらが去った後に脱出したほうがいい」
「なるほど?」
「一日様子を見たい。今日はもう戻ろう」




