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インステッド アライブ  作者: 芽雨りこ
ようこそ潮騒部へ
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潮騒部

教室棟の対面に位置する実習棟。


被服室や科学室、音楽室に生物室など特定の授業の際に使われる教室が並ぶ棟。


その棟の3階、昇降口から一番離れた隅っこに位置するその教室の前でナルは足を止めた。


「うっし!とうちゃーく。さぁさぁ遠慮しないで入ってクレパス」


「わぁ、クレヨンが相場だと思ってた」


「なんかさクレパスってクレヨンより美味しそうな感じしないか?」


「うん。別にしないし。強いて言うならカルパスに似てるねってくらいだし。それでクレパスにした理由もわからないし」


「それはフィーリングってやつよ」


ナルは親指を立てた右手を僕に突き出すと不器用にウィンクする。


「また厄介者に絡まれてるみたいね。お疲れ様」


どう反応したらいいか迷う僕は逃げるように、ナルの背後から向かってくる美琴と視線を交わらせる。


それに気づいた美琴はやれやれと肩をすくめ再三助け舟を出してくれた。


「厄介者って、酷いぞ美琴!刹那はそんな面倒な奴じゃねぇって!」


「そういう自覚の無いところとか本当に厄介よね。まぁこの人のことは、寂れた遊園地で、場違いのようにはしゃいで風船を渡しているのに、子供に全く興味を持たれていないマスコットだと思ってもらえればいいから」


「ピンポイント過ぎる上に、あまりピンと来ない例えだなそれ。まぁ、それはともかく2人も待ち疲れているだろうからさっさと行くか」


2人の息のつかない会話に入り込めず、傍観者に努めていた僕は、ナルの伸ばした扉に貼ってある紙を視界で捉える。


ーーーー潮騒(しおさい)部。


その単語の意味を頭で理解するよりも先に開かれる扉。


準備室程度の広さしかない教室。


そこに縦長の机と両側面に2つずつ、所謂お誕生日席と呼ばれる場所に1つずつおかれたパイプ椅子。


その机を挟むようにして置かれている物の少ないスチールラック。


そして左側面に並んで座る2人の女子生徒の姿。


そして、僕より先に入室したナルは僕に振り向くと、美琴と目配せをしてニヤリと口角を上げると次にこう口にする。


「ようこそ!潮騒部へ!!」


潮騒部。その名前だけでは全貌が見えない、言ってしまえば怪しい部活。


しかし、部員には見知った顔ばかりで、1日とはいえ接してきた感触から、その部の正当性が顔を覗かせる。


「さぁさぁそんなとこでボーッと突っ立ってねぇーで、さっさと中に入ってこいよ」


ここまで来て帰るなんて言う選択肢が僕にあるわけもなく、ナルに言われるがまま入室する。


扉を閉めてあらためて部員の方へ向き直ると、なんとも無邪気な笑みを浮かべていたナルは、ひとつコホンと咳払いをすると口を開いた。


「じゃあ、早速部員の紹介と行こうか!っても俺たち3人はもう必要ないから、1人だけだけど」


そういって手の平で指したのは、椿の隣、扉側に座っていた茶髪でポニーテールを靡かせる女子生徒だった。


その女子生徒の顔を見てまず浮かんだ印象が、「見覚えがある」といった、困惑の含むものだった。


しかし、その疑問は次のナルの言葉によってすぐに解明された。


「彼女は雨宮七海。学年は俺たちより1個下の1年生だな。んで、もう分かったと思うけど、椿の実の妹さんな」


七海はナルの紹介の言葉を受けて僕をまじまじと見つめてくる。


行き場を失った僕の視線は、その七海の頭上で漂っている。


それでも視界には捉えているその表情は読み取ることができる。


怒っている?とても怪訝そうな顔をしている。


それもそうだろう。急にどこの馬の骨だか、魚のはらわただか、大掃除中にたまたま見つけた何使うかわからない謎のケーブルだか分からない奴が、ずけずけと部室に入り込んできたのだ。


いや、入り込んだのは部室だけではなく、この4人の作り上げてきた関係にもだ。


新しいものに恐怖心を抱くのはきっと等身大だろうと思う。


「あの、えっと。ま、まだ僕はこの部活に入るかどうかなんて分からないから。そのとりあえず見学ということだから」


だからこそ僕の出したその答えは、波風のたてないどっち付かずの言葉だった。


潮騒部に波風たてずに。我ながら少しうまい事を言ったものだと思う。


「え?そ、そうなんですか?てっきり………。早とちりしてごめんなさい」


そしてその僕の言葉に反応したのは、僕が特に気遣ったナル、美琴、七海の3人ではなく、以外にも僕が来てから1度目を合わせてくれない椿だった。


「あ、いや。その期待させてごめん。でも、そもそも部活をやろうかも迷ってるところで、ナルに声をかけてもらったから、これいいきっかけになるかもとは思ったんだけど、その………」


予想外の反応に戸惑い次々と言葉を紡いでしまう。


頭で考えよりも早く紡がれるその言葉たちのせいで、一旦落胆していたナルの目に輝きが戻っていくのが確認できる。


「だよな!きっかけなんてなんでもいいよな!折角きたんだから少しはゆっくりしていけよ!お菓子もコーヒーも紅茶も緑茶もあるし、ジュースだって自販機までパシられる覚悟はあるからよ!!」


そんな前のめりなナルの提案に圧されるようにして、窓際のお誕生日席に追いやられる。


それに便乗したようにそそくさとティーパーティーの準備をはじめる美琴。


「ごめんナナちゃん。これ運んでもらえるかしら?」


「え?あ、うん。じゃなくて、はい。分かりました」


美琴に手伝いを催促され、渋々準備に入る七海。


ナルは堂々と僕の斜め左の席に着席して準備が終わるの待っている。


「あ、美琴ちゃん私も手伝うよ」


「ああ、いいよいいよ。もうすぐ終わりそうだし」


椿は手伝いを断られ、手持ち無沙汰でキョロキョロとしている。


まだ慣れない空気感から逃れるようにして、吹き込んでくる風に誘われるかのように窓の外を眺める。


「あ、海だ」


この学校は海岸近くに建てられていることもあり、3階まで上ってしまえばこうして海を眺める事ができた。


今まで内陸部育ちだった僕にとっては、おそらくこの町ではありふれたその景色がとても輝いて見えた。


少しだけその景色を堪能した僕は再び正面に向き直る。


そこでナルと椿の視線が僕に向けられていた事を知る。


「どうした?海なんか珍しいものでもないだろ?刹那だって昔はこの町に住んでたわけだろ?」


「ああ。まぁうん。そうなんだけどね。正気あまりこの町の事は覚えていないんだ。あ、別に記憶喪失とかそんな重い話ではないからね!」


ナルの問いに誤解がないように答える。


「覚えてないんだ………」


そしてその答えにポツリと反応を溢したのが椿だった。


「え?だからそんなに重い話じゃ」


「はい。準備完了よ」


伏し目がちな椿の表情から、まだ誤解が解けていないと思い再び口にした言葉を、その美琴の声がかきけしていく。


「じゃあ、新入部員(仮)の入部を祝して乾杯!!」


そんなナルの合図で幕を開けた歓迎会と名のつく勧誘会。


そもそも僕はこの部活について全く何も知らない。そんな不透明なままでは選択肢もあったものじゃない。


「あのさ。ずっと気になってたんだけどさ」


「ほ~ん。何?どんくらい気になってた?」


「そうだな。ジャックと豆の木っていかにもハッピーエンドみたいな終わり方だけど、巨人があまりにも不憫すぎるよね。てかそもそも、豆をくれた老人は何者で、何の目的だったんだ?ってくらいかな」


余計なナルの質問に適当に返してから、間髪いれずに僕は続ける。


「それで、潮騒部って結局なんの部活動なの?言ってしまえば、新しい世界へのチャンスをくれた老人ことナル。しかしその目的が分からないといったところなんだけど?」


部内に流れる沈黙と、目が点となるという表現が具現化されたような皆の表情。いや、1人だけ目尻にシワを寄せている人物がいた。


「ふふふっ!面白い例えだね!!あははっ!!」


椿だ。今日あったばかり、正確には記憶が正しければ子供の頃会っているようだが、それでもほぼ初対面の彼女、物静かで、余り表情を変えないタイプだと思っていたがそうではなないらしい。


…………いや。違う。さっきまで僕に向けられた虚をつかれた3人の視線がそのまま椿に向けられている。


つまり、これもまた珍しい光景なのだろう。


「え?椿ねぇがこんな風に笑うなんていつぶりだろ?」


そして極めつけにそう小さく呟いた七海の言葉。


まるで天変地異級の何かが起きたかのような3人の反応。


「なぁ。刹那。やっぱりお前さ、この部活に入るべきなんだよ。うん。そうだ。きっと」


「え?」


自分の投げ掛けた質問を自分自身で忘れてしまうかのようなその返答。


「いや、だからこの部活の目的が…………」


「うん!そうだわ。ナルが珍しくいいこと言った」


僕の言葉は呆気なくナルに同乗した美琴に振り落とされる。


「ちょっと待って。全く状況が飲み込めないんだけど」


「まぁ。仕方ないですね。保月先輩。私も許可します」


僕の喉は振動しているのだろうか?そんな疑問すら浮かぶ。誰一人僕の声が届いていない。


「あ、ああ………」


僕はその圧に、可でも否でもない曖昧な返答をするのが精一杯だった。








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