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8.伯爵家一日目2

「もう終わったのですか?」

「あと少しで終わるわ。アリー……あら?」


 振り返って声の方を見ると、目を丸くした侍女が立っていた。アリーだろうと思っていたけれど、違和感を覚える。そっくりだけど、なんか違う。


「エレナ様ですね?」

「えぇ、そうです」

「リリーと申します。よろしくお願い致します。ちなみに、アリーは私の姉です」

「あぁ、そうだったの。似ていると思いました。よろしくお願いします、リリーさん」


 濃いめの赤髪であるアリーに対して、リリーは同じ赤でもややピンク寄りだ。顔立ちも少し幼いような気がする。

 二人とも、馬車で迎えにきて酔ってしまったマリーと似ている。


「もしかして、マリーさんも?」

「マリーは私たちの母です」


 やっぱり。マリー、アリー、リリー。名前も容姿もそっくりだと思っていた。

 やばい、覚えられない。えーっと、ママの「マ」がマリー、姉の「あ」でアリー、リリーは、リリー……残りの妹がリリーだ! よし、覚えた。


「マリーさんの具合はいかがですか?」


 リリーはわずかに目を見開いた。

 昨日伯爵家に着いてからマリーの姿を見ていない。馬車の中でもかなり具合が悪そうだったので心配だ。馬車酔いだけで落ち着けばいいけれど。


「母は寝込んでおります」

「えっ?」

「熱が上がってしまって。ですが、薬をいただいたので、じきに良くなるでしょう。しばらくはお休みさせていただくと思いますが」

「大変。もちろん、ゆっくり休ませてあげて」


 もしかしたら、馬車酔いする前から具合が良くなかったのかもしれない。早く良くなるといいけれど、今のわたしにしてあげられることはないだろう。娘二人が近くにいるのならば、あまり口出ししないほうがよさそうだ。


「もしかして、もう昼食の時間かしら?」


 呼びに来てくれたんだろうかと思ったけれど、リリーは軽く首を傾げた。


「もうとっくに昼食の時間はすぎましたよ」

「えっ、なんてこと。気がつかなかったわ」


 朝食を取っていなかったので途中までお腹が空いたと思っていたのだけれど、それを通り越して空腹を感じなくなっていたのだ。早く終わらせて戻らないと、と思っていると、リリーの溜息が聞こえた。


「先程姉が食事を下げていましたけれど、エレナ様のものだったのですね」

「えっ」


 きっと食べないのだと思われたのだろう。朝がそうだったから下げられてしまったに違いない。料理人を信頼できていないとでも思われたのかもしれない。作ってくれた料理人にもアリーにも申し訳ないことをした。


「リリーさん、どこかで食べ物をもらうことはできるかしら? 余っているものがあればそれでいいのだけれど。朝から何も食べていなくて」


 さすがに朝も昼も食べていないとなると、体力がもたなくなる。子爵家にいたときは厨房で軽く調理するくらいできたけれど、ここではそうではない。

 リリーは少し悩む仕草を見せた。


「少しお待ちいただけるならば軽食を用意させますが、今は料理人も休憩時間なので……」

「あ、料理を作ってもらおうと思ったんじゃないの。残ったパンでもあれば、いただけないかしら」

「それでいいのでしたら、厨房へ行けば何かしらあると思います」


 それならばと厨房の場所だけ聞こうと思っていたけれど、リリーは残り少しならと手伝ってくれて、案内してくれた。リリー、優しい。


「ここが厨房です。基本的にはこちらで館の食事全てを作っています」

「うわぁー!」


 思わず目を丸くして見回す。

 まず、広い。厨房内は綺麗に整えられていて、窓からの光で明るい。棚には大きさの違う鍋が所狭しと並び、壁には調理器具が掛けられていた。何よりも目を引いたのが、大きなオーブンだ。


 どれだけのパンが一気に焼けるのかしら。


 しゃがんで覗き込み、手を伸ばそうとしたところで、後ろから鋭い声がした。


「何やってるんだ!」


 振り向くと、大柄な男性がすごい剣幕でこちらを見ていた。服装からして、ここの料理人だろう。

 そこでハッと気が付いた。もしかしたらオーブンが熱かったのかもしれない。好奇心に負けて、危うくやけどするところだった。


「ハンス、ブルーノ様の婚約者でいらっしゃるエレナ様です」


 リリーの紹介を受けて、わたしは軽くハンスと呼ばれた彼に礼をした。ハンスは不躾な視線でわたしをジロジロと観察し、わたしを睨みながら、リリーとこそこそ話している。丸聞こえだが。


「あ? なんで婚約者のお嬢様が厨房までくるんだ?」

「それが、今日は何も食べていないそうなの。何か食べるものがほしいんだって」

「食べてない? 出しただろ」

「アリーが下げちゃったみたい」

「今から作れってか?」


 そうだった。料理人にとっては、昼食時間が終わって少しの休憩時間のはずだ。せっかく一息ついていたのに呼び出されたら、そりゃ不機嫌にもなる。


「お休み中にごめんなさい。何でもいいのです。余っているパンはあるかしら?」

「余っているのでいいのでしたら、そこにありますよ。いくらでもどうぞ」


 ぶっきらぼうに示された先には紙袋があって、中にいくつものパンが入っていた。ひとつ手に取って、そのままちぎって口に入れた。少し固くなっているものの、朝から何も食べていなかったこともあって、とても美味しく感じた。そのままその場でひとつペロリと食べてしまってから、二人の視線がわたしに向いていたことに気が付いた。


 ちょっと、ご令嬢っぽくなかったかしらね?


「とても美味しいです。ありがとう。いくつか頂いてもいいかしら?」


 そのパンを三つほどもらって、ホクホク顔で部屋に戻って食べた。ジャムがほしいところだけど、贅沢は言っていられない。そういえば、果物の木はあるかしら? 果実がなればジャムを作れるけれど。今度聞いてみよう。


 どうやらこの時、わたしは固いパンが好きなのだと認識されたらしい。その後の食事には毎回このパンが出されるようになった。


 固いのが特別好きなわけじゃないんだけど……まぁ、これも味があって美味しいよね!

「なければ自分でなんとかする」と育てられた、前向きエレナ。

食事を下げられたのも固いパンも、みんなわざとですが、気付きません。

使用人たち、戸惑う。

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