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貧乏令嬢は呪いの伯爵と結婚したい  作者: 海野はな


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53.目覚め

「エレナ?」


 聞き覚えのある声にぼんやりと意識が浮上する。

 ここはどこだっけ?

 そう、ブルーノの部屋で、座ったら急に瞼が重くなってしまって、ブルーノは……。


 顔を上げると、ブルーノと目が合った。

 そう、目が合った。

 わたしは急に覚醒した。


「ブルーノ様っ?」


 ブルーノの目が開いている。エレナ、という声も聞こえた気がした。ということは、ブルーノが目覚めたのだ。

 わたしの声が聞こえたのか、ヨハネスが駆けてきた。


「よかった、ブルーノ様」

「俺は……?」


 どうやらブルーノも今目覚めたようだ。起きたばかりで記憶が曖昧なのか、まだどこかぼんやりしているように見える。自分で身体を起こそうとしたのか、身体を捻ってグッと顔を歪めた。


「動いてはいけません。まだ傷が治っていないのです」

「傷……?」


 ようやく記憶が繋がったらしい。ガバッと起き上がろうとしてやはり呻いた。わたしは慌てて動かないようにと手で押さえた。


「血は止めましたけれど、体力がなかったので傷は治っていないのです。動いてはいけません」

「そんなことより、エレナ、君は無事か?」

「そんなことじゃありませんよ。でも、ご覧の通り、わたくしは無事です」


 ブルーノがわたしの首元を見上げた。ブルーノが倒れたとき、わたしはホールで男にナイフを当てられていたのだったと思い出す。


「皮一枚薄っすら切れただけですので問題ありません」

「殿下は? 皆は無事か?」

「殿下も使用人たちも、皆無事です。ブルーノ様が心配するべきなのは、ご自分の身体です。どれだけ無茶したのですか」


 わたしは小さく息を吐くと、問答無用で布団を剥ぎ取り、刺された部分の服をめくった。ブルーノの一部の肌が露わになる。


「エレナ!?」

「集中するので黙っていてください」


 赤みを帯びて腫れているけれど、表面は綺麗に塞がっていた。奥に届くように癒しの魔術を構築し、魔力を流していく。手ごたえがあった。思ったよりも回復が進んでいたようだ。


 癒しの魔術は対象者の体力を使う。ブルーノの顔色は少し悪くなったけれど、怪我は治すことができた。これで少しなら身体を起こしても大丈夫なはずだ。ふぅと小さく息を吐いて、今癒しをかけた所を見る。


 ブルーノの脇腹は引き締まっていて、赤みが消えて腫れもなくなった肌は綺麗だった。傷や凹凸が残っていないかと肌に触れてなぞると、ヨハネスがさっと現れてブルーノの服を整え、わたしにいい笑顔を向けた。


「エレナ様、それは婚姻してからになさってください」

「それ?」


 よくわからずに首を傾げたところでハッと気が付いた。

 ヨハネスに支えられて上半身を軽く起こしたブルーノも、ちょっと気まずそうにしている。


「違っ、それは、その、傷がちゃんと治っているか確認しようと思っただけで、そのような……」

「そのような、ですか?」


 ヨハネスは面白そうにニヤつく。

 思わず顔に熱が集まった。


「ヨハネス、揶揄うな。エレナは治してくれただけだろう」

「それは失礼しました」


 ヨハネスはニヤニヤしながら布団を整えた。


「ほ、他に怪我をしたところはありますか?」

「いや、大丈夫だ。ありがとう」

「あの、解毒薬は昨日飲んでいるのですけれど、身体の動きはどうですか? しびれますか?」


 平常心を装い、別の話題を振る。

 ブルーノは手を握ったり開いたりを繰り返した。足先も軽く動かし、身体を少し捻って具合を確かめた。


「いや、痺れはだいたい取れているようだ」

「痛いところはありますか?」

「大丈夫だ」

「もし癒しや薬が必要でしたら言ってくださいね。指示してもらえれば、作ってきますから」


 ブルーノは小さく頷くと、真面目な顔になった。


「ところで、今はいつだ? 状況はどうなっている?」


 わたしはわかる範囲で説明した。今はブルーノが倒れた翌日の午後であること、殿下を狙ったのは王妃派閥の者だったこと、彼らは捕らわれてひとまず伯爵領の牢に入っていること、いずれ王都に移されること、毒入り料理を食べたおそれのある人には解毒薬を配ったこと。


「午前中にお客様も帰り、片付いてはいませんが館の中も落ち着きました。急ぎ必要なことがあればわたくしがやりますから、ブルーノ様はゆっくり休んでください。何か食べられそうですか?」


 まだ食欲はなさそうな様子だったが、食べられるなら少しずつ口に入れたほうがいい。厨房に行こうかと思った時、動いたのはヨハネスだった。


「エレナ様、私は殿下にブルーノ様がお目覚めになったと伝えてきます。それから厨房に寄って食事をもらってきましょう」


 心からホッとした様子のヨハネスは、わたしが頷くと部屋を出ていった。ヨハネスが連絡したら、きっと殿下は飛んでくる。そんな気がした。


「エレナ、あまり休んでいないのではないか?」

「人のことを心配している場合ですか?」


 こんな時にまで人のことばかりなのはブルーノらしいとも言えるけれど、一番瀕死で危険だったのはブルーノなのだから、もう少し自分のことに気を向けてほしいものだ。軽く睨もうとしたけれど、わたしの顔は緩んでいてできなかった。ブルーノが目覚めて安心して、気が抜けてしまったらしい。


「ちゃんと休んでいるとは言えない状況ですけれど、わたくしも使用人たちも交代で少しずつ休んでいるので大丈夫です。殿下はずっと動き回っていたようで疲れた顔をしていますけれど、少なくともブルーノ様よりは元気だと思いますよ」

「そうか……。俺ばかり寝ていてすまないな」

「そう思うなら、今はしっかり休んで、早く良くなってください。皆、心配しているんです。わたくしも心配したんですから」

「そうなのか?」

「なんで疑問形なんですか? 心配するに決まっているでしょう。もしこのまま目覚めなかったらどうしようかって、すごく怖かったんですよ」


 わたしも皆もこれだけ心配しているのにそれを信じていないのか。どこまで自分を卑下しているのだろう。


「そうか、心配してくれたのか」

「まだ信じていないのですか? 怒りますよ」


 ブルーノはどこか嬉しそうで、わたしも怒りますよと言いながら顔が締まらない。もう、しょうがない。


「お水、飲みますか?」

「もらう」


 わたしが机から水を取って器に注ぎ差し出すと、ブルーノは勢いよく飲んだ。あまり急に飲むのもよくないと思う。からになった器にもう一度注ぎ、少しずつ飲んでくださいと言って渡した。喉が渇いていたらしい。そういえばたくさん汗をかいていた。


「着替えますか? まだ湯浴みはしないほうがいいですけれど、身体を拭けるように布を用意しましょうか。布団も変えたほうがいいかもしれませんね」

「着替え……」


 ブルーノは自分の服を見て何かに気が付いたらしい。わたしの顔をまじまじと見てきた。


「もしかして……」

「わ、わたくしじゃないですよ! 血がたくさんついていたので、ヨハネスとヴィムがお着替えをしたのです。手伝いたかったのですけれど、さすがに駄目かと思ってわたくしは薬を取りに離れに……」


 どうしてか早口になって、後ろめたいことなどなにもなかったはずなのに言い訳のように述べると、ブルーノはホッと息を吐いて「そうか」と呟いた。


 ブルーノは器に残っていた水を今度はゆっくり飲み干し、器をわたしに渡した。


「エレナ、俺は……」


 少し言いにくそうにブルーノが口を開いた瞬間、ドタドタという足音が聞こえて乱暴に扉が開いた。


「ブルーノ、起きたか!」


 貴族らしからぬそれが許されるのは殿下だ。よほど急いで来たらしい。息が上がっている。知らせたら飛んでくるだろうと思っていたけれど、本当にその速度で来たようだ。


 ブルーノは口元を少しだけ緩ませて、それでもわざと大きく息を吐いて見せた。


「殿下、目覚めたばかりなのですから、もう少し静かにしてくださいよ」

「無事か!?」

「ご覧の通り、生きています」

「そうか……そうか!」


 態度には現さないようにしていたようだけれど、殿下はよほど心配していたのだろう。泣き出しそうなのを荒い息でごまかしているようにも見えた。

 わたしはそっと場所を代わった。


「死んだかと思ったぞ」

「俺も死んだかと思いました」

「おい、シャレにならん。本当に死んだかと思ったんだからな。よかった、ブルーノ、すまなかった、よかった……」


 殿下はブルーノの手を取って、何度も謝って、よかったと言った。


 殿下は守られるのが当然の立場だ。だけど殿下はブルーノが殿下を守ったことを当然とは思っていなくて、これだけ心配している。それがブルーノに伝わっているといいと思う。いや、伝わらないはずがないと思う。


「殿下、ひどい顔ですよ。休んでいないのでしょう」

「もともとこんな顔だ。休めないのはよくあることだ。仕方がない」

「少し動けるようになったら……」

「おまえは寝ていろ。とにかく寝ていろ。伯爵家のことはエレナが良きに計らっているから大丈夫だ。使用人も皆エレナに従っている。だからちゃんと治るまで休んでろ。いいか、動くなよ」


 いつの間にわたしは伯爵家を良きに計らえる権力を得たのだろう。


 殿下はブルーノに「休んでいろ」を繰り返し、戻っていった。まだ忙しいのだろうか。ブルーノが目覚めて少し顔色が良くなったように見えたけれど、少しは休めるといい。


 殿下と入れ替わるようにヨハネスがスープを持って戻ってきた。たくさんの具が入っているが、どれも柔らかく煮込まれているように見える。たぶんハンスがあらかじめ用意していたのだろう。


 ヨハネスはブルーノではなくわたしに器を渡した。食べさせろということだろうか。スプーンにスープを乗せてブルーノの口元に運ぶと、ブルーノは焦ったように拒否した。


「まだ食欲が出ませんか?」

「そういうことじゃない。自分で食べられるから」

「そうですか?」


 わたしが器ごと差し出すと、ブルーノは不機嫌そうに受け取って食べ始めた。後ろでヨハネスが楽しそうにしている。


 ブルーノがスープを全て平らげるのを見届けると、わたしは断りを入れて部屋を出た。片付けは後回しにするとしても、まだやることはたくさんあるのだ。


 やるべきことを一通りこなすともうすっかり日は落ちていた。夕食を殿下のところへ運んでブルーノの様子も伝える。殿下の仕事も一段落したようだ。今日は眠れそうだと言っていたので一安心する。


 わたしも夕食を軽く取り、アリーに離れから持ってきてもらった薬を受け取って、ブルーノの部屋へ戻った。わたしがいない間にブルーノは着替えを済ませたようだ。軽く食事を取れたこともあるのか、顔色もだいぶ良くなっている。


「エレナ、まだ仕事が残っているのか?」

「急ぎのものはないので大丈夫ですよ」

「それならば部屋へ戻れ」

「でも……」

「疲れているだろう? ヨハネスから夜通し俺の看病をしてくれていたと聞いた。今日は大丈夫だから、ゆっくり休め。俺も寝る」


 たしかに、疲れていないと言ったら嘘になる。でも本当はブルーノのことがまだ心配だった。夜の間に具合が悪くなるんじゃないか。眠ったら、また起きなくなるんじゃないか。できることならばブルーノの側にいたかった。


 そんな思いを見透かすように、ブルーノは笑みを浮かべながら「死なないから大丈夫」と言った。


「何かあったら夜中でも呼んでくださいね」


 ブルーノは何かあっても呼ばないだろうから、ヨハネスにも念を押した。


 もしわたしたちが結婚していればずっと側にいられたのに。そんなことを思って、慌てて振り払うように首を振った。


 仕方なく就寝の挨拶をして、わたしは部屋を出た。

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