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貧乏令嬢は呪いの伯爵と結婚したい  作者: 海野はな


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52.走り回る

 夜中、ブルーノは熱を出した。目覚める気配はないものの、苦しそうな表情を時折するようになった。もちろん苦しんでいるのはいいことではないが、生気がなかったブルーノが闘っていると思うと少し安心した。


 自分はいないほうがいい、なんて思っているらしいブルーノだから、これ幸いとばかりに向こうへ行ってしまうような気がして不安でならなかった。少なくとも戻ってこようとはしているということだ。


 ブルーノの額に滲んだ汗を拭いて、少しずつ水分を取らせた。


 そうしているうちに、どうやらわたしはベッドの横で眠ってしまったらしい。

 どのくらい寝てしまったのか、誰かが入ってきた気配と話し声で目が覚めた。


「こんな非常識な時間にすまない」


 顔を出した殿下は、わたしを見てちょっと焦った顔をした。


「すみません、殿下。眠ってしまっていたようです」

「まいったな、エレナの寝起きの顔をブルーノより先に見てしまったか? これはブルーノに恨まれるな。内緒で頼む」


 そうだったっけ?

 わたしが倒れているところをブルーノに見られているわけだから、殿下が先ではたぶんない。


「ブルーノ様に先に見られていますから大丈夫です」

「えっ?」


 そんなことよりもブルーノだ。相変わらず眠っている。だけど、心なしか顔色が良くなっているように見える。首に触れると脈は昨日よりもしっかりと打っていた。殿下がいる前で申し訳ないとは思ったが、ブルーノに薬を飲ませる。


 辺りは少し明るくなってきていた。もう朝が近いようだ。

 殿下の顔には明らかな疲れが浮かんでいた。きっと寝ずに今まで動き回っていたのだろう。


「ブルーノ様が作った体力を回復させる薬です。殿下もお飲みになりますか? 忙しかったのでしょう。顔色が優れませんよ」

「いや、俺は大丈夫だ。ブルーノの様子は?」

「夜は熱があったのですが、下がってきたようです。ご覧の通りまだ目覚めませんけれど」


 ブルーノが薬を飲み終えると、わたしは殿下と場所を代わった。殿下はブルーノの額に手を当て、切なげにブルーノを見つめた。


「あのころとは逆になってしまったな。すまない、ブルーノ」


 殿下はそっとブルーノの首に触れ、少ししてから手を離した。


「学生の頃、俺は体が弱かった、という話はしたよな。その頃は俺がベッドで横になっていて、ブルーノがこうやって俺の首に触れて診ていた。俺には診方はわからないが、脈が打っているのはわかる」

「昨日よりだいぶ強くなったのですよ」

「回復するか?」

「するはずだと信じています」


 殿下は弱く微笑むと、「そうか」と呟いた。


「エレナは強いな。そうだ、物理的にも強かった。ホールで敵を蹴とばした時にはスカッとしたよ」

「あ、あの時、大丈夫でしたか?」


 ホールで敵と対峙していた時、わたしは男にナイフを首に当てられた。強い相手でもなかったので倒すのは簡単だったけれど、殿下には思惑があるようだったのでしばらくそのまま待機した。けれど、ブルーノが倒れたのを見てわたしは我慢できずに蹴り飛ばして駆け出してしまったのだ。


「あぁ、助かったよ。参加者の中にまだ敵が潜んでいると思ってたんだ。おかげであぶり出せた」

「それならばよかったです」

「ブルーノがエレナは強いと言っていたから信じていたけど、捕まった時はちょっと焦った。全くの杞憂だったな。首の怪我は大丈夫か?」


 そういえば、その男にナイフで薄っすら切られたのだった。自分でも忘れていた。


「大丈夫ですよ。深く切られたわけじゃありませんから」


 殿下はわたしの首元を少し見て目尻を下げ、それから真面目な顔になった。


「エレナ、今回の件だが、まずは詫びる。巻き込んでしまって本当に申し訳ない」


 いきなり頭を下げた殿下にわたしは焦った。軽々しく頭を下げていい人ではないはずだ。


「おやめください。殿下が画策したことではないことくらい、わたくしにもわかります。殿下だって狙われた側でしょう?」


 殿下はブルーノを見て悔しそうに歯を食いしばり、そしてわたしに向き直った。まだ調査中で確定ではないと前置きした上で、状況を説明し始めた。


「首謀者は現王妃派閥の者だ。俺を亡き者にし、異母弟を王太子にしようと以前から動いていた。俺が現王妃の派閥からよく思われていないという話はしたよな?」


 殿下は亡くなられた前王妃の子だ。現王妃は前王妃が亡くなられたことで王妃の座につき、彼女には王子が二人いる。殿下は体が弱く大人まで持たないと言われていたが、ブルーノの尽力により体調を回復し、王太子の座についた。

 自分の子を王太子の座につけたい現王妃とその派閥にとっては俺は面白くない存在だ、と殿下は言っていた。


「俺が宮城を出て護衛が甘くなる今を狙ったようだ。俺を治したことでブルーノも良く思われていなかったから、この機会にまとめて処分してやろうという魂胆だったらしい」


 王妃派閥の者は、自身の護衛として実行部隊を館内に入れた。それ以外にも数人を忍ばせていたらしい。パーティーの料理に、味ではわかりにくく体が動きにくくなるボラピの毒を混入させ、こちらの動きを鈍らせた。


 それに気が付いたブルーノは、解毒剤を用意させる名目でわたしをホールから遠ざけたらしい。


「わたくしは馬鹿ですね。ホールに残るべきでしたのに、ブルーノ様に言われるままに離れてしまうなんて。それともわたくしはブルーノ様にとって足手まといだったのでしょうか」

「解毒剤が必要だったのも事実だし、それに、エレナを守りたかったんだろう。きっと全部自分で片を付けるつもりだったのさ。実際ブルーノは強かった」


 敵は外で小さな爆発を起こした。確認の為に殿下の護衛が外に出たのが戦闘開始の合図だったようだ。


「敵の中にも魔術を使える者がいたし、数ではこちらが圧倒的に不利だった。何より毒の影響で思うように体が動かなかった。敵の一人が俺に刃を向けたんだ。ブルーノは自分の身体を盾にして俺の代わりに刺された」


 状況を見てはいないけれど、普段のブルーノだったらきっと回避できたのだろう。だけど毒の影響で思うように動けず、咄嗟に自分の身体で殿下を守ったのだと思う。


「ブルーノは怪我を負いながらも相手をバタバタと倒していった。身体の自由が利かない上に怪我を負っているとは思えない動きと魔術だったよ。絶対に敵に回したくないね」


 途中で殿下の護衛が戻ってきたこともあって、わたしがホールについた頃には相手をだいたい制圧できたという。それから敵を拘束し、毒を混入させた疑いのある者の尋問、事件の裏を取るために殿下は走り回っていたそうだ。その甲斐があって、王妃派閥の罪がはっきりしたらしい。


「それでは、王妃様の派閥を捕えることができるのですか?」

「あぁ。さすがにこれだけ証拠が出れば、陛下も庇えないだろう。王宮の風通しがよくなりそうだ」


 殿下はニヤリと口端をあげた。だけど顔は晴れ晴れとしていない。

 殿下はまだ眠っているブルーノを見た。


「ブルーノが俺を庇わなければ、俺は今ごろ生きていなかった。だけど代わりにブルーノをこのような目に合わせてしまった」


 殿下の顔からは悔しさとやるせなさがにじみ出ている。

 殿下だって、そうしたかったわけじゃないことくらいわかる。殿下はブルーノのことを大切に思っていて、決して自分のために犠牲になっていい、なんて思っていない。


「なんでブルーノは俺を助けたんだろうな。学生の時も、今回も。俺のことなど放っておけばブルーノに害は及ばなかったのに」


 殿下は目尻を下げてブルーノをじっと見ている。ブルーノは目覚めないが、苦し気に顔を歪ませた。


「どこか痛むのだろうか?」

「……もしかしたら、殿下が弱気な事を言ったからじゃないですか?」

「え?」

「殿下を庇ったのは、きっとブルーノ様にとってはごく自然なことだったのですよ。ブルーノ様は、そういう人ですから」


 相手が誰であっても、ブルーノだったらそうしただろうと思う。わたしが首にナイフを当てられた時、瀕死の状態だったのに動こうとしたのだから。

 わたしが微笑むと、殿下は目を丸くした。


「そうか、そうだよな。そういう奴だよな」


 殿下はフッと笑って立ち上がった。


「エレナ、また様子を見にくる」

「殿下も少しはお休みになってくださいね。後で食事を届けます」

「助かる」



 殿下が部屋を出てから、わたしはヴィムにブルーノを任せ、厨房へ向かった。お客様には事情を説明してあるが、朝食に何も出さないわけにはいかない。軽くでも出せるものを作らなくては……と思いながら厨房の近くまでくると、いい匂いがした。


「ハンス?」

「エレナ様? 早いですね。おはようございます」


 厨房を覗くとハンスが食事の用意をしていた。パンの焼ける香りが漂っているということは、ハンスはたぶん休まずに仕事をしていたのだろう。パンは生地を作ってから焼くまで、時間がかかるから。


「ハンス、大丈夫なの?」

「大丈夫かと聞かれるとわからないですね。だけど、こんな時こそちゃんと作らなきゃでしょう。もしかして手伝いにきてくれたんですか?」

「手伝いというか、簡単でも食事を出さなきゃと思って作りにきたの」


 マリーの言葉を思い出した。


『使用人たちもゆっくり休んでいられる気分じゃないのですよ。皆、エレナ様と同じ気持ちです』


 ハンスもきっとそうなのだろう。せっかく作った料理に毒を混入させられ、容疑者の一人にまでなったのだ。疲れていないはずがない。だけど、じっとしてもいられない。


「ハンス、助かるわ」

「これが俺の仕事ですから。まぁ、食べてくれるかはわからないですけどね」


 自嘲するように笑う。ハンスが作った料理に毒が混入していたのだ。警戒して食べない可能性はある。


「ハンス、朝食前にここを出るお客様もいると思うの。持っていける軽食は用意できる?」

「もうそこに作ってあります。箱詰めすれば出せますよ」

「さすがね。ありがとう」


 わたしはハンスが用意してくれた食事をお客様の部屋へ届けた。朝になったらすぐにでも出発したいというお客様が多いので、朝食も早くなる。


「念入りに毒見はしましたけれど、不安がありましたら残していただいて構いません」


 そう伝えながら朝食を配った。


 早々に出発するお客様の見送りにも出た。

 表玄関には朝早くから出発するご夫婦が来た。夫人は急いで馬車に乗り込んでいて、一刻も早くここから立ち去りたいという気持ちがよくわかった。外でご主人とブルーノの代わりにわたしが挨拶する。


「すみませんね、妻が早く帰りたいと言うものだから」

「いいえ、こんなことがあったのですもの。お詫びのしようもございませんが、いずれ必ず」

「いや、殿下狙いだったのでしょう。伯爵家も被害を受けた側なことはわかっています。ブルーノ様の早い回復を祈っております」

「ありがとうございます。道中お気をつけて」


 馬車が見えなくなるまで見送ると、またすぐに次のお客様が玄関に現れた。


 こんな怖いところ二度と来ない、と吐き捨てるように出ていった人もいたが、理解を示してくれる人もいた。ブルーノを心配し、わたしを労ってくれる人もいた。


 殿下と罪人を除き、最後のお客様を見送ったのは、お昼前のことだった。

 ブルーノの様子を確認しに戻ると、彼は変わらずに眠っていた。だいぶ顔色が良くなってきた気がする。

 それから殿下に昼食を渡しに行き、使用人たちに指示を出し、殿下の食事を下げながら厨房へ向かった。


「ハンス、助かったわ。貴方も休める時に休んで」

「それをエレナ様が言いますか? エレナ様こそ動き続けているんでしょう。休んだらどうですか」


 それもそうかも、と笑い合う。ハンスの目元にはうっすらクマが浮かんでいる。お客様が帰ったので、厨房も少しは楽になるはずだ。


 やることを一通り終えてブルーノの部屋に戻ると、やっぱりブルーノは同じように眠っていた。薬を飲ませ、顔を拭く。そろそろ癒しをかけても大丈夫だろうか。


「ブルーノ様、もうお昼ですよ」


 声をかけてみるけれど、反応はない。


 ブルーノの手を握ると、少し湿っていた。全体的に汗をかいているようだ。

 さすがにわたしが着替えさせることはできないから、ヨハネスとヴィムに頼もうか。


 寝台の横の椅子に腰掛けてそんなことを考えているうちに、瞼が重くなってきた。いけない、と思って首を振ってみたけれど、思っている以上に疲れていたらしい。


 わたしはまた、そのまま眠ってしまった。

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