47.パーティー
「エレナ様、朝食をお持ちしました」
「ありがとう、アリー」
王太子殿下が来てから朝食も共にとっていたが、今朝は殿下の希望だか気遣いだかで、それぞれが部屋で食べることになった。
「殿下とブルーノ様は昨夜遅かったのかしら?」
「私も聞いた話ですが、けっこう遅くまでお話されていたようですよ。ご学友同士で積もるお話に花が咲いたのではないですか?」
「そうだといいけれど……」
そうじゃない雰囲気だったけれど、きっとそうじゃなくなった、と思いたい。せっかくの楽しく飲めるはずの場がわたしのせい……かよくわからないけれど、とりあえずあの雰囲気のままだったら申し訳ない気分になる。
わたしは昨日殿下に「もう休め」と言われて部屋を出てから今日の最終確認をして、言われた通りに早めに休ませてもらった。今日は忙しくなるとわかっていたからだ。
王太子殿下滞在四日目の今日はこの伯爵邸には珍しく、お客さんが多数来る。伯爵領の近隣で取り引きのある貴族を中心に、王太子殿下と面会したい人や関わりを持ちたい人が集まってくるのだ。一部に平民の豪商もいる。王都では簡単に殿下に会えない彼らは気合十分でやってきた。
夜には簡単なパーティーも予定されている。
呪いの伯爵の館に足を踏み入れる、というマイナス要素と利を天秤にかけた結果、利が勝った人だけが来るので多数といっても十五組程度なものだが、伯爵家にとっては多数である。
女主人がおらず代理としてわたしとマリーがなんとか回しているものの、そもそも使用人の数も少なく、こういったことになれていないわたしたちはてんやわんやだ。
お客様たちは殿下と面会したりパーティーでお話したりして、たいていの場合一晩泊まって明日帰る。殿下はぎりぎりまで面会予定があるので、明後日の朝に出発する予定だ。
「アリー、今日は大変だと思うけれどよろしくね」
「お任せください」
朝食を終えてバタバタと準備をしているうちに昼食の時間になった。食事を待つ部屋に入ると、先にブルーノがいた。殿下はまだのようだ。
……どう考えても疲れた顔をしてるな。
「ブルーノ様、昨日は遅かったのですか?」
「あぁ。あのあとずっと殿下からお叱りを受けてね……」
「ずっと、ですか」
「ずっと。むしろお酒が入ってからはヒートアップしてね……」
「うわぁ」
ブルーノが遠い目をしている。大丈夫だろうか、いや駄目かもしれないけれど、今日は予定が詰まっていて休んでくださいとは言えない。
「申し訳ございません。せっかくの歓談の機会を奪ってしまって」
「いや、エレナが謝ることは何もない。全て俺が悪い。あの、エレナ……」
ブルーノが何かを言いかけたところで扉が開き、殿下が入ってきた。ブルーノとは違って疲れを全く感じさせず、今日もキラキラしい王子様だ。わたしたちは立ち上がって軽く礼をする。
「よくお休みになれましたか?」
完全によくお休みになれていないブルーノが聞く。
「あぁ、よく休んだ。ブルーノはよく休めていないみたいだな」
「少しお酒を飲みすぎたようです」
「そうか? ほとんど飲んでなかったように見えたが」
二人の軽いやり取りが、そのまま言葉通りのような、トゲだらけのような、そんな怖さを感じてわたしはただにこやかに微笑み続ける。
「エレナ、昨日こいつにはたっぷり言い聞かせておいたから」
「あ、ありがとうございます?」
お礼をいうところだっただろうか?
でも他に返答が思い浮かばない。
「決めるのはエレナだから、思う通りに答えてもらっていいからね」
殿下はわたしにはニッコリ微笑み、ブルーノにはどうにかしろよとでも言うような、意味ありげな目線を送っていた。
昼食を終えると最初のお客様がやってきた。
わたしとブルーノ、一部の使用人が表玄関で出迎えると、たまたま時間が被ったのか、二組のお客様が同時刻にやってきた。
ここから殿下はお客様との面会、ブルーノは必要があればそれに同席したり、殿下と面会していないお客様と話したり。わたしは次々にやってくるお客様のお出迎えと、面会に参加しない奥様やご令嬢たちのお話し相手など。やることが多くて目が回りそうだ。
使用人も総出で精一杯頑張っているが、なにせもともと数が足りない。わたしは「ちょっと失礼します」と奥様方と話していたサロンを抜け、厨房に自分で茶菓子を取りに行った。
優雅に歩きつつ使用人区域に入った瞬間に走る。ご令嬢が走るなどはしたない、と普段なら怒られるかもしれないが、今日はやむを得ない。マリーもそう言うはずだ。
厨房ではハンスがやばくなっていた。昨日もおとといも鬼気迫る感じはあったが、今日はもう話しかけちゃいけない雰囲気を放ちながら鍋を混ぜている。それも仕方がない。パーティーのための料理は種類も量もとても多い。
「ハンス、こちらの茶菓子を少しもらっていくわね」
「あぁエレナ様、このベリーを飾りに乗せる予定だったんだ。すみませんがもう洗ってあるので頼めますか?」
「了解!」
ボウルから小さなベリーをつまんで一つずつ乗せて持っていく。途中で走るヨハネスとすれ違った。
「あぁエレナ様、もうすぐ次のお客様がいらっしゃるそうです」
「えっ、予定より早いわね。了解。これ出したら玄関に向かうわ」
今日は全員が何でもやるのだ。
この感じ、どこか子爵家を思い出す。身分の上下関係なくみんな走って仕事して。忙しいけれど、嫌いではない。
夕方、わたしは一度自室に戻り、ドレスに着替えた。わたしがパウンドケーキを差し入れたらブルーノがお礼にと購入してくれたものだ。届けられた日にはこれを着る日などあるのだろうかと思ったけれど、けっこう早くその日がやってきた。
アリーが着付けと化粧をし、髪を結い直してくれた。アリーは器用だ。どうやったらこんな複雑な髪型ができるのかと思う。
しょうがないのはわかっているけれど、どうしてもこのコルセットというやつは苦手だ。いつも動きやすい服を着るのに慣れてしまっているからだろうか。毎日これを着なければならない身分の人は大変だ。
「苦しい。これでは何も食べられないわ」
「貴族って大変ですね。どちらにしても、今日はゆっくり食べている時間などないのではありませんか?」
「それもそうね」
パーティー会場となるホールは使用人たちが最終チェックをしていて、料理が運びこまれてきていた。料理に関しては温かいものは温かいまま提供したいので、冷めた状態で食べるものや飲み物が先に運ばれている。
わたしは王都の夜会というものには参加したことがないけれど、規模は全然違うがそれに倣ったかたちの立食パーティーになるらしい。
使用人たちと一緒にホール内を確認していると、ブルーノがやってきた。当然ながら、彼も正装である。ドキッとした。普段からだらけた格好をしている人ではないけれど、正装はまた違うカッコよさがある。でもやっぱりちょっと顔が疲れている。
「ブルーノ様、似合いますね」
「あ、あぁ、エレナも」
「アリーが頑張ってくれました。汚さないように気をつけないといけません。着ているだけで緊張します」
わたしが自分の姿を見下ろすと、ブルーノからフッと笑う音が聞こえた。
「会場の用意は大丈夫そうだな。もうすぐ皆が来るだろう」
わたしとブルーノがもう一度周りをチェックしていると、始めに殿下がやってきた。正装姿はやっぱりキラキラしい。
ブルーノとわたしは慌てて近くまで行き、お辞儀をする。
「早かったですね。殿下は最後にいらっしゃるものかと」
決まりではないがなんとなく、身分が高い人は最後に登場するものだ。
「早くに用意が終わってしまったから来ちゃったよ。エレナ、そのドレスとても似合っている。エレナの魅力を引き立てているな」
見るからに輝いている殿下に言われても「なにをおっしゃいます」という気分になってしまうけれど、褒められれば単純に嬉しい。
「ありがとうございます。ブルーノ様が贈ってくださったドレスなんです」
「そうなの?」
どうにも昨日から殿下がブルーノに厳しい。仲違いしてほしくはないので、あと二日でなんとか関係改善をしてもらわなければと、ブルーノの好意だとアピールしてみる。
「ブルーノも気が利くところはあるじゃない。で、ブルーノには何て褒められたの?」
「え、えっと、似合う、と」
「それだけ?」
ブルーノに似合うと言ったら君もと言われた、が正確なところだが、意味はきっと同じはずだ。殿下はブルーノに目線を送っている。
「ブルーノ、可愛いって思ったなら全力で表現しなきゃダメだよ。もしここに新しいドレスを着た妻がきたら、俺なら褒め倒すね」
「例えばどんなふうに?」
「可愛い、綺麗だ、似合う、美しい、俺の天使、女神とかはよく言う。思ったままに言いまくる」
「俺の天……」
ブルーノには最後まで言えなかったらしい。分からない程度に顔が引きつっている。呟きながらチラッとわたしを見た。言った方がいい? みたいな顔しないでほしい。それはちょっとハードルが高いし、求めていない。聞いているほうが恥ずかしくなる。
「妃殿下は喜ばれますか?」
「喜んでると思うけど? でも途中からは『おだまりなさい』と目で訴えてくる。そんな目も好き」
なんだか聞いてはいけないことを聞いた気がする。
わたしとブルーノは小さく頷き合った。褒めてもらうのはもちろん嬉しいけれど、過剰なのは違う。意見が合ってよかった。
わたしたちが話していると、次のお客様がやってきた。隣接している子爵領の子爵夫妻だ。続いてその隣に小さな領地を構えている男爵、少し離れた領地の伯爵。彼らは一人できたらしい。夫婦できている人もいれば、一人の人も、当主と次期当主という組み合わせもいる。
わたしたちは順番に挨拶をしていく。時折若い女性もいる。彼女たちは入口に控えたわたしたちと挨拶を交わして中に入るなり殿下のところへ向かっていく。なるほど。
一通りそろって呼んだ演奏者が音楽を奏で始めると、パーティーの始まりだ。




