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貧乏令嬢は呪いの伯爵と結婚したい  作者: 海野はな


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46.ブルーノ叱られる

 婚約延長を王太子殿下に認めてもらえなかった。

 ということは、わたしは春に実家に戻されてしまう。わたしは思わずガバッと顔を上げた。なんとか引き止めなければ。


「殿下、あの、それは……」

「エレナはいずれ結婚するつもりがあるってことでいいよね?」

「えっ?」


 話の流れがわからなくて、わたしはちょっと固まった。「ん?」と殿下に回答を促されて慌てて「あっはい」と返事をする。


「わかった。ちょっとエレナは黙っててくれる?」


 殿下は一瞬だけわたしに笑みを浮かべると、ブルーノに向き直った。今度は真顔だ。むしろちょっと怒っているようにも見える。いや、けっこう怒っている。殿下の周りにひんやりとしたものを感じる。


「このまま春に結婚しないなら、春まで待たずに婚約を解消しろ」


 えっ。

 声が出そうになって口を押さえた。黙っててと言われたばかりだ。


「それは命令ですか?」

「命令だと思ってほしいね。まぁ正確に言うとブルーノが当主なわけだし、伯爵家と子爵家で延長だと決められたなら俺は従うしかないから、命令にはできない」


 そうは言っても、王太子殿下である。やろうと思えばどこかに圧力をかけて従わせることくらいわけないはずだ。特に子爵家なんて少しの圧で吹っ飛ぶから、早々に聞き入れるしかないだろう。


「そもそも俺には延長する意味がわからないんだけど。延長した後どうする気なのさ。まさかずっと延長し続けるつもりじゃないだろ?」

「もちろんそのつもりはありません」

「じゃあエレナがいなくなったら仕事が辛いから、代わりの誰かが見つかるまでこのままでいようっていう感じ?」

「いや、それはさすがに……」

「さすがにっていうけど、現状そうだよね? 状況だけみればエレナに仕事をやらせるだけやらせてこき使った上で、いずれ捨てようとしてるみたいに見えるんだけど」


 思わず「違……」と言いかけて、慌てて口を押さえた。声が漏れてしまったので、殿下が目線だけチラッとわたしを見た。黙ってろ、ですね、はい。


「実家に戻したいのはなんで?」

「ここにいたらエレナがどうなるかわからないからです。殿下は俺の結婚相手がどうなったか知っているでしょう?」

「へぇ。それだけ?」

「おおむねそうです」

「それで、実家に戻してどうするつもり?」

「実家に戻れば良縁もあるでしょう」


 殿下はブルーノをしばし見つめたあと、これみよがしに大きなため息を吐いた。


「ブルーノ、おまえ馬鹿なの? 実家に戻ったエレナに良縁があるわけがないじゃん」


 えっ、あるわけがないの?

 実家に戻って良縁を得よう、とは全く思っていなかったけれど、ここまではっきりと言いきられるとそれはそれで、なんというか。


「考えてもみなよ。ブルーノとエレナはすでに同じ屋根の下で暮らしている。婚約者としての距離を保っておりますといったところでどれだけの人が信じると思う? 俺はブルーノの性格上すでにエレナに手を出した可能性は低いと思ってるけど、周りはそう見ない」


 驚いてブルーノを見ると、彼もまた目を丸くしていた。

 とりあえず何もないということをアピールするために首を振ってみた。


「婚約中に嫁ぎ先へ移動するのはよくあることではありませんか。そののちに婚約解消となることも珍しいことではないでしょう?」


 実際に嫁ぎ先に早めに移動することはよくある。嫁いだ後にすんなりと嫁ぎ先の風習や仕事に馴染んでおくという意味と共に、見知らぬ者同士の結婚で相性が最悪だったり、結婚先の家にどうしても馴染めない、といったことがないようにお試しの意味もあるのだ。

 だいたいはそのまま結婚するが、そこでお互いに合わない、となって婚約解消に至ることも少なくはない。姑と嫁予定者が合わないという場合もある。


 そんな前例が多数あったからこそ、わたしも早々にこちらに来たのだ。


「そうだけどさ、大抵の場合その家には当主がいて家族がいる。自分よりも上の立場の者と家族が常に見張っているわけだ。でもここの場合ブルーノが当主で他に誰もいない。誰もブルーノに指図できないし、使用人だって主人の命令なら口を噤む」


 わたしはさらに目が丸くなった。たしかにその通りだ。

 ブルーノだからありえないと思うけれど、もし万が一何か起こったとして、使用人たちはブルーノにとって不利になるように動くことはないだろう。

 周りもそういうものだと思っているから、つまりわたしはすでに、えっと、そういうことかもしれないと思われているのか。そうなのか。


「ここにいると呪われて危険に陥るかも、とでもブルーノは思ってるみたいだけど、その理屈ならさ、ひどい言い方になるけど、エレナは傷物かもしれず、さらにすでに呪われているかもしれない女、になるわけだ。良縁が降ってくるとでも?」


 わお。気が付かないうちに、わたし、すごいことになってた。

 これではたしかに別の縁談という道は絶望的だ。


 まぁ、どのみち最初からまともな縁談などないと思っていたので、いまさらだ。

 もしここを出ることになったら、次の縁談を探すのは諦めて何とか自分で生きていく方法を考えよう。そうしよう。


「その状況で実家に戻しさえすればいいだろうと言うのはどうかと思うよね。しかもエレナの為だから、エレナが危険になるから、って全部エレナに責任押し付けて、ずるいと思わない?」

「ずるい……?」

「ずるいでしょ。エレナがここにいるって言ってくれてるんだから、呪いだとかなんだとか言い訳してないで、全部守るし幸せにするから結婚してください、くらい言えないわけ?」


 言い訳っ。呪いを言い訳の一言で片づけちゃう殿下。


 とりあえずわかったのは、殿下はブルーノに怒っているらしいということだ。どちらかというと婚約解消ではなく、さっさと結婚しないことに対して怒っている。わたしにとっては最大の味方が現れたわけだが、殿下を応援したい気持ちとブルーノを擁護したい気持ちがせめぎ合ってヒヤヒヤハラハラが止まらない。


「婚約延長だとかうじうじ未練がましいこと言ってないで、さっさと結婚すればいいじゃん。何が不満なわけ? ブルーノはどう見たってエレナのこと好きじゃん。今更手放せないくせに先延ばしにするとかありえないよ。何なの?」

「は?」

「は?」


 わたしとブルーノの声が被った。

 何だか今、聞き捨てならないことを言われた気がする。ブルーノがわたしのことを好き? いやいやいや、そんな素振りみたことない。実家に戻れとばかり言われているのに、そんなわけがない。


「何そろって驚いた顔してるの? ブルーノさ、まさか自覚ないとか言わないよね? それともむしろ俺は貴女を愛さないみたいな態度を貫いてたりする? それはそれで寒いわ」


 殿下はブルーノを睨みながらクピッと残っていたお茶を飲み干し、器をそっと置いた。口調からすると叩きつけてもおかしくないくらいの雰囲気なのに、カチャと小さな音が鳴っただけだった。にじみ出る高位の気品。


「昨日の公園でも温室でも調合室でも、ブルーノはエレナばかり見てるじゃん。ずっと目で追ってるじゃん。俺がエレナと公園のガゼボでしゃべってたら、すごい早さで戻ってきたよね。どんだけ心配なんだと笑ったよね」

「それは殿下を待たせては申し訳ないと……」

「それなら、俺がエレナに話しかけるたびに不機嫌になるのはなんで? エレナと親しく話すようになってから、あからさまに俺のこと警戒してるよね」

 

 よく殿下に話しかけられるなと思っていたら、どうやら殿下はブルーノの反応を見ていたらしい。それが顕著だったので、面白くてやりすぎちゃった、と笑った。


「それにさ、調合も仕事もやらせて、帳簿まで全部見せてるんでしょ。取り引きにも同席させて領のことについて意見を求めてる。もはや伯爵家の人の扱いをしているのに実家に戻らせるっておかしいでしょう」


 領の機密を知った人間を外に出す危険もわからないの? と殿下はブルーノに詰め寄る。たしかにわたしもそれについては心配していた。機密をばらしてやろうなんていう気持ちは当然ないけれど、通常は見てはいけないだろうという資料をわたしはたくさん見ている。ここに残るためには都合がいいと拒否しなかったのはわたしだけれど。


「使用人に追い出されそうになり、ブルーノにまで実家に戻れと言われ続けているのに、それでもここに残りたいと言って伯爵家のために働き続けるエレナ、偉すぎない? 健気すぎない?」


 あ、それ、伯爵家のためというよりは子爵家のためですね、と思ったけれど、その言葉は飲み込んでおく。


「あぁそうだ、ブルーノ、おまえの使用人たちにも俺の斡旋した婚約者を追い出すなって言っといて」

「今はもう使用人たちはむしろ俺よりエレナの味方で……」

「いいから言っといて」

「はい」


 ああぁ、わたしが変なことに口を滑らせてしまったから使用人たちまでお怒りの対象に……。殿下がそう言っていた、なんて言われたら、使用人たちは縮こまってしまう。前もって気にしないように言っておかねば。


「好きな子がここで一生過ごすと言ってくれているのに、それに応えないばかりか『出ていけ』を繰り返してるんだよ。どれだけひどいことをしているかわかってる?」

「それは、その……」

「ブルーノ、馬鹿なの? 俺はブルーノは天才だと思ってたけど、馬鹿と天才は紙一重ってやつなの? 出ていけっていうくせにいざ出ていく時が迫ると延長って、もう馬鹿としか思えない」


 殿下の攻撃は止まらない。


「エレナの為だとか言いながら、覚悟が足りなくて自分が逃げているだけだろ」


 殿下に言い続けられて、今までに見たことがないほどたじたじになっているブルーノを珍しいと思いながら、わたしもそんな余裕がないくらいにヒヤヒヤして、驚いて、とにかく忙しい。


「エレナ」

「ハイッ」


 突然殿下の声がわたしに向かって飛び上がる。


「さっきは傷物だとかひどいことを言ってすまない。もし君がここを出たいと言うなら力になる。公園で言ったこと、覚えてる?」


 わたしは頷いた。別の縁談を用意することも可能だし、縁談が嫌ならば働く先を斡旋することもできると殿下は言っていた。

 殿下は怒っていると思っていたけれど、わたしに向ける目には怒りはなく、どこか心配してくれているように見えた。たぶん殿下にお願いすれば、可能な限り本当にそうしてくれるだろう。


「本当にこの意気地なしで、うじうじいじいじしてて不幸背負ってるような情けない奴でもいいのか、もう一度考えてみて。俺が斡旋した縁談だから、責任は取るつもりだ」

「殿下……」

「おまえは黙ってて」


 間に入ろうとしたブルーノを殿下はピシャリと跳ねのけた。


「それでエレナ、俺が滞在中に答えを聞かせて。君にとって悪いようにはしないと約束する」


 考えてみて、と言われたのだから、この場で返事をするのはよくないのだろう。「はい」とだけ答えると、殿下は小さく頷いた。正解のようだ。


「さて、今日は疲れただろう。引き止めて悪かったな。エレナは戻って休むといい」


 どうやら二人で話すことがあるらしい。残る二人が当初思っていたように昔話に花を咲かせて歓談できるような雰囲気ではないように思えたけれど、戻って休めと言われたわたしに返せる答えは「はい」のみだ。


 わたしは席を立って挨拶をし、部屋を出た。

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