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貧乏令嬢は呪いの伯爵と結婚したい  作者: 海野はな


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45.取引

 王太子殿下滞在三日目は外出の予定はなく、館の中で温室を見たりブルーノの調合室を見たり、そしてブルーノが作成した薬の取り決め、商談や取り引きが行われた。わたしがいたら邪魔だろうと思ったが、なぜか参加することになっていた。どうしてだ。


 この日のために薬草ボウボウの温室をある程度整え、調合室を綺麗にした。足の踏み場さえ怪しかった調合室が、見違えるように綺麗になった。ブルーノは落ち着かないようだが、わたしは満足だ。


「へぇ、ここで薬作ってるんだ。エレナも一緒に作業するの?」

「はい。わたくしは難しいことはわからないので、お手伝い程度ですけれど。殿下も調合したりするのですか?」

「学生時代はブルーノと一緒によく研究したな。ブルーノには全然及ばなかったけど、あれは楽しかった。卒業してからはほとんどやっていないんだ。だから、こういう部屋を見ると懐かしい気分になる」


 殿下はぐるっと部屋を見回して、何かを探すようにもう一度ぐるっと見回した。


「ブルーノ、さすがに寝台はないようだが、ここで寝てたりしないだろうな?」

「エレナと同じことを言わないでくださいよ。ちゃんと部屋で休んでいます」

「へぇ? だっておまえ、学生の頃は研究室が自室みたいな生活してたじゃん」


 やっぱりそうだったのか。そんな気はけっこうしていたけど。


「さすがに研究だけに没頭できないんですよ。領の経営だってしなきゃならないんですから」

「ま、そうだよな。見張りもいるしな?」


 殿下はニヤリとわたしに視線を送る。ブルーノにはちゃんと休んでほしいので、ここは大きく頷いておいた。


「ん、これは?」


 殿下は淡い緑色の液体が入った小瓶を手に取った。


「あぁ、それについて相談しようと思ってたんです。新しく作った咳止めで、子供でも飲めるように甘くしてあるんです」

「子供でも飲めるようにしたの?」

「分量を守れば。エレナの提案で作ったのですよ。俺の薬は味が悪いと言われたので、成分の見直しとともに味も改良したんです」


 今までの咳止めは薬草臭さをごまかすためにハーブが使われ、清涼感のある仕上がりになっていた。わたしもなめてみたけれど、スーッとするので子供は嫌がりそうだと思ったのだ。


「領内ではすでに出し始めていて、好評だと医者が言っていました」


 緊急性のあるものではないのでこのまま領で製造販売してもいいが、殿下が管理して出している咳止めとレシピはあまり変わらないので、まとめて作って流通させるほうが効率がいい。


「それから、そちらの二種類の薬も相談しようかと」


 場所を隣の部屋に移したわたしたちは、液体が入った三つの小瓶を目の前にしていた。話し合いは基本的に殿下とブルーノで行う。わたしはこの領の人間でないのだから当然だ。だけど当然のようにわたしの席が用意されたのはなんでだ。


「さすがにこれ全部を一気に購入はできない。咳止めのレシピを売ってもらい、あとは伯爵領で製造する方向でどうだ?」

「伯爵領の工場が手一杯なので、他領の分まで作るのは難しいのです。殿下の方が他領に伝手がありますよね?」

「それはそうだが」

「手が空いているところもある」

「そうだな」

「提案なのですが、レシピを買い取っていただくのではなく、販売した薬の利益の一部をこちらに入れていただくというのはいかがでしょう?」


 レシピを売ったらお金が入るのは一度きりだ。それならば売れた薬の料金から一定の割合をこちらに払ってもらうようにすればいい。売れただけ儲かるシステムだから殿下も伯爵領も損はないはずだ。

 そう力説したのは数日前のこと。


「殿下は一度に大きなお金を払う必要がなく、伯爵領は細く長く利益を受け取れます。どちらにも利があると思いますが、いかがですか?」


 ブルーノが問いかけると、殿下は少し考えてからわたしを見た。


「それはエレナの入れ知恵か?」

「……よくわかりましたね」

「そりゃ、役に立つならお金などいりません、と言うくらいだったブルーノが『利』なんて話をするんだから、おかしいと思うだろう」


 黙ったブルーノを見て、殿下はクッと笑った。


「これは大変だな、ほいほい譲ってくれていたブルーノからきっちりお金を取られるようになってしまう。君たちの婚姻は取りやめさせるべきか……」

「えっ」


 思わず声が出てしまい、口を押さえる。なんだって?


「冗談だよ、エレナ。一応弁解しておくけれど、レシピ代は概ね公正だろうという価格を払っているからね? 王家が後ろ暗い取引をするわけにもいかないし、帳簿にも残っているよ」

「はい、確認していますし、疑っておりません」

「……そうなの? ならよかった。それから、君の案を採用しよう。ちょうど新しい仕事がほしいと言っている領があるんだ」



 取り決めを終えて、共に夕食をとる。並んだ料理はここぞとばかりにハンスが腕によりをかけたものばかり。殿下がこちらに来ると決まってから、ハンスはこの機会を喜びながらプレッシャーを感じて青くなっていたのだ。


 今日もいい具合に焼けている肉にナイフを入れながら、殿下はこちらを向いた。


「エレナは料理もできるんだって?」


 殿下の目がわたしと合っているということは、殿下はわたしに話しかけたということだ。わたしは貴族だけれども身分は低いし、本来なら殿下と気安く話していい存在ではないはずだ。だけどどうやらこの三日でずいぶん気に留めてくれたらしい。今日は朝からブルーノではなくわたしに話しかけてくれる、ということが何度もあった。


「できる、というほどの腕前ではありませんが、厨房に立つことにためらいはありません。子爵家では全員が何でもできるように育てられたのです」

「なんだかすごい教育を受けてきたんだね」

「教育といいますか、できなければ子爵家が潰れるというところでしたので仕方がなかったといいますか……」


 わたしが苦笑すると、殿下はニヤッと笑った。


「そうだ、俺もエレナの作ったお菓子、食べたいな。仕事の休憩に作ったお菓子を出してくれるって、さっきブルーノに自慢されたんだよね」

「え?」


 ブルーノが自慢してくれたの?

 いやいや、ちょっと話に出ただけだろう。


「ブルーノばかりずるいじゃん?」

「殿下には妃殿下が作ってくださるのではありませんか?」


 わたしが困っていたら、ブルーノが助けを出してくれた。そうか、妃殿下もお菓子作りをするのか。


「結婚してからはなかなか作ってもらえないんだよね。そもそも厨房に入れてもらえない、とか言っててさ」


 少し不貞腐れている。どうやら殿下は妃殿下を大層溺愛していらっしゃるらしい。はっきりと明言はしていないけれど、言葉の端々からそれを感じるし、しょっちゅう、妻が、と言っている。


「あの、今から凝ったものはお作りできませんが、クッキーくらいでしたら焼いたものがあります。料理人の作ったもののほうが数段美味しいと思いますけれど、もしよければお持ちしてもよろしいですか?」

「それなら、ぜひ」



 食事を終えると、わたしたちは隣の部屋へ移動した。


 隣室は元々食事までの時間を待ったり、食後のお茶やお酒を楽しむための部屋だ。わたしたちが食事をとっている間に使用人たちによって酒とつまみが用意されていた。


 明日と明後日は近隣の貴族や取引先などが集まり、殿下と面会したり軽いパーティーがあったりと忙しくなる。今日はもうやることがないので、これからゆっくりとお酒を飲みつつ話でもするのだろう。


 わたしはひとつ断りを入れて、クッキーを取りに席を立った。厨房に向かうと、そこには今日の仕事を終えて早くも明日の仕込みをしているハンスがいた。ちょっとやばそうな気迫を感じる。大丈夫だろうか。


「ハンス、今日の食事も素晴らしかった。殿下もたくさん召し上がられていたわ」

「ありがとうございます。それが聞けて少しホッとしました」

「あの、無理しないようにね」

「いいえ、エレナ様。俺、殿下が戻られるまでは無理します。その後倒れたらすみません」


 まぁ、気持ちはわかる。めったに来ることのないお客様が殿下なのだ。そりゃ鬼気迫る感じにもなるだろう。「ほどほどに」とだけ伝え、わたしはクッキーをお皿に乗せた。



 部屋に戻ると、重い空気が漂っていた。部屋の外に護衛が控えているが、中に使用人の姿はなく、殿下とブルーノ二人だけだ。まだお酒は注がれておらず、食後のお茶を飲んでいる。


 食事の時は穏やかだったのに、なんでこんなにひんやりとしたようなピリッとしたような雰囲気になっている?


 ちゃんと声を掛けてから入ったはずだけど、どうやら時間を間違えたらしい。でも殿下にはバッチリ気が付かれているし、後にします、と去るわけにもいかない。


「あの、お口に合えばいいのですけれど」


 わたしはクッキーの乗ったお皿をそっと机に置き、マナーとして毒見のために先にひとつ食べてみせた。


 殿下はひとつ手にとって、その場で食べた。そしてわたしに笑顔を向けた。


「うん、美味しい」

「よかったです」


 顔は笑顔なのに、どうして部屋の空気はこんなにひんやりとしているのだろう。心なしかブルーノの顔色が悪いようにも見えるのだけれど、何があった?


 それから、わたしは早々に出ていくべきか、それともブルーノ一人をここに残さないほうがいいのか、どっち?


 元々は、こういう時くらい二人で話したいだろうと思っていた。せっかくのかつての学友同士で語らえる時間にわたしは邪魔だろうから、クッキーだけ出したら下がるつもりでいた。


 でもこれは……。

 いや、二人の間のことに足を突っ込むべきではない。そうに違いない。


「では……」


 ごゆっくりどうぞ、と言いかけた時。


「エレナも座って」


 居残りを指示された。

 殿下に座れと言われてそれに反することもできず、わたしはブルーノの隣に腰掛ける。

 殿下はブルーノとわたしをゆっくりと交互に見て、わたしに視線を合わせた。思わず背筋が伸びる。わたしに向ける顔はにこやかにみえるのだけれど、非常に怖い。


「今さ、ブルーノから君たち二人の婚約を延長したいって話を聞いてたところなんだ」

「あぁ、はい」

「それは二人の総意?」

「ええと、はい」


 延長がわたしの意志かと言われると違うけれど、相談はしたし、それでいいと思っている。それを見透かしたかのように殿下は質問を続けた。


「エレナはなんで延長したいの?」

「延長したいといいますか、わたくしはずっと婚約を解消して実家に戻るようにと言われていましたので、解消ではなくなったのでよかったかなと思っています」

「なるほど」


 なぜか空気の重みが増した気がする。どうやらわたしは何かまずいことを言ったようだ。

 冷や汗が垂れるような感覚がした。わたし、何をやらかした?


 そう思い返して考えれば、不敬はいっぱいあった気がする。だってそもそもわたしごときが殿下と言葉を交わすなど恐れ多く……。


「エレナ」

「ハイッ」


 殿下の声色は優しいのに、飛び上がりそうになった。


「ここに残りたい?」

「ハイッ」

「いや、勢いで答えるんじゃなくてさ、本気で思ってる?」


 殿下が苦笑して、ちょっとだけ空気が緩んだ。わたしも気を取り直して、息を吸って吐いた。答えを間違えたら婚約などなくしてやると言われそうに感じて、わたしはまっすぐに殿下を見た。


「本気で思っています」

「そう」


 殿下の瞳が笑っていない。何もかもが見透かされるような、そんな色をしている。こちらにきてからずっと朗らかだったので意識していなかったけれど、この方は王太子殿下なのだ。きっとこの方もいろんなことを乗り越えて今の立場にいるのだろう。


 探るようにじっとわたしの目を見てくるので、わたしも本気だと示すために逸らさずに見つめた。そして数秒。


 えっ、これ、もしかして不敬?

 殿下と目を合わせるなんて、不敬極まりない?


 急に不安になって目線を下げると、上から静かな声が降ってきた。


「延長は認められないな」

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