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貧乏令嬢は呪いの伯爵と結婚したい  作者: 海野はな


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43.王太子殿下の訪問

 冬に入り、王太子殿下がやってくる日になった。


 もうすぐ到着するという連絡が入り、表玄関から外に出た。ブルーノとわたし、その後ろに使用人たちがずらっと並ぶ。ブルーノ以外は緊張した面持ちだ。


「王太子殿下は気さくな方だから、そんなに緊張しなくても大丈夫だ」

「そうはいっても王太子殿下ですよ。この国で陛下の次に偉い方ですよ。緊張するのが普通ではありませんか」


 わたしがブルリと身体を震わせると、使用人たちも青い顔でコクコクと頷いた。ブルーノだけは余裕でクッと笑った。


「初日からそれではもたないぞ」

「初日だからこそこれなのですよ」

「お、あれだな」


 遠くに馬車が見えた。こちらに向かって近づいてくる。


「あ、れ?」


 意外と質素な馬車である。王家の馬車なのだから、もっとコテコテしいのを想像していた。伯爵家の馬車よりも質素で、どちらかというと子爵家の馬車に近いくらいだ。


「あの馬車に王太子殿下が乗っているのですか?」

「たぶんだが、乗っていると思う。王家の馬車は目立つから、おそらく狙われないように殿下はわざと違う馬車にしたのだろう。王家の馬車もそのうちくるのではないか?」

「なるほど」


 常に狙われるとは、偉い人は大変だ。


 そんな会話をしているうちに、馬車は玄関前に止まった。御者が扉を開けると、男性二人が降りてきた。王太子殿下と護衛の方だと思われる。

 わたしと使用人は一斉に頭を下げた。ブルーノが挨拶をする。


「遠路はるばるようこそおいでくださいました、王太子殿下」

「久しぶりだな、ブルーノ。そうかしこまるな。彼女がエレナ嬢か?」

「はい」


 頭を下げているのでわからないけれど、殿下がわたしのほうを向いた気配がした。


「ギルマン子爵家の娘、エレナでございます。お初にお目にかかります」


 丁寧にお辞儀をして、顔を上げた。そこには金髪で赤い目の、まさしく王子様といったオーラをまとった方がいた。


「初めまして、エレナ嬢」


 ニコッと微笑まれて、わたしはわずかに後ろに下がった。


 うわぁ、うわぁ!


 これはすごい。噂には聞いたことがあったが、王子様である。何を言っているのかよくわからなくなってきたが、これぞ王子様、という方が目の前にいた。一般的なご令嬢ならば、微笑まれただけでコロリと落ちそうな容姿である。


「立ち話も何ですから、中へどうぞ」

「あぁ」


 ブルーノが促し、わたしたちは中に入り、ひとまずサロンでお茶を出した。ブルーノの正面に殿下が座り、わたしはブルーノの隣に座るように指示された。戸惑いながらも腰掛ける。使用人と同じ立ち位置がよかった。場違い感と居たたまれなさが半端ない。


「元気そうだな、ブルーノ」

「おかげ様で。殿下もお変わりありませんか?」

「まぁいろいろあるが、とりあえずは無事だ」

「とりあえずって何ですか。相変わらずなのですか?」

「変わらないよ。宮城はいつでも物騒だからね。こちらは対処できているから気にするな。お前も気を付けろよ?」

「俺は呪いの伯爵ですよ。そうそう狙われません」


 ブルーノと殿下の会話は不穏だが、気安さは感じられる。


「ところで、二人はどうなんだ?」


 殿下はわたしとブルーノを交互に見た。どうしたらいいものかわからずにブルーノを見ると、一瞬だけ目が合った。


「エレナには助けられていますよ。こちらは相変わらず人手が足りなくて、すっかり頼りきってしまっています」

「ほぉ……エレナ嬢はこっちの生活はどう?」

「とても良くしていただいております」

「そう? 呪われてない?」

「殿下……」


 ブルーノが困ったような目つきを殿下に向けた。

 殿下はどこか面白がるような顔をしているが、視線だけは鋭い。試されているような感じがした。


「大丈夫です。ブルーノ様が呪うような方ではないと、殿下はよくご存じなのではありませんか?」

 

 わたしはニッコリと貴族の笑みを浮かべた。

 殿下は一瞬虚をつかれたような顔をして、クッと笑った。


「なんだ、上手くやってるようじゃないか。俺の目に狂いはなかったということだな」


 俺の目というけれど、わたしとは初対面ですよね?

 そんなつっこみはお茶と共に飲み込んで、わたしはにこやかに微笑んだ。



 気さくな方だから大丈夫、とブルーノが言っていたのは本当のようで、殿下はその近寄りがたい王子らしい容貌とは違って、とても親しみやすい方だった。王太子という身分に萎縮していたわたしも使用人たちも、人柄を知って徐々に緊張を解いていった。


 歓談しながら共に夕食をとる。殿下とブルーノはとても親し気で、身分の差を弁えつつもどこか友人のような感じだった。


「妃殿下の体調はいかがですか?」

「順調だよ。本当は一緒に来たかったんだけど、さすがに長距離の移動は厳しいから、今はゆっくり休んでいるんじゃないかな」


 殿下の妻である妃殿下は現在妊娠中なのだそうだ。三年ほど前に男児が生まれ、二人目だ。


「ところで、殿下とブルーノ様はどのようなご関係なのですか?」


 学友だとは聞いている。たしか殿下が一学年上だったはずだ。


「あれ、ブルーノは何も言ってないの? ブルーノは俺の命の恩人なんだよ」

「恩人?」

「俺、こう見えて昔は虚弱だったのよ。大人になるまで持たない、って言われててさ。偉い先生がそう診断しちゃったものだから、どの医者も俺に近寄らなかった」


 手を出して王子に何かあったら医者自身も無事ではすまない。場合によっては責任を取らされて死ぬかもしれない。それを恐れて誰も手を出そうとしなかったそうだ。正式につけられた医者はいたものの一向に良くなる気配はなく、殿下自身も諦めていたらしい。


「そんな時に学園で薬の研究をしていたブルーノに出会ったわけ。ブルーノは俺に、咳が止まらなくなると咳止めを作ってくれて、頭が痛くなると痛み止めを作ってくれた。その時々で合いそうな薬を作ってくれたんだ」


 それらは不思議ととてもよく効いたそうだ。「俺がもし死んだらお前も死ぬことになるかもしれないぞ」と殿下は言ったけれど、ブルーノは「元々いない方がいい存在なのだからかまいません」と薬を作り続けたという。


 苦しめられていた症状が和らいで気持ちが楽になった殿下は、初めてどうしても生きたいと思ったそうだ。


「ブルーノが俺のために命をかけてくれたから、俺も応えなきゃと、死んでられないと思って、だな」

「そう思ったのは俺のためじゃないでしょう?」


 ブルーノが悪戯っぽく笑った。こんな顔するんだ、と話と関係のないことを思い、ちょっとだけドキッとした。


「エレナ、当時殿下には好きな人がいたんだ。絶対元気になって結婚を申し込むのだとおっしゃっていた。その気迫たるや、病さえも逃げていったさ」


 ブルーノがクッと笑い、殿下はわざとらしく咳払いをした。

 ブルーノと共に殿下を諦めずに支え続けた人、それが今の妃殿下だという。


「そんな素敵なお話があったのですね」

「それが、残念ながら美談では終わらない。俺が前の王妃の子だということは知っているだろう?」


 わたしは頷いた。前王妃様は殿下と妹君を残して亡くなられている。王妃の座を不在にしておくわけにはいかないと迎え入れられたのが今の王妃様だ。彼女が産んだ王子が二人いる。


「俺が助からなければ、二人の異母弟のうちのどちらかが王太子になるはずだった。だけど運よく助かって俺が王太子になった。今の王妃としては、当然おもしろくないわけだ」


 それで殿下は王妃派閥から狙われ、殿下を助けたブルーノもまたよく思われていない、ということらしい。

 貴族の間では家督争いというのはよくある話だけれど、王家もまた例外ではないようだ。


「王都では俺の派閥のほうが優勢だし、ブルーノは狙ったやつには十倍くらいのお返しをしてやるぞという異名を持っているから、簡単にはやられないさ」


 食事を終えると初日は早々にお開きになった。王都からここまで馬車で二日半かかる。乗っているだけとはいえ相当疲れているはずだから、早めに休んでもらうことにしてあるのだ。


 滞在してもらう部屋へ見送ると、わたしはふぅと息を吐いた。殿下とお話するのは楽しかったけれど、思った以上に緊張していたらしい。


「そんなに気を張らなくても大丈夫だと言っただろう?」

「そうですね。とても気さくで、素敵な方ですね」


 子爵家からしたら、王太子など雲の上の存在なのだ。それを感じさせない人柄に、わたしも使用人たちもとても助けられた。

 そんな殿下とブルーノが親しいというのも嬉しかったし、殿下と親しそうにしているブルーノを見るのも嬉しかった。


「そういえばわたくし、ブルーノ様の学園時代のお話ってほとんど聞いたことがありません。今度教えてください」

「……ん?」

「殿下やブルーノ様のお話も聞きたいですし、そもそもわたくしは学園にあまり通っていませんので、特に中等科以上はどんなところなのか興味があります。……あの、どうかしましたか?」


 ブルーノを見上げると、彼はわたしを無表情で見下ろしていた。なにかまずいことを言っただろうか。それとも聞かれたくない思い出でもあるんだろうか。


「あまり話したくない、というのであれば無理にとは言いませんよ?」

「いや、すまない、なんでもない。話はいずれな。とりあえず、明日もよろしく頼む」

「はい。楽しんでいただけるように頑張りましょうね」


 明日は天気が良ければ街に行く予定だ。

 わたしがグッと力を入れると、ブルーノはようやく微笑んでくれた。

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