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貧乏令嬢は呪いの伯爵と結婚したい  作者: 海野はな


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42.街の下見

 日は流れ、秋の終わり。

 冬に王太子殿下がここにやってくるため、館の中は皆ソワソワバタバタしている。わたしはここの女主人ではないけれど、女主人がいないために実質家の中のことを取り仕切っているマリーと共に、殿下を迎える準備に奔走している。


 そんな中で、わたしはブルーノと街に出る馬車に乗った。せっかく王太子殿下が来るのだから、街も回ろうということになり、その下見だ。

 ブルーノは時々外出するが、わたしにとって街は攫われた時を除けば祭り以来だ。


「あまり外出させてやれなくてすまない。館に閉じ込めるつもりはないんだが、実際そうなってしまっているよな」


 ネッケに攫われた件以来ブルーノは過保護になって、外に出るときにはブルーノか護衛と必ず一緒に、と言われている。外に出ること自体はかまわないと言われているけれど、ブルーノも護衛のヴィムも忙しくて、中々街まで出られないのだ。

 まぁやろうと思えばわたしはそこらの男性には負けない自信があるし、どうしても外に行きたいと言えばブルーノは叶えてくれるだろう。でも特に不満はなかった。


「館の中でもやることはいろいろありますし、それに、この先いつでも見にこれるでしょう?」


 ニコリと微笑む。返事はない。

 わたしは伯爵領に居座るつもり満々だが、ブルーノは実家に戻る方がいい、という姿勢を崩さない。まったく、頑固だ。


 最初の目的地は教会だ。街の見学をするならば、領の自慢でもある大きくて美しい教会は外せない。


 教会では司祭夫妻が出迎えてくれた。このお二人は以前に会った時と変わらずににこやかで穏やかだ。まさに慈愛溢れると言った感じで、どうしてかこの方たちを前にすると過去の自分の過ちを懺悔したい気分になる。教会のトップというのはこういう人のことを言うのだろう……と思ってから子爵領の教会の司祭を思い出し、きっとこのお二人の人徳だと思い直した。


 軽い打ち合わせを終えて席を立とうとしたとき、司祭のご夫人から問いかけられた。


「ところで、式はどうされるご予定ですか?」

「式?」

「お二人の結婚式ですよ。春にこちらの教会で、と思っていていいかしら?」


 夫人が微笑みながらブルーノとわたしを交互に見てくる。思わずわたしたちは目を見合わせた。


 結婚式……そうだよね、もしこのまま婚姻を結ぶとなれば、ここで結婚式をするんだ。

 現在断られ続けているけれど。


「あら?」


 夫人の笑顔が少しばかり固まりかけた。

 ブルーノが苦笑しながら「決まり次第連絡します」と無難に返している。


「そうよね、お二人とも若いのですもの。急ぐ必要はありませんね。いつでもご連絡お待ちしていますわ」


 式などやりませんよ、と言われなかっただけ可能性ありなんじゃない?


 おおこれは! と思いながらブルーノを見上げると、彼はさっさと席を立って司祭夫妻に挨拶をしていた。慌ててわたしも同じように挨拶する。


 そういえば、ブルーノは二回結婚しているので、ここで二回結婚式をやっているんだよな?

 そう思ったら、なんだか胸がモヤモヤした。


「エレナ、少しだけ孤児院に顔を出してもいいか?」

「あっ、はい、もちろんです」

「どうかしたのか?」

「なんでもありません。行きましょう」


 式の話などなかったようにブルーノは歩き出し、わたしたちは孤児院へ向かった。

 賑やかな声が廊下まで響く戸を開けると、皆の目が一斉にこちらを向いた。


「あーっ、ブルーノ様と……お嫁さんになる予定の人!」


 ちょっと誰だっけって考えたな、君?

 わらわらと集まってくる子供たちを、シスターが止めた。


「こらこら、まずはちゃんと挨拶でしょう」


 そう指摘されると、子供たちはピシッと背を伸ばした。全員じゃないが。


「せーのっ」

「こんにちは!」

「はい、こんにちは。挨拶よくできたな」


 ブルーノがフッと笑った瞬間、子供たちはもう挨拶のことは忘れたらしい。一斉にしゃべり出す。


「ねぇねぇ、お嫁さんになる予定の人はいつお嫁さんになるの?」

「エレナ様だよぉ。忘れちゃったの?」

「そうそう、エレナ様。もうお嫁さんになったの?」

「えーっと、もうちょっと先になる予定、かな」


 どうやら一応名前は覚えてくれていたらしい。一部の子は。


「ブルーノ様、きいてきいて。ブルーノ様とおそろいの子が来たんだよ」

「おそろいの子?」

「そう、おそろいの子。見せてあげる。こっちこっち」


 子供たちに手を引かれ、ブルーノが中に入っていく。わたしも後に続くと、開いた扉で繋がっている隣の部屋に赤ちゃんが二人いた。一人は一歳くらいだろうか、床に座ってじーっとこちらを見ている。もう一人は小さなベッドの中で眠っているようだった。


 そのベッドを覗き込んでみると、すやすやと眠る子の顔に痣があった。色も場所も、なんとなくブルーノの顔の痣に似ていた。


「赤ちゃん、可愛いでしょ。男の子なんだよ」


 女の子に話しかけられて、わたしは自分が強張った顔をしていたことに気が付いた。なるべく笑顔に戻るようにしてから女の子を見る。


「可愛いわね。みんなでお世話をしているの?」

「うん。あたし、おしめ替えてあげるの」

「偉いわね。一人でできるの?」

「うーんと、一人だとむずかしいから、手伝ってもらう」

「あのね、あたしは赤ちゃんが泣いたらお歌うたってあげるのよ」


 わたしは赤子の頭を軽く撫でた。柔らかい髪の触感と、赤子の体温が伝わってくる。


「何してるの?」

「可愛いこの子がどうか元気に大きくなりますように、って祈ってたのよ。みんなで可愛がってあげてね」

「もちろんだよ」

「言われなくてもそうするしぃ」


 わいわいがやがやし始めたとき、赤ちゃんがむーっと動いた。


「あっ、起きちゃう。しーっ、だよ!」


 女の子が口元に人差し指を立てた。


「そうね、起こさないように、静かに戻ろうか」

「うん」


 わたしと子供たちは隣の部屋へ戻ろうとそーっと動き出したが、なぜかブルーノは固まっている。彼の足元をみると、もう一人の一歳くらいの赤ちゃんががっしりとブルーノの足を掴んでつかまり立ちをしていた。


「動けない……」


 あたし立てるのよすごいでしょ、と言わんばかりの顔をした赤子とちょっと困った顔のブルーノが面白くてわたしはプッと笑い出してしまい、結果、寝ていた赤ちゃんが起きてしまって子供たちに怒られた。



 教会を出て馬車に乗ると、そこからそれほど離れていない公園についた。ここも領の自慢といえる場所らしく、王太子殿下を連れてくる予定だそうだ。


「春だったらよかったんだけどな」

「そうですね」


 手入れの行き届いた花壇は、今の季節は土が見えていて花も緑もない。一部では咲いているところもあるが、やはり春や夏に比べるとどうしても寂しい感じがする。

 少し歩くと温室があった。その中は緑で溢れて花が咲いており、目に楽しい場所だった。きっと王太子殿下も楽しめるだろう。


「ブルーノ様、先程の赤子なのですけれど、あの子は今後どうなるのでしょう?」


 顔に痣のある子だ。きっとそれを理由に孤児院へ預けられたのだと思う。


「うーん、どうだろうな。色が濃くなかったから、成長と共に消えるか薄くなって化粧でごまかせるようになるかもしれない。そうだといいが」

「もしそうでなかったら?」

「わからないが、外で普通に生活するのは難しいだろう。いい就職先があればいいが、なければ教会で下働きをするのが一番無難だろうか」


 きっとあの子もこれから苦労することになる。そう思うと胸が痛かった。幸いなのは、孤児院の子供たちが可愛がっていることだ。


「とりあえず殺されずに孤児院に預けられた時点で幸運だったわけだし、あの子次第だけど、伯爵家の使用人になる道だってある。君が気にすることじゃない」

「そうかもしれませんけれど」


 公園には池があり、そのほとりにガゼボが作られていた。ブルーノは中に入り、椅子に座った。わたしも向かいに座る。


「ここで軽くお茶と茶菓子を出そうかと思っているんだ。あまり寒くない日だといいが」


 今日は晴れていて風もなく、秋の終わりとはいっても暖かい。冬に入ったらどうしても気温は下がるだろう。


「飲み物は温かいものにした方がいいですね。茶菓子は軽く摘まめる程度で、外に長くいないほうがいいでしょうか。あ、温室にもテーブルと椅子がありますよね。もしとても寒い日だったら温室内に変更したらどうですか?」

「そうしよう」


 出す茶菓子はどんなものがいいだろうか。小ぶりのタルトはどうかとハンスと話していたけれど、ここで食べるものは一口でつまめる方がいいかもしれない。


「ブルーノ様、王太子殿下はお花が好きでしょうか? もしお好きなら温室から少し摘んできてここに飾りましょうか」

「いいんじゃないか」

「ではそうしましょう。少しでも暖かいように、ひざかけを用意しようかしら」


 しばらく池を見ていたブルーノはわたしに向き直った。

 何かを考えているような表情をしていた。


「何か変なことを言いましたか?」

「いや、張り切ってるなと思っただけだ」

「せっかく来ていただくのですから、良いところだと思ってもらいたいじゃないですか」


 王太子殿下が伯爵領に来るのは初めてだそうだ。

 以前疫病の流行で領が大変だった際、王太子殿下は当主一家がブルーノ以外亡くなるという前代未聞の危機的状況をなんとか立て直すのに尽力してくれたそうだ。殿下ご本人はこちらに来ようとしていたそうだけれど、さすがに疫病流行の地に足を踏み入れることは周りが許さなかったらしい。外から支えてもらって非常に助かったのだとブルーノは言っていた。


 ブルーノは池に視線を向け、それからわたしに向き直った。ブルーノには珍しく、どこか落ち着かないように見える。


「エレナ、俺はやっぱり、君は実家へ戻る方がいいんじゃないかと今でも思っている。王太子殿下が来たら婚約解消を申し出て、君を戻そうと思っていた。でも君は、ここに残りたいのか?」

「そうだと言っていますよ」

「無理はしなくていいぞ。子爵家はもう安泰なのだし、戻ったら良縁があるかもしれない」

「そうでしょうか?」


 そんなことないと思うけど。


「わたくしここにくる前は、いずれどこか子爵家のためになるところへ嫁ぐのがわたくしの役目だと思っていました。ネッケは論外としても、老いぼれ貴族の妾か豪商の妻か、なんて思っていたのですよ」


 そこで上がったブルーノとの婚約。呪いの伯爵、ということで家族は反対したけれど、わたしはむしろ嬉しかった。


「わたくしは望んでここに来たし、今も望んでここにいます」

「だからといって、その、俺が好きなわけでもないだろう」


 ブルーノがちょっと気まずそうに言うので、思わず笑ってしまった。


「ブルーノ様だって、お相手のことが好きで結婚したわけでも、わたくしのことが好きでこの婚約を結んだわけでもないでしょう?」

「まぁそうだけれど……」


 そもそも婚約の時点ではお互い顔を合わせたことすらなかったのだから、好きか嫌いかなんてわかるはずもない。


「恋だの愛だのと言われてしまえばよくわからないかもしれませんけれど、尊敬はしていますし、一緒にいるのを苦痛だと思ったことは一度もありません。それでは駄目でしょうか?」


 貴族の結婚はほとんどが政略結婚だ。そこに甘い感情など存在しない。ブルーノだってそれは理解しているだろうし、わたしもそういうものだと思って生きてきた。だって、老いぼれ貴族の妾になって相思相愛の仲になるなんてこと、早々起こらないだろうし。

 愛や恋というのとは違うかもしれないけれど、ブルーノのことは好きだ。結婚しても上手くやっていけると思う。あくまでわたしは、だけれど。


「わたくしは結婚するならブルーノ様がいいなと思っているんです。ブルーノ様がこんな奴と結婚などできるか、というのであれば仕方がありませんけれど……」

「俺は、エレナが嫌だと思ったことは、一度もないぞ」


 えっ?

 いつも実家に戻れとしか言わないブルーノからそう言われて、わたしは一瞬思考が停止した。


「むしろ伯爵家にとってはエレナがいなくなると困るのは明確だし、来てもらったことに感謝している。今後もいてくれるほうが助かるが、君に何かあったらという不安は常にある。だから、その……」


 ブルーノがフイッと目を逸らした。


「もしエレナがいいのであれば、王太子殿下に婚約の解消ではなく延長を申し入れようかと思っている」


 延長! わたしは顔がにやけるのを感じた。

 これはブルーノが最大限譲歩した結果だと思う。だって今までずっと解消だと言われ、戻れと言われ続けていたのだ。もう駄目かと思う日もあったけれど、そこは使用人たちが「駄目じゃありません」というので信じてきた。


 少なくとも、まだ伯爵領にいられるということだ。


「そこは結婚しようと言って下さるところじゃないんですか?」

「エレナが実家に戻りたくなるかもしれないだろう」

「なりませんよ」

「わからないだろう」


 お互い軽く睨み合う。だけど婚約解消だと言われると思っていたわたしは、少なくともしばらくはここにいていいという許可のようなものを得て嬉しくて、睨み続けられなかった。


「またしばらくお世話になります」

「こちらこそ」

「しばらくじゃなくて、ずっとでいいですよ?」

「……」

使用人たちには「結婚じゃないのかい!」と盛大につっこまれる。

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