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貧乏令嬢は呪いの伯爵と結婚したい  作者: 海野はな


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41.残留希望

 やっぱり執務手伝いを断られた午後、おやつの時間帯を狙って、わたしはマリーと一緒に執務室へ向かった。扉を開けると、ブルーノが首を傾げた。仕事の手伝いをしないならば行かないはずの部屋なので、彼の反応は正しい。


「どうかしたのか?」

「差し入れを持ってきました。キリの良いところで少し休憩にしませんか?」

「少ししたら食べる。置いておい……」

「では、わたくしは少しここで待たせていただきますね」

「は?」


 執務室にある低めの机の前に腰かけると、マリーがお茶を準備し始めた。


「エレナ様お手製のタルトですよ。どうぞお二人でお召し上がりください」


 マリーがニコリと微笑むと、ブルーノは真顔になり、ヨハネスが笑いを堪えるような顔をした。


 おやつ時ではあるけれど、わたしがいなければ休憩などしないに違いないのだ。ブルーノが「何言ってるんだ」みたいな顔をしているけれど、わたしは気にしないことにきめた。


「だが、仕事が……」

「休憩時間分のお仕事をわたくしがやれば問題ありませんね? せっかく美味しく作れたのですもの。一緒に食べましょう。ヨハネスにも休憩が必要だと思いませんか?」


 わたしもニコリと微笑む。なんだかマリーに似てきた気がするな。


「…………わかった。少しまて」


 断れないと諦めたらしいブルーノは、書類にさらさらと何かを書きつけると立ち上がり、不機嫌な顔をしながらわたしの正面に座った。

 すかさずマリーがお茶とタルトを出す。


「ハンスにも美味しいと褒められたのですよ。ブルーノ様に合うといいのですけれど」


 パクリと一口食べる。サクサクとしたタルトの食感、クリームの甘さとベリーの酸味が合って、いい仕上がりだ。ハンスからもこれならブルーノ好みのはずだと太鼓判を押された。

 ブルーノも一口食べて頷いた。合格のようだ。


「ブルーノ様、昨日はどのくらいお休みになりました?」


 どう見ても疲れた顔をしている。机には午前中にはなかった書類が積まれているし、ここ数日調合室に行っていないこと、夜遅くまで執務をしていることはヨハネスに確認済みだ。


「ちゃんと休めていないのでしょう?」

「少しは休んでいる」

「その書類、いつ全部終わるのですか」

「夜には終わる」


 夜っていつだろうか。朝がくるまでは夜、と考えると、それならたしかに終わると思うが、そういうことじゃない。


「わたくしもやれば、夕食の前には終わりますね?」


 まっすぐブルーノを見ると、彼は手にしていたフォークを置いた。カチャ、と小さな音がする。


「エレナ、今まで君に頼りすぎていた。これ以上は任せられない」

「わたくしは頼られたいし、やりたいです」

「俺が困るんだ」

「わたくしはいつかいなくなるから、ですか?」


 ブルーノが目を上げてわたしを見た。

 それから少し目を伏せて、「そうだ」と言った。

 わたしは長く息を吐いた。反撃開始である。


「それならご心配なく。わたくしはここに居座ることにいたしました。また攫われでもしない限りいなくなりませんから、どんどんどうぞ」

「は? 実家に戻るほうがいいと……」

「言われましたけれど、わたくしは戻りません。最初からずっとここで過ごすつもりで来たのです。実家は実家で何とかなっているのですから、もう居場所もありません」

「ここにいれば危険が及ぶかもしれないと言っただろう」

「かもしれない、でしょう? それなら及ばないかもしれません。使用人たちは皆無事じゃないですか。わたくしもきっと大丈夫です」

「どうして大丈夫だと言い切れる?」


 そう聞かれたら、言い切れないと答えるしかない。素直に「言い切れませんよ」と言うと、ブルーノは「そうだろう」と言った。「ならば戻……」と言いかけたのを遮って、わたしは話しを進める。


「ブルーノ様は、ここに来なければわたくしは毒に倒れなかったと言いましたね。たしかにその通りかもしれません。だけど、ここにこなければ、わたくしは子爵家で馬から落ちて死んでいたかもしれないですよね?」

「なんでそうなる」

「可能性の話ですよ。牛に蹴られていたかもしれないし、羊に体当たりされて頭を打ったかもしれない。ヤギも意外と強いんですよ」

「……なんで家畜ばかりなんだ?」


 子爵家で起こる災難を考えたときに、それが真っ先に思い浮かんだからだ。実際に危なかった場面は今までにあったし。


「事故にあったかもしれないし、子爵家にいても同じように何か毒草を口にしていたかもしれない。ブルーノ様がいないので、解毒できなかったかもしれませんよね」


 そんな話ならば、いくらでも考えられる。もしあの時違う道を歩いていたら、今どうなっているかなんて誰にもわからない。


「もしそうだとしたら、こちらにきて命拾いしたことになります。わたくし、幸運でしたね。そう思いませんか?」


 ブルーノが目を丸くして黙り込む。


「伯爵家でわたくしに何かがあったとして、例えば熱を出すとか、お腹を壊すとか、転んで怪我をするとか、そういうのを全部呪いだと言うのですか?」

「そうでないとも言えないだろう」

「子爵家にいたってそうなるかもしれませんよね。子爵家にいたって体調を崩すことはあるし、災害が起こるかもしれないし、疫病が発生するかもしれない。そんなのわからないじゃないですか」


 わたしはブルーノが口を挟む隙がないくらいに畳みかける。


「危険が及ぶってブルーノ様は言いますけれど、子爵家にいたって、どこにいたって危険はありますよね。それならばここにいてもいいでしょう?」


 ニコリと微笑みかける。斜め後ろでマリーが大きく頷いているのが見える。


「わたくしがここにいるのは迷惑ですか? わたくしは役立たずで迷惑ばかりかけていますか?」

「そんなことはない」

「そんなにわたくしとの婚姻は嫌ですか?」


 ブルーノがむせたのと同時にヨハネスが「ブッ」と吹き出した。慌てて咳をしたところでごまかせていない。


「ブルーノ様が婚姻は嫌だとおっしゃるならば、ひとまず婚約を伸ばすのでもかまいません。もしくは使用人として雇ってください。子爵家や男爵家の者が階位の高い家で働くのは珍しくないこと。わたくし、いい働きをしますよ?」


 ブルーノが言葉を失っているうちに、わたしは仕事を探すことにした。


「ヨハネス、わたくしでもできるものはあるかしら?」

「もちろんございます」

「これからやるわ」


 タルトを食べ終えてお茶をグイッと飲み干すと、わたしはヨハネスから書類をもらっていつもの席についた。ブルーノは仕事をくれないだろうと思ったからだ。それだけではなくて、急ぎではないけれどわたしが元々やっていた仕事の続きだってある。


「待て、俺はいいと言っていない」

「ひとまず、この休憩時間分のブルーノ様のお仕事はやると言いました。有言実行です」


 わたしの引かない姿勢と、マリーとヨハネスが頷いているのを見たのだろう。ブルーノは大きく溜息をついた。そして、投げやりにボソッと言い捨てた。


「……勝手にしろ」

「言質はとりましたよ! 勝手にします!」



 それから数日。

 わたしは断られても執務室に通い続けたし、調合室にも押しかけた。さすがにちょっと迷惑かな、なんて弱気になる時もあったけれど、使用人たちの押しは強かった。おかげでわたしも強気でいられた。


 ブルーノは「領主の仕事だから」とか「領外の者には見せられない」などと言ってわたしを追い出そうとしたり、ある日には目を逸らしながら「邪魔だから来るな」とも言われた。「わたくしの目を見てもう一度言ってください」と言ったら言えなかったから、本心でないことなど丸わかりだ。


 そして十日目。

 どうやらブルーノは諦めたらしい。


「エレナがここにいる間は頼ることにした。いなくなったときに困ることにする」

「えぇ、ここにいる間、いくらでもどうぞ」


 ここにいる間、という期間の長さに認識のずれはありそうだけれど、そんなこと今はいい。とりあえずひとつ勝利である。


「君はいつの間に使用人たちを味方につけたんだ?」

「それは正直なところ、わたくしにもわかりません」

「マリーの圧がすごいんだが」

「ご愁傷様です」

「ヨハネスもどこか生き生きしてるんだが」

「いい傾向ですね」

「……」

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