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貧乏令嬢は呪いの伯爵と結婚したい  作者: 海野はな


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39.呪い

「俺にもわからない」


 呪いとは何か、と聞いたわたしに、ブルーノは少し考えてからそう答えた。


「エレナが思う呪いとはどういうものだ?」

「うーん?」


 言われてみれば、明確に答えることはできなかった。何となく悪の感情をもって物理的な手段でなく誰かを害することだろうか、という程度である。


「『呪いのかけ方』という本ならば読んだことがありますよ。例えば害したい相手の名を書いて人形に貼り深夜に燃やすと呪いがかかる、といった感じのものです」

「そんな本どこで見たんだとかなんで読んだのか気になるところだが、今はいい。俺も読んだからな」

「え、どこでなんで見たのですか?」


 まさか愛読書とか言わないよね?


「教会にあったから読んだ。司祭に見つかってちょっと大変だった」


 なにが大変だったかは聞かないでおこう。

 ブルーノの場合、読んでいるだけで周りの恐怖を煽りそうだから、いろいろあったに違いない。


「言っておくが、館にはないぞ。俺もパラパラ見ただけで、熟読したわけじゃない」

「あっ、はい。こちらも教会にあったので興味本位で。……でもそれって、実際に呪いがかかるわけではないですよね?」


 いろんな方法が書かれていたけれど、どれも直接相手に害を与えるような感じではなかった。呪う側が満足するためのものじゃないかとさえ思っている。


「エレナはまじないを信じないタイプか?」

「全く、とは言わないですけれど、どちらかといえばそうだと思います。名の貼られた人形が燃やされたところで、実際にその人が害されるわけではないでしょう?」


 そうだな、と言われるものだと無意識に期待していたが、返ってきた答えは「どうだろう?」だった。


「例えば俺がそれをやったとして、その相手に『お前を呪ったぞ』と言う。相手はどうなる?」

「どうなるのでしょう?」

「実際に具合が悪くなる。まぁ全員じゃない。なる人もいる、という話だ。でも実際に具合が悪くなった人にとっては、呪われた、ということになる」


 ちょっと難しくなってきたけど、理解はできる。わたしだって「お前を呪った」と言われたら気分が悪くなるし、実際に具合が悪くなれば呪われたと感じるだろう。


「病は気から、という言葉を知っているか? 実際に病気だったわけではないのに、自分は病気だと思い続ければ本当に病気になってしまう、という意味だ」

「聞いたことはありますが、それも一種の呪いだということですか?」

「そうとも言えると俺は思っている。似たような話は薬の世界でもある」


 偽物の薬を「すごく効く薬なのだ」と渡して飲ませる。何なら、本当はとても高価なものだ、とか、希少な薬草を使っているとか、偉い先生が作ったもの、なんて付加価値をつけて。おおすごい薬なんだ、これを飲めば治るのだ、と信じて飲み続けると、本当にすっかり良くなってしまうというのだ。偽薬なのに。

 もちろん全員がそうなるわけじゃない。ただ、けっこうな確率でそうなる人がいるという。


「気持ちの力というのは非常に大きい。薬もそうだけれど、呪いも同じだ。だから、自分は治ると信じれば治ることもあるし、呪われたと思ったら本当に具合が悪くなって最悪の場合死んでしまうことだってある」


 わかるところはある。幸い呪われたと感じたことはないけれど、体調を崩した時に「明日は絶対休めない」「絶対すぐに良くなる」と思い込むと不思議と復活することはあった。それも気持ちの問題というやつだろう。


 だからといって、気持ちだけで全てどうにかなるとは思っていないが。


「俺は呪いの子だとか呪いの伯爵なんて言われているけれど、呪いのやり方なんて知らないし、意図的に呪いをかけたこともない。痣はあるけれど、呪いの能力のようなものがあると感じたこともない」

「そうなのですか」

「驚かないんだな」

「ブルーノ様が嘘を言うとは思いませんから」


 噂だけ聞いていた頃だったら、そう言われても信じられなかったかもしれない。だけどブルーノと過ごしていれば、それはその通りなんだろうなとすんなりと信じられた。


「エレナが言っていた程度の誰でもできるまじないのようなものならば、俺もできると思うけどな。俺の場合は呪いの伯爵が呪いをかけた、というだけで相手を倒せる気がする」

「それはたしかに強そうですね」


 ふふっと笑うと、ブルーノも笑った。


「まぁ俺が誰かを害そうと本気で思ったなら、違う方法をとる」

「違う方法?」

「呪いなんていう相手がどうなるかわからない不確定なことはしない。俺は毒にも薬にもけっこう詳しいからな」


 ニヤリと笑う。

 それは確実な毒を盛るってことか?


「怖いです、ブルーノ様。呪いの伯爵より、それ、全然怖いです」

「幸い今までやったことはない」


 ホッとした。

 いや、やったと思ったわけじゃないが。


「ということは、呪いなんてものは気持ち次第ということですか?」

「わからない」


 あれ、そういう話じゃなかったの?


「ブルーノ様は実際に呪ったりはしないのでしょう?」

「俺が意図的に呪うわけじゃない。だけど、呪いは全く存在しないのかと言われると、俺にもわからない」


 ブルーノは肩を落としてお茶を一口飲んだ。


「俺が離れに移ってから生まれた妹の体調は普通だったそうだ。俺が近くにいたから弟の身体は弱かったのかもしれない。もし父が領のためを思って生まれた俺を捨てていれば、ここに疫病は発生しなかったかもしれない」

「そんなこと……」

「俺は存在するだけで呪いをばらまいているのかもしれない。周りはそんなことないと言うが、そうではないと言い切ることなどできない」


 それ以外にもブルーノの近くでは災いや不幸なことが起きやすい、とブルーノは言った。


「一人目の妻は体調を崩して実家に戻ったが、俺から離れたら良くなったそうだ。二人目の妻の話はさっきしたな。彼女はここにこなければ死ぬこともなかった」


 ブルーノは「申し訳なく思っている」と呟き、それからわたしを見た。


「君は、怖くないのか?」

「何がでしょうか?」

「エレナがここに来てから、すでに君は二回も危険な目にあった。毒草で倒れたし、攫われた。それを呪いだとは思わなかったのか?」

「はい?」


 毒草で倒れたのはわたしが見誤って口にしてしまったからだし、攫われたのはネッケがそもそもわたしを狙っていたからだ。むしろどちらもブルーノに迷惑をかけたのはわたしであって、なんでそれが呪いになるのだろう。


「俺の側にいたから危険な目にあったのかもしれない」

「ちょっとよくわからないのですが、なんでそうなるのですか?」

「ネッケはともかく、君はここにこなければ毒草で倒れることはなかった」

「それはそうかもしれませんけれど……」


 だからといって、それを呪いだと思うはずがない。毒を食べるつもりはなかったけれど、それでも確実にわたしの意志で口にしたのだ。ブルーノはすぐに解毒剤を作ってくれた。それなのに、なんでブルーノのせいになるのだ。


「わたくしは怖くありませんよ。ブルーノ様は助けてくれたではありませんか」

「俺は、怖い。ここにいたら、いずれまた君に危険が及ぶかもしれない。その時助けられるかはわからない」


 ブルーノはわたしの目を見た。わたしも彼の目を見た。迷いのない目だった。


「ここにいると、何が起こるかわからない。君は、実家へ戻るほうがいい」

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