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貧乏令嬢は呪いの伯爵と結婚したい  作者: 海野はな


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4.初対面

「わぁ~」


 思わず声が出た。

 案内された部屋は天井が高く、上部の窓から光が降り注いでいる。とても明るい。床にはふかふかの絨毯が敷かれ、壁には絵画。暖炉の周りや柱には複雑な装飾が施されており、一人掛けのソファが四つもある。

 この部屋だけで一体いくらかかっているのだろう。


「こちらのお部屋はサロンでございます。お招きしたお客様には、まずこちらでお待ちいただいております。お茶や、夜でしたら軽くお酒を嗜まれたりすることもございます」


 キョロキョロと見すぎたのかもしれない。壮年の執事さんがこの部屋について教えてくれた。


「こちらで少々お待ちください。旦那様に声を掛けて参ります」


 促されて一人掛けソファに腰かける。ふかふかだ。椅子や机には埃がなく、丁寧に手入れされているのがわかる。

 飾り棚に置かれた調度品たちが目に入った。あのお皿は一体いくらするんだろう。ランプも高そうだ。


 頭の中をお金が飛び交う。

 あれひとつで家族一年分の食費くらいになりそうだわ、などと貧乏丸出しの感想を抱いていると、足音が聞こえた。


 わたしの使命はここから子爵領を支えること。なるべく長くここに留まって、なるべく長く支えたい。たとえいつか、伯爵の以前の奥さんのように呪われる運命だとしても。


 そのために、まずは伯爵から悪く思われないようにしなくちゃ。

 第一印象大事!


 馬車の中で聞いた侍女長マリーの話からすると、初対面で気に入らなかったからといっていきなり呪いを掛けてくるような方には感じなかったから、きっと大丈夫。


 跳ねている鼓動を鎮めるように、大きく息を吐いた。

 足音が近くなり、わたしは背筋を伸ばして立ち上がった。よし。


「本当にもう来たのか」


 小さな呟きと共に入ってきたのは、すらりとした体躯の男性。顔の下半分を布で覆っている。そのおかげで噂のひどい痣は見えない。彼がグレーデン伯爵なのだろう。わたしは一歩進み出て、貴族令嬢らしく丁寧にお辞儀をした。


「はじめまして、ギルマン子爵家から参りました、エレナ・ギルマンと申します」

「ブルーノ・グレーデンです。どうぞよろしく」


 ひとまず挨拶だけ交わすと、彼はわたしに近付くことなく向かいの一人掛けソファに腰かけた。どうぞ、と促されて、戸惑いながらわたしも元々座っていたソファに座り直す。


 距離、遠くない?


 わたしの近くにもソファがあるのに、伯爵が座ったのは一番遠い向かいの席。なぜそんな遠いところに腰かけるのだろう。はじめましての距離とはいえ、これから少し歓談しましょう、という距離ではなさそうだ。せまい子爵家の部屋の端と端くらいの距離がある。


 指定された通りにしたけれど、これでよかったのだろうか。

 話すつもりなどないということ? いきなりの拒否?


 そういえば、さっき「もう来たのか」と呟いていたような……。


「あの、来るのが早かったでしょうか? もしかしてご迷惑でしたか?」

「いや、そのようなことはない」


 大丈夫、ということでいいのかな。よくわからない。


 侍女がわたしと伯爵の前にお茶を出した。お茶が出てきたということは、少なくともお茶を飲む間はここにいるということだと思う。こんなに距離が開いている意図は読めないけれど、全く話をする気はない、というわけでもなさそうだ。


 伯爵は自分ではその茶を飲まず、横に控えていた執事を呼んだ。何やらこそっと話をすると、執事は少し目を丸くしてから、わたしに見えるように伯爵に出されたお茶を飲んだ。


「どうぞ」


 執事が下がると同時にお茶を勧められた。どうやら毒見のつもりだったらしい。


 貴族の間ではお茶を出した方が先に口をつけるのがマナーだ。毒は入っていませんよ、とアピールするためだ。伯爵はわたしに顔を見せるつもりがないのだろう。お茶を飲むためにはマスクを取らなければならないから、代わりに執事に任せたのだと思う。


 毒など疑ってなどいなかったけれど、せっかくそうしてくれたのでありがたくお茶をいただくことにした。一口含むとやわらかい紅茶の香りが鼻に抜ける。さすが、とても良い茶葉のようだ。子爵家で飲んでいたお茶ではない、高い味がする。


「とても良い香りのお茶ですね」

「気に入ったのならばよかった」

「……」

「……」


 どうしよう。いきなり会話が続かない。

 伯爵を見ると、彼はじっとわたしの様子を伺っていたらしく、視線が合った。すぐさま逸らされる。


 布に隠されて顔は良く見えないけれど、目元に少しだけ赤紫の痣が見える。瞳はそれより少し濃い紫色で、澄んでいてとても綺麗だ。短い銀の髪と相まって冷たそうな印象を受けるけれど、人を呪い殺すようには見えなかった。


「あの、縁談をいただきありがとうございました」

「あぁ、それに関しては申し訳なく思っている」

「え?」


 この縁談がどれだけ子爵家にとってありがたかったか、お礼を述べようと思ったら、その前に伯爵が「すまない」と謝ってきた。


「意に沿わない婚約だっただろうが、王太子殿下から言われてしまってこちらも断り切れなかったのだ」


 うん?

 ということは、伯爵にとっても不本意だったということ?

 伯爵の意向かと思っていたけれど、違う?


「一年の婚約期間が終わる頃には王太子殿下の関心も薄まるだろう。そうなったら婚約は解消してもらってかまわない。それまではすまないが、この館で過ごしてもらうことになる」

「あの、それまで?」


 ずっとこちらで過ごすつもりで来たのだけど、婚約期間が終わったら、実家へ戻されるということだろうか?

 急な展開についていけず、頭の中で疑問が飛び交う。


「この館の中では好きに過ごしてもらってかまわない。俺は基本的に離れで過ごしているので、あまり会う事もないだろう。詳しくは彼に聞いてくれ。執事長のヨハネスだ」


 控えていた壮年の執事が「よろしくお願いします」と頭を下げた。


「長旅で疲れただろう? 部屋に案内させるから、ゆっくり休んでくれ。何かあったら彼に言ってくれればいい」


 そう言うと伯爵はゆっくりと立ち上がり、わたしが引き止める言葉を発する前に出て行ってしまった。


 伯爵夫人になって、ここから子爵家を支える。

 それが目標だったのに、いきなり婚約解消を言い渡されてしまった。

 これは想定外だ。

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