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貧乏令嬢は呪いの伯爵と結婚したい  作者: 海野はな


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38.ブルーノの家族

 温室から出て少し歩くと、屋根がついたお茶ができそうなところがあった。このような場所をガゼボと呼ぶことは知っていた。子爵家にはなかったが、子爵領の教会にあったからだ。古びて優雅な雰囲気は全くなかったけれど、天気の良い日には教会を訪れた領民が集っていたのを思い出す。


 今目の前にある美しい場所が子爵領のものと同一とは思えないけれど、まぁ、ガゼボのはずだ。


 ガゼボの中は綺麗に掃除され、椅子にはふかふかのクッションまで置かれている。テーブルにはテーブルクロスが掛けられていて、ナプキンもある。わたしが知らなかっただけで、ここにブルーノと来ることは予定されていたことらしい。


「ブルーノ様はいつここで昼食をと言われたのですか?」


 意味が伝わったらしく、ブルーノも肩を落としながら苦笑した。


「何日か前から君としっかり話をしろと言われていたんだが、今朝マリーに『昼食は外で食べられるように用意しますね』と微笑まれた。有無を言わせない感じだった」


 マリーのその笑顔が目に浮かぶようで、わたしは笑ってしまった。


「嫌だったか?」

「いいえ、今日はいい天気ですし、わたくしは嬉しいですよ。ブルーノ様こそお忙しいのではありませんか? お仕事たまっているのでしょう?」

「……気が付いていたか」


 最近ブルーノはわたしを早めに上がらせる。わたしでもできそうな仕事があるのに、わたしにはやらせてくれない。わかりたくないけれど、理由はなんとなくわかる。先日、実家に戻る方がいい、と言われた時からだからだ。


 渡された昼食はすぐに食べられるように小さな箱に詰められていて、わたしがやることと言えばそれをブルーノに渡し、飲み物を注ぐくらいだった。


「子爵家はどんな家族なんだ?」


 ハンスが作ってくれたサンドイッチを手に取りながら、ブルーノが聞いた。

 家族の話をするのは嫌ではないし、隠すことなど何もないけれど……いや、少しはあるな。祖母の髪飾りを壊したのは実は兄じゃなくて弟だとか、兄が村の娘にこっそり一目惚れして失恋して泣いてたとか、そんなことが。


 とにかく、ブルーノの家族の話を聞いた後で「仲がよくて大好きな家族なんです」とは言いにくい。どうしようかなと少し迷っていると、ブルーノが苦笑した。


「仲が良い家族なのだろう? 俺が少し特殊なのは知っているから、気を使わないで教えてほしい。普通の家族がどんなものなのか知りたいんだ。もし言いたくないならばかまわないが……」

「いえ、言いたくないことはないのです」

「それなら聞きたい。俺の家族の話をしたのだから、君もするべきだと思わないか?」


 ブルーノの顔を見ると、本当にそう思っているのだろうとわかった。わたしは「子爵家が普通の家族なのかはわからないのですが」と前置きして家族の話を始めた。


「父と母は優しくて人が良くて、むしろ良すぎてしまって、領民が困っていると助けてしまうような人達なんです。だからいつも子爵家はお金がなくって」


 子爵家当主は父だけれど家の中では母が強いこと、夫婦仲はいいこと、兄は仕事はできるがよくグチグチ言うこと、嫁がこないこと、弟は領民からモテること、妹が可愛いこと。

 話し始めたらスラスラと聞かれていないことまで語ってしまっていた。


「そうだ、ブルーノ様のおかげで弟は中等科へ行けることになったのです。ありがとうございます」

「そうか、それは良かった」


 子爵家が潰れかかっていたので費用が捻出できず、諦めかけていた弟の進学が叶ったのだ。弟は優秀なのでなんとか進学させたかった。弟本人も望んでいたので、とても嬉しい。


 貧乏を乗り越えながら賑やかに過ごしてきた家族。思い出すと、幸せだった。


 だけど、どうしてだろう、その輪の中に未来のわたしがいる想像ができない。今までは当たり前にそこにいたのに、もし戻ったらきっと歓迎してくれるとわかっているのに。なんでだろう。


 ブルーノはわたしの話を穏やかに聞いていた。ひとつも嫌な顔をすることなく、ただ静かに。


 気がつくと、もうサンドイッチはなくなっていた。


「すみません、話し過ぎました」

「いや、俺にはわからない話ばかりで面白かった。君の家族はいいな」

「貧乏暇なしですよ?」

「それでも、皆がお互いを思い合って一緒に過ごしている。正直なところ、羨ましいと思う。俺には縁のない世界だからな」


 ハッとブルーノを見ると、彼は微笑みつつも切なそうに目を伏せていた。本人にその自覚はなかったのだろう、彼はわたしを見て「どうした?」と聞いた。わたしも自覚がなかったけれど、何というか、複雑な顔をしていたらしい。


「ブルーノ様は、その……あの……」


 なんだか言葉が続かなくて口ごもる。

 ブルーノはわたしの心を読んだかのようにクッと笑った。


「俺がもし呪いの子でも呪いの伯爵でもなかったら、と考えたことがなかったとは言わない。だけど、考えてもしょうがないことだ。俺は離れに移ってよかったと思っているし、不幸になるとわかっているのに婚姻を強いるつもりもない」


 だから気にするな、と言ってブルーノはデザートを手にし、わたしは逆に持っていたデザートを机に置いた。

 不幸になる? どうして言い切れるのだろう。


「ブルーノ様、ご家族に何があったのですか?」


 わたしがここに来る前に亡くなったブルーノの家族。噂は聞いた。ブルーノが呪い殺したのだと。だけど、そんなはずはないと思う。


 ブルーノは顔を上げ、静かに言った。


「両親と弟、妹は死んだよ。疫病だった。助けられなかった」

「疫病……」

「この地に疫病が流行ったことは知っているだろう?」


 わたしは頷いた。三年ほど前から、致死率の高い疫病がこの領地を襲ったことは聞いている。


「はじめに疫病にかかったのは弟だったらしい」


 生まれた頃から身体の弱かった弟は、命の危機を脱して育ったもののやはり身体は弱く、疫病にかかってからは耐えられなかったそうだ。


 それから本邸にいる人達が使用人も含めバタバタと感染していく。


「ブルーノ様は大丈夫だったのですか?」

「俺は離れにいたから、かかることはなかった。同じように離れにずっといた使用人たちも無事だった」


 疫病が流行り始めてからというもの、ブルーノはずっと薬を作っていたそうだ。幸いにも早く薬ができたことにより、少しずつ疫病の流行は沈静化した。


「薬を作ったのはブルーノ様だったのですね」

「本当に幸運なことだった。別の用途に使っていた薬を組み合わせて作り直すことで、症状に効く薬ができたんだ。だけど本邸の方は、間に合わなかった」


 ブルーノは初めて悔しそうな顔をした。

 ブルーノの家族だけでなく、本邸の使用人たちの多くに被害が出たそうだ。


「もしかして、ブルーノ様の奥様も?」


 ブルーノは小さく頷いた。

 噂では「二人目の奥方は家族もろとも呪い殺された」と聞いていた人だ。


「彼女は離れを怖がっていたので、本邸にいたんだ。ただ、本邸の中では弟たちと離れた場所だったようで、家族の中では最後に感染したらしい。薬ができた時にまだ生きていたのは彼女だけだった」

「それじゃあ……」


 ブルーノは緩く首を横に振った。


「彼女は届けた薬を飲まなかったらしい」

「……どうして?」

「俺の作った薬など飲んだら呪われる、と」

「そんな……」


 飲まなければ死んでしまうかもしれないのに、それでも呪いを気にするなんて。


「あの薬は感染してから早くに飲めば多くの人が助かる。ただ、症状が進んでしまってからだとあまり効かないんだ。届けた時にまだ少し元気があった彼女は薬を拒み、もういよいよというところになって飲んだそうだ。残念ながら、遅かった」


 二人目の奥様はブルーノのことを恐れていたと聞いている。離れでブルーノと過ごしていなかったことからも、呪いが怖かったのだろう。

 それでも、飲めばよかったのに、どうして、とわたしは思ってしまう。


「大変だったのですね」


 ブルーノはわたしを見て、どこかやるせない顔をした。


「俺の家族だけじゃなくて、たくさんの人が死んだ。みんな大変だったし、悲しんでいた」

「ブルーノ様も悲しかったですか?」

「わからない。家族を失ったという喪失感みたいなものはあったと思う。だけど、そもそも滅多に顔を合わせることもなかったからな」


 ブルーノはどこを見るわけでもなく、軽く宙を見上げた。小鳥が飛んでいる。


「それに、伯爵家の当主がいなくなって家督はどうするかとか、疫病でぐらついた領を立て直さなきゃならないし、薬も作らねばならないし、やるべきことが多すぎて何も考えられなかった」


 ブルーノの複雑な感情が伝わってくるようでいつつ、わたしはどこか安堵していた。やっぱりブルーノのせいじゃなかった。家族を呪い殺した、なんて言われているけれど、ブルーノがそんなことをするはずがないと思っていた。


 同時に憤りを感じた。

 ブルーノはむしろ薬を作って助けようとしていた。それなのに、どうして「呪い殺した」なんて言われなきゃいけないんだろう。


「ブルーノ様は呪ってなどいないではありませんか」


 思わず声に出ていた。

 ブルーノは驚いたようにわたしを見た。そして「さぁ?」と言って首を傾げた。


「たしかに俺は意図的に呪ったりはしていない。だけど、疫病はどうしてここで流行したんだ? 俺が、呪いの子がここにいたから呼び寄よせられたんじゃないのか?」

「そんなはずがないでしょう?」

「そんなはずがないと、どうして言える?」


 どうして、と言われてしまうと言葉が出ずに、わたしは黙った。


「俺がいなければ疫病はなかったかもしれない。そうすれば、皆死なずにすんだ」

「そんなこと……」

「ないと言い切れるのか? 少なくとも、家族はともあれ、俺の二人目の妻は俺がいなければここにくることはなかった。そうすれば疫病にかかることもなくて、今もどこかで幸せに暮らしてただろう」


 ブルーノの口調は静かだったけれど、何とも言えない感情がにじみ出ていた。


「俺のせいで、彼女は死んだ」


 悲しみのような、悔しさのような、やるせなさのような、そんな顔をして、ブルーノは再び宙を見上げた。


 とても切なくなった。そんな感情を、ブルーノはずっと積み上げてきたんだ。生まれてから、ずっと。


「ブルーノ様、呪いって、何ですか?」


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