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貧乏令嬢は呪いの伯爵と結婚したい  作者: 海野はな


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31.救出

「ブルーノ様? なぜこちらに?」

「君が攫われたと聞いたから急いできたのだが……」

「助けに来てくださったのですか?」


 ブルーノがわたしと倒れて泡を吹いているマッチョを交互に見比べる。


「そのつもりだったが……必要なかった、ようだな?」


 ブルーノの横で男性が息を整えている。その後ろからバタバタと人が上がってくる音がした。上がってくるということは、ここは一階ではないらしい、なんてことを頭の片隅で思った。


「あれを、捕えろ」


 男性は息も絶え絶えに後からきた数人に命じた。

 あれ、ってわたし? マッチョ?


 状況が理解できずに防御態勢をとったけれど、あれ、とはマッチョだったようだ。数人の男たちはわたしの横を素通りしてマッチョの腕に縄を巻き始めた。その横からようやく息を整えた男性がわたしの前に跪く。


「エレナ様、急ぎますのでご挨拶もせず無礼をお許しください。お詫びはいずれ必ず」


 かなり早口でそう言うと、彼は数人の男と共にすぐに壊れた扉から部屋の中へ入っていった。


 ……誰?


 部屋の中ではネッケがわたしとマッチョを見てわかりやすく硬直していた。

 男性は数人の部下らしき男とネッケを取り囲む。


「クルト、なぜここに?」


 クルト、というのが男性の名前らしい。

 硬直状態から復活したらしいネッケがぎゃあぎゃあと騒いでいる。どうやらネッケは図体はでかいものの戦闘力はないようだ。数人の男に囲まれてひたすら口だけを忙しく動かしている。


「私にこのようなことをして許されると思うのか!」


 ついでに虚ろな目の男も捕獲された。簡単に捕まっていた。あまり力が残っていなかったらしい。あの時はなりふり構わずな感じだったから、結構強く殴った気がする。


「エレナ、怪我はないか?」

「わたくしは大丈夫です。ブルーノ様、アリーが」

「あぁ、大丈夫だ。ヴィムが保護して先に館へ戻した。意識はしっかりしていたから問題ないだろう」


 ホッとして力が抜けた。


「エレナ、手首が腫れている」


 痛みは感じていなかったけれど、縛られていたところが赤く腫れ上がっていた。ところどころが傷になっている。それを見て初めて手首がジンジンとし始めた。


「目覚めた時に縄が巻かれていたのでその痕でしょう。問題ないです」

「縄だと? ……いい、ネッケに聞こう」

「ブルーノ様、彼らはどなたですか?」

「伯爵領の騎士が二人いるが、残りはナック商会の者たちだ。クルトと呼ばれていた男は、ネッケの息子らしい」


 息子!


「どうして息子がネッケを?」

「詳しくは知らないが、まぁ商会のほうもいろいろあるらしい」


 とりあえず今わかっているのは、ネッケの息子はこちらの味方らしいということだ。


 わたしたちが話している間に、マッチョは気を失ったまま男たちに部屋の中へ引きずられて転がされている。虚ろ目男も縄をかけられた。ネッケはまだ抵抗しているようだ。ブルーノが部屋の中へ入っていく。わたしも後に続いた。


 クルトがわたしたちの前に跪くと、数人の男たちが同じようにザッと跪いた。


「伯爵、エレナ様。我が商会のオーナーが誠に申し訳ございませんでした」


 おそらく跪いているのがナック商会の従業員、ブルーノを守るように後ろについた残りの二人は領の騎士なのだろう。


「伯爵だと? なぜ伯爵がここに?」


 口だけは騒がしく動かしていたネッケが、ブルーノを見て驚愕の表情を浮かべた。


「私の婚約者が攫われたと聞いて急いでやってきたんだが、ネッケ、これはどういうことだ?」


 ブルーノがひんやりとした声でネッケに問いかけると、真っ赤になって怒っていた彼の顔色は悪くなった。


「さささ攫われたなどと人聞きの悪い。お話がしたいと申し出て、来ていただいたんですよ」


 へへへ……とネッケは作りきれてない笑みを浮かべる。


「エレナ、こう言っているが、エレナが自ら来たのか?」


 すべて正直に言っていいものだろうか。ナック商会が与える影響を考えてわたしが戸惑ったのを察したように、ブルーノが付け加える。


「エレナ、アリーは無事だ。他に何かネッケに言われたのかもしれないが、全て気にしなくていい。あったことをそのまま言ってほしい。いいか?」


 ブルーノがわたしの顔色を見ながら大丈夫だというように小さく頷いたので、わたしは安心して話すことにした。


「そちらの二人に何かを嗅がされて気を失い、気がついたらここにいました」

「丁重に来ていただくようにと彼らには言ったのですが、どこかで食い違いがあったのでしょう」

「目覚めた時には縄をされていたのですけれど、気を失わせた上で縄をかけて運ぶのがナック商会の丁重なのでしょうか?」


 クルトが全力で首を横に振る。

 どうやら彼はネッケとは違う感覚の持ち主らしく、少し安心した。


「その縄を見てもネッケは当然のような顔をしていたので。ネッケが命じたのだと思っていました」

「違う。縄など気がつかなかった」


 わたしはわざと真っ赤になっている手首を出した。それを見た上でネッケの言葉を信じる人がどれだけいるだろう。

 クルトは頭を抱えている。


「それで、何をされた?」


 ブルーノはおかまいなしに続けた。わずかに魔力がにじみ出ているような気がする。


「アリーを人質に、わたくしにブルーノ様の婚約者の座から降りろと迫ってきました。もし聞き入れないようならば商会が伯爵領から撤退するとも言っていました。迷惑をかけたくないなら従え、と」

「ほぅ、撤退するのか?」


 ブルーノがクルトに目線を送ると、彼はとんでもないというように首を横に振った。


「わたくしが拒否すると、ネッケは無理やりにでも来ていただく、とわたくしを連れ出すように命じました」

「わ、私はただ、伯爵との婚姻を嫌がっているお嬢様に、婚約者を降りて私のところへくればいいと提案しただけでございまして、お嬢様にもそのつもりがあると……」


 ブルーノがわたしに「そうなのか?」と聞く。


「わたくしはブルーノ様との婚姻を嫌だと思ったことなど一度もございません。そもそも脅した上でナイフを向けてくるような方のところへ行きたいと思う事など、あるはずがないではありませんか」

「呪いの伯爵に嫁ぎたいはずがないだろう! 嘘をいうのも大概にしろ」

「嘘など言っていません」


 ネッケはひどい顔でわたしを睨んできた。


「ナイフを出したのはおまえ……お嬢様が抵抗したからでしょう」

「逆よ。ナイフまで見せられて連れ出されそうになったので、仕方なくわたくしが抵抗したのです」


 わたしを「おまえ」と言ってしまうあたり、ネッケがわたしをどう見ていたのかよく分かるというものだ。

 マッチョが被害者だと訴えるネッケを無視して、ブルーノはようやく目を覚ましたマッチョに目を向けた。この状況を理解できていないマッチョは目を白黒させている。


「彼を倒すとは、我が婚約者は実にたくましいな」


 ちょっと力の加減を誤った自覚のあるわたしは、少し気まずくなって目を逸らす。扉まで壊すつもりはなかった。

 ブルーノはクッと笑い、それからネッケに向き直った。


「要するに、エレナを手に入れようと攫い、拒否したら脅して連れていこうとしたと、そういうことでいいな?」


 わたしの「そうです」という言葉とネッケの「違う!」という言葉がかぶった。


「そもそもエレナは私のモノだった。横取りしたのは伯爵の方だ。取り返そうとして何が悪い!」


 開き直ったのか、ネッケがブルーノを睨み始めた。ブルーノはひんやりとした目でネッケを見下ろしている。

 それからわたしを睨んだ。


「貧乏で何のとりえもないおまえを貰ってやろうというのに、なにが不満なんだ!」


 不満しかないと思う。

 わたしがもはや呆れていると、ブルーノが一歩ネッケに近づいた。


「私の婚約者を愚弄しないでもらえるか? これほど有能なのに、何のとりえもない? 取り返す? エレナはおまえのモノじゃないし、おまえのところへ行くことなど望んでいない」


 最初からひんやりとしていたブルーノが顔色を変えたことで、部屋全体に緊張が走った。


「俺が呪いの伯爵と呼ばれていることはよく知っているようだな?」


 自分を指す言葉が「私」から「俺」に変わった。ブルーノがかなり怒っていると伝わってくる。

 さらに一歩、ブルーノがネッケに近づいた。それだけでネッケの顔からは吹き出すように汗が流れている。


「俺の女を奪おうとし、俺の怒りを買った。その覚悟はできているんだよな?」

「そそそそんなつもりは」

「3」


 突然ブルーノがゆっくりとカウントダウンを始めた。突然さぁっと辺りが冷たくなる感覚がした。ブルーノが魔力をまとわせたのだ。わたしでさえゾクッとしたのだから、魔力に耐性のない人達ならばもっと寒気を感じているだろう。


「の、呪い……」


 そんな声がどこからか聞こえてきた。


「2」


 ネッケを見下ろしていたブルーノが少しずつ屈んでいく。まるでネッケと視線を合わせるように。


「わわわ悪かっ……」


 真っ青になったネッケがカタカタと震え出した。すごい量の汗が流れている。


「1」


 ブルーノの目線の高さがピッタリとネッケに合ったとき、ネッケは気を失った。身体の力が全て抜けてカクンと首を垂れている。「ヒッ」とどこからか押し殺した声が聞こえた。


「なんだ、この程度の覚悟もないのか」


 ブルーノが立ち上がって肩を落とすと、嘘のように室内を覆っていた冷気が霧散した。ブルーノが魔力を畳んだのだ。それでもその場を動く者はいなかった。誰も動けなかったという方が正しい。


 ブルーノは振り返ってわたしを見た。

 同時に皆の様子にも気がついたらしい。頭を軽く掻いて、「ちょっとやりすぎたか」と呟いた。


「ブルーノ様、ネッケは?」

「あぁ、特になにもしていない。少し脅かしただけだ。君を脅したのだから脅される覚悟くらいあるかと思えばこのザマだ」


 ふぅ、と息を吐いてから、ブルーノは皆の方を向いた。


「皆を呪う気などないから案ずるな。ネッケにも呪いをかけたわけじゃない。いずれ目覚める」


 そう言って肩を落とすと、騎士にネッケたちを牢に入れておくように指示した。


「エレナ、戻ろう」

「はい」


 まだ固まっている皆と気を失ったネッケ、縄に巻かれて真っ青な顔をしているマッチョと虚ろ目を残し、ブルーノの後についてわたしは部屋を出た。

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