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貧乏令嬢は呪いの伯爵と結婚したい  作者: 海野はな


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29.不愉快な手紙

 季節は一応秋に入った。一応、というのは暦の上では、という意味で、お祭りから数日しか経っていないし、秋といってもまだまだ暑い。


 お祭りの日から毎日のようにネッケから「是非ご挨拶を」というような内容の手紙が届く。一度断った後は無視しているが、こうも頻繁だと困ってしまう。

 子爵家のほうも伯爵家との取引があるので問題はないと連絡がきた。ネッケの嫌がらせは受けているようだけれど。


 ほんと、嫌な奴!



 ブルーノの執務室でわたし専用に用意された席に着き、ペンを取った。このペン、なんとお祭りの日にブルーノが購入していたものなのだ。お祭りの翌日に執務室にいくと、さらっと机の上に置いてあった。


「あの、これは?」

「君への贈り物だ」

「はい?」


 女性用だったので誰かに贈るものだとはわかっていたが、まさか自分用だとは思わなかった。


「こんな高そうなもの……」

「いつも執務を手伝ってもらっている礼だ」

「執務を手伝うのはわたくしがここに居座るためという下心であって、お礼をいただくようなことではありませんのに」

「それならば、そのペンはこれからも執務を手伝ってほしいという俺の下心だな。なるほど、そう言えば断りにくい。このペンを使ってこれからもたくさんの書類を捌いてくれ」


 ニヤッと笑ったブルーノに負け、わたしはペンを手に取った。ほどよい重みでとても綺麗だ。

 正直に言って、とても嬉しかった。何よりブルーノがわたしのためにわざわざ店に寄って選んでくれたのだ。


「ありがとうございます。大事に使いますね」

 

 そんな経緯でいただいたペンは使ってみるととても書きやすく、すぐに手になじんだ。お礼はどうしよう。とりあえず執務量を増やした。少しでも助けになっているといい。


 なお、「これからも手伝って」と言われたので「ずっとここにいて良いってことですかそうですよねそうに違いありませんよね?」と圧力強めで迫ってみたけれど、「それとこれとは別だ」と素っ気なく返されてしまった。ぐぬぬ。



 午前中だけだったわたしの執務手伝い時間は午後まで伸びる日が多くなってきた。自然と共に過ごす時間が増え、ブルーノもわたしがいることに慣れたらしい。


「これを頼む」


 ある日新しい書類をわたしに渡すなり、ブルーノはいきなり机に突っ伏した。


「疲れた。ヤクが欲しい」


 情けない声でだらりと腕を投げ出している。普段の凛々しさは一切ない。


 ヤク?


 わたしがびっくりしていると、ヨハネスが小さく息をついて退出し、すぐに戻ってきた。手には小皿。突っ伏しているブルーノの横にそっと置いた。


 ブルーノはむくっと顔だけを上げて皿を見ると、そこに乗せられたクッキーらしきものを一つつまんでもしゃもしゃと無言で食べた。なんだか小動物を思い出す仕草だ。そしてまたぐてっと突っ伏して、少ししてからむくっと顔を上げてまたもしゃもしゃと食べた。


 ……やだ、ちょっと可愛いかも。

 そんな事を一瞬だけ思って、すぐに不安になった。

 ヤクって言ってたよね? 薬のヤクだよね?

 やばいもの入ってないよね?

 ヨハネスをチラリと見る。


「ただのクッキーです。ご心配なく」


 ホッと息を吐く。

 ヨハネスは落ち着いていた。よくあることなのだろうか。


 それからブルーノは上体を起こして、皿に乗っていたクッキーらしきものを全てもしゃもしゃと無言で食べ、そしてふら〜っと執務室を出ていった。


 これは大丈夫なの? 追いかけたほうがいい?

 意味がわからなくて再びヨハネスを見る。ヨハネスは小さく息を吐いて肩をすくめた。


「ちょっと息が詰まったのでしょう。温室に行ったのだと思います」

「温室? あの、ヤクって?」

「あぁ、怪しいものではありません。薬草のヤクです。服用するわけじゃありません。薬草に触れたい嗅ぎたいすりつぶしたい調合したい、そんなところだと思います」


 けっこう怪しい気がするけど?

 でも中毒性のある薬にやられているわけではないようならば大丈夫だろうか。


「温室には行ったことがありますか?」

「ないです」

「たくさんの薬草が植わっているのです。ブルーノ様はそこで気分転換をされて、少ししたら戻ってきます」

「へ、へぇ?」


 たしかにここ数日仕事量が多く、わたしも午後まで手伝っていた。ブルーノはあまり休めていないようだった。


「たまに薬とたわむれる時間がないと、ブルーノ様は何というか、壊れかけるといいますか。エレナ様が手伝って下さるようになってからは定期的に調合室に籠る時間が取れていたので、このようになるのは久しぶりです」

「薬ってたわむれるようなものだったかしら」


 ブルーノが「ふふふふ……」と不気味に笑いながら薬草をゴリゴリしているところが思い浮かんだ。まぁ、たわむれている、かもしれない。


「昨年はよくあのような状態になっていたのですよ。エレナ様には本当に助けられています。私個人の意見ですが、ずっとこちらにいて頂きたい」

「私もできることならばそうしたいです」


 力強くヨハネスを見ると、彼も意味ありげに小さく頷いた。彼を味方につけられれば伯爵家に残れる確率が増す。


「ブルーノ様、大丈夫でしょうか?」

「もうすぐ戻るでしょう。今日か明日には調合の時間を作って差し上げたいのですが……」


 ヨハネスはわざとらしくブルーノの机の上に目線を送る。なるほど、わたしでもこなせそうな案件だ。了承の意味を込めてニヤリと笑い返すと、ヨハネスは軽く頭を下げた。

 

 ヨハネスの言っていたとおり、それからすぐにブルーノはキリッとした面持ちで戻ってきた。思わず凝視すると、ブルーノは不思議そうにわたしを見た。


「どうかしたのか?」


 どうかしていたのはあなたの方だと思いますけど!


「いえ、何でもありません。こちらの書類が終わったので……」

「相変わらず早いな。すまないが、こちらも頼んでいいか?」

「お任せください。ついでにそちらもやります」

「助かる」


 まるで別人。




 別の日。アリーがわたし宛の手紙を差し出した。見覚えのある字が並んでいて、顔全体に皺が寄る。


「ここのところ毎日ですね。愛されてますねぇ」

「気持ち悪いこと言わないで」


 ナメクジからの手紙だ。挨拶したい、いつならいいか、子爵家が大変なことになってるぞ。脅しを含んだ手紙が、祭りで会ってしまった日から頻繁に届く。この日の手紙も似たような感じだった。

 実害は今のところないので放置しているが、精神衛生上よろしくはない。


「もし望まれるならば、この方からのお手紙が届いた時点でエレナ様にお届けせずに処分することもできますけれど……」

「いいえ、いいわ。見たくはないけれど、一応確認はしたほうがいいと思うから」


 アリーはナメクジに会ったことがないけれど、わたしが嫌悪していることは伝わっている。


「もういっそのこと一度会って、はっきり断りを入れたほうがいいんじゃないですか?」

「それで引き下がってくれるならいいんだけどね」

「そうではないような方なのですね」


 最近の手紙では脅しの内容がひどくなってきている。例えば「子爵家にはお嬢様がもう一人いらっしゃいましたよね」と妹に何かあるかのように匂わせてきたり、会えないならば伯爵家にも圧力を掛けますよと言ってきたり。


 伯爵領に支店ができたのはわたしがこちらに来る以前の話だけど、ナメクジの嫌がらせに関しては完全にわたしがここにいることによって引き起こされている。ちゃんと決着をつけなければ、とも思う。



 朝、いつものように執務室に行ったら怒られた。


「なんで俺に言わなかった?」


 忙しいブルーノに迷惑は掛けたくなかったので、手紙がきている話はしていたけれど内容までは話していなかった。マリーかアリーがバッチリ報告していたらしい。


 ブルーノの対応は非常に早くて、その場で「このような手紙は出さないように」という一筆を書いてくれた。


 それからしばらく手紙はこなくなったのだが。



 ある日の午後、わたしはアリーと一緒に果樹園と勝手に名付けた庭の一角に向かっていた。そこで果実を採って、ブルーノに何か作ろうと思ったのだ。


 低木が並ぶ横を二人で歩いていると、カサッと音が聞こえた。何かしらとそちらを見ると、鳥が数羽飛び立った。


 なんだ鳥か。


 そう思った瞬間、ガサガサと大きな物音がした。「きゃあ」というアリーの声にハッと振り向くと、彼女は見知らぬ男に腕を掴まれていた。そのまま身体ごとグッと引き寄せられて身動きが取れなくなっている。


「アリー!」


 男はわたしを見ると、「あっちか」と舌打ちしてアリーを押し飛ばした。


「逃げ、てっ」


 アリーはわたしを逃がす時間を稼ごうとしたのだろう、男の足に飛びついた。男は体格がよく、軽くよろけただけだった。


「早く逃げて!」

「何しやがる」


 男は掴まれた足でそのままアリーを蹴り飛ばした。


「アリー!」


 おのれアリーに何してる!

 わたしは手に魔力を集めて殴りかかろうとした。


 目の前にいた男に集中していた。そのため気が付くのが遅れてしまった。

 背後からもう一人が迫っていたことに。


 わたしは別の男にグッとうしろから抑え込まれ、口元に布を当てられた。


「んぐっ」


 わたしの拳はうしろの男に当たり、男が倒れた気配がした。

 次の瞬間、わたしの意識は途切れた。

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