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貧乏令嬢は呪いの伯爵と結婚したい  作者: 海野はな


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28.遭遇

「お久しぶりですねぇ、お嬢様」

「ひ、久しぶりね。どうしてあなたがここに?」


 一歩、二歩とゆっくりナメクジが近寄ってくる。わたしは一歩、二歩と後ずさりして柱に背がぶつかった。


「なに、こちらにも我が商会の支店がありますのでね。お祭りだと聞いてやってきたのですよ。出店もしているのです。ほら、あそこに」


 賑やかな臨時に作られた店たちの中をネッケは指差す。どれだかわからないけれど、「そうでしたか」と答えて引きつった頬を戻す努力をする。


「それにしても偶然ですね。そういえば、お嬢様はこちらの伯爵様とご婚約されたのでしたっけ」


 ネバネバとした視線を感じ、偶然なんかじゃないことがひしひしと伝わってきた。ナメクジは執念深い。わたしがこの地にいることは知っているはずだし、そうであれば祭りにいる可能性は高いと考えたに違いない。


 それに、この声を掛けてくるタイミング。まるでわたしがブルーノと離れるのを見計らっていたかのようだ。


 そこまで考えて、ブワッと鳥肌が立った。ずっと見張られていたのかもしれない。


「そうそう、ご婚約おめでとうございます。お会いできる前に出発されてしまったのでね、お祝いも述べられず残念に思っていたのですよ。ぜひとも何か贈らせてください」

「いえ、それにはおよびませんわ」

「そんな、ご謙遜なさらずに。私とお嬢様の仲ではありませんか」


 どんな仲だよ!


「またお近づきになれれば幸いだと思っているのですけれど、ご挨拶くらい伺わせてくれませんかね。子爵家の状況も知りたいでしょう? また大変なことになっているようですねぇ」

「子爵家が?」


 わたしが反応してしまったことに、ナメクジの口端がニタッと口端が上がった。しまった。一体何をしたのか問いただしたいところだけど、それこそがあちらの手口だ。乗ってはいけない。


「子爵家の状況は手紙などで聞いておりますので、ご心配には及びません」

「そうですか。仲の良いご家族のことですから、お互い心配かけないようにと気遣っているのではありませんか」


 要するに、手紙で大丈夫だと書かれているからといって安心はできませんよと、そう言いたいのか。こうやって不安を煽ってくるやり方にちょっと懐かしささえ覚えてしまう。「問題ありませんわ」と拒否すると、上げていた口角を一気に下げた。思い通りにいかないときのイライラが顔に出ている。


「一度お会いできませんか? 積もる話もありますからね」


 ないよ!


「可能でしたらお嬢様のお住まいに伺いますが、無理ならばお店に来ていただけないでしょうかね? 外出が禁止されているわけではないのでしょう?」


 行くわけないでしょ!


 これ以上近づいてきたら店の中に逃げよう。そこにはブルーノがいるはずだ。ブルーノに迷惑は掛けたくないけれど、彼がいる前ではナメクジだって無謀なことはできないはず。


 そう決心したとき、一歩ネトネトと進んだナメクジがチッというような顔を一瞬だけした。ブルーノが店から出てきたのだ。その姿を見て、わたしは心からホッとした。


「エレナ、知り合いか?」

「え、えぇ」

「おお、これは。グレーデン伯爵でいらっしゃいますな」


 ネッケは大げさに商売用の笑顔になった。


「いやはや、お会いできて光栄です。ナック商店のネッケと申します。こちらにも支店を置かせて頂いておりまして、かねがねご挨拶に伺いたいと申し込んでいるところでございます」

「あぁ、すまない。忙しくて時間がとれなくてね。そういった挨拶は全て断っているのですよ」


 ブルーノがわたしを庇うように半歩ほど前に出た。

 魔力は出ていないが、伯爵の顔になったブルーノからは威厳が感じられる。


「えぇ、もちろんお忙しいのは存じております。いろいろと大変でしたでしょう。我が商会は少しでも御力になれればと考えて動いて参りました」

「そちらの商店の品はとてもいいと聞いているし、おかげで収量も上がっていると報告を受けている。伯爵領への貢献は非常にありがたい」


 ナック商店は肥料や種子をはじめとした農業関連の資材をメインに販売している。商店の商品によって収量が格段に伸びているのは事実だ。子爵領でもこれを使用しているが、何かあるたびにもう売らないぞと脅しをかけてくるのには困ったものだ。


「そう言っていただけて光栄です。これからも何かありましたら、いつでも、お声掛けください」


 いつでも、を強調して言う。

 それからわざとチラリとわたしを見た。


「お嬢様には子爵領で大変お世話になりまして、またこちらでもご贔屓いただければと、是非ご挨拶させていただきたいとお願いしていたところなのですよ」


 へへへ、とネッケは笑う。


「いつ頃ならばお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「先程も言ったように挨拶は全て断っている。ナック商店には感謝しているが、今の段階で一つの商店だけの挨拶を受けるわけにはいかないのだ」

「いえいえ、伯爵がお忙しいのは承知しておりますので、お嬢様とお話させていただきたいと思いましてね。お仕事の話ではございません。婚約のお祝いや、子爵領にも支店がありますので、そちらの情報のお話でございます」


 ブルーノはわたしを一瞬だけ見て、すぐにネッケに向かい合った。


「それはできない。婚約者という立場で勝手をされては困るのでね」


 断られるとは思っていなかったのか、ネッケの細い目が見開かれた。


「すまないが、先を急いでいるのでこれで失礼する。必要があればこちらから声を掛ける。行くぞ」

「はい」


 わたしはネッケを一瞥すると、スタスタと歩き始めたブルーノを追いかけた。すれ違いざまにネッケがすごい顔をしているのが見えた。



 夏の空はまだ明るいが、もう夕方になる。ブルーノとわたし、マリーは馬車で帰路についていた。結局アリー達には会わなかった。


「ブルーノ様、助けて頂いてありがとうございました」

「ああ言って断ってしまったがよかったか? もしネッケと会う必要があるならば止めるつもりはないが」

「ないです! よかったです!」


 被せ気味に返す。ブルーノはわざと自分が許可を出さないように装って、わたしを守ってくれた。


「エレナ、顔色が良くない。何か言われたのか?」

「子爵家が大変なことになっている、と。ネッケが何らかの圧力を掛けたのかと思うのですけれど、伯爵領との取引は上手くいっているので打撃は少ないはずです。ただの脅しだとは思います」

「こちらでも調べてみよう。大変だという情報は入っていないし、もしそうだとしても支援できる。あまり心配するな」


 心配するなと言いながら、ブルーノは心配している顔だ。


「ブルーノ様は優しいですね。『呪いの伯爵』がこんな方だと知ったら、わたくしの家族は仰天しますよ」


 馬車の窓からナック商店が見え、すぐに遠ざかっていく。今日は祭りだからか、会場と離れたこの店には人影がない。


 それにしても、やはりナメクジは気持ちが悪かった。ブルーノが断ってくれたからよかったものの、強硬に会う機会を設けようとしてきた。わたしを諦めていないのだ。

 またゾワッと肌が泡立って、自分の腕をさすった。


「ブルーノ様、お願いがあります。わたくしと結婚してください!」

「んぐッ!」


 ブルーノがゲホゲホと咳き込んでしまった。なんだか申し訳ない。


「いきなりどうした」

「だってわたくし、もし実家に返されたら絶対にナメク……ネッケに圧力を掛けられるに決まっているんです。あいつに嫁ぐなんて絶対に嫌です」

「……ネッケに嫁がなくていい方法なら他にもあるだろう。俺が縁談を紹介するとか」

「あ、なるほど? じゃなくて、わたくしきっと役に立ちますよ。仕事もするし、調合だって手伝います」


 隣でマリーが頭を抱えていた。

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