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貧乏令嬢は呪いの伯爵と結婚したい  作者: 海野はな


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24.帳簿確認

 午前中は執務手伝いをするのが日課になって早二ヶ月。わたしが伯爵領に来てから三ヶ月が過ぎ、季節はすっかり夏真っ盛りになった。


 いつの間にか執務室にはわたし専用の机が設置され、毎日当然来るものと思われるようになった。午前中一緒に執務をするので、そのまま昼食も共に取るまでがいつものスタイルになっている。


 だんだんとできる執務の量も増え、任されることも多くなってきた。しめしめ、いい傾向だ。


『エレナがいなくなったら(仕事的に)困るから残ってくれ』

『えぇ是非!』


 となることを妄想してにんまりした。まぁ現実はそんな簡単にはいかないが。


「あつい」


 ブルーノがそう呟いて、服の胸元をパタパタとし始めた。いつも涼しげな顔をしていると思いきや、彼は暑いのが苦手らしい。

 こっそり覗いているアリーが口を押さえてよろめいた。何やってるの。


「風を出しましょうか」

「書類が飛ぶから今は駄目だ」


 今は、ってことは今じゃなきゃいいのか?


「エレナは暑くないのか?」

「この服の裾をバッサバッサやって風を送りたいくらいには暑いですね」


 ドレスと言っても簡易的なものではあるが、布を重ねられているので中に熱が籠って暑い。なぜ女はスカートと決まっているのだろうか。


「……やめておくように」

「今はやりませんよ」


 部屋で一人の時はやるけど。



 執務室の自席についているブルーノは、少しヘロヘロした顔をしながらその場で指をくいっと動かして本棚から本を一冊浮かせ、自分の机の上までふわっと飛ばして運んだ。今では見慣れたけれど、最初にこれを見た時にはびっくりした。


 本棚にある本を少し離れた距離から手元に引き寄せる。

 一見簡単そうに見えるが、実はこれはかなり高度な魔術なのだ。


 まず、本棚から目的の本だけを取り出す。遠くからその対象物に必要な魔力だけを飛ばし、正確にそれだけを引き抜く。通常、魔力を扱うことができる者がこれをやろうとすると、範囲の指定がうまくいかずに周りの本もどちゃっと引っ張り出されてしまう。


 次に、引き出した本を正確に自分の手元まで引き寄せる。

 これが難しい。距離、本の重さを正確に割り出し、それに必要なだけの魔力と力を加えて引き寄せるのだが、魔力が足りなければ届かないし、力を入れすぎると飛びすぎて自分への攻撃となって飛んでくる。


 当然エレナもこの訓練を何度もやらされた。そして飛ばしたものを顔面で受け止め、流血したことが何度もある。


 この絶妙な調整が非常に難しいので、魔力を扱う者は全員この練習をするし、上手く使えれば便利なことはわかっているが、実際にやる人はほとんどいない。自ら動いて取りに行く方が確実だからだ。


 この光景を初めて見た時は、スッとブルーノの手元に本が届いたところで思わず「おおぉ」と声を上げて拍手してしまった。いきなり拍手されたブルーノは何事かとビクついた。


 これだけでもう、ブルーノが優れた魔術師であることがわかった。

 わたしだったら、立ち上がって本を取りに行く、一択だ。


 ブルーノは見ていた本を閉じ、また本棚にスッと戻した。毎回「おおぉ」と声を出しそうになる。本を取るよりも戻すのはさらに難易度が上がるが、彼にとってはどちらもどうってことはないらしい。


「エレナ、これ」


 差し出されたのは帳簿である。


「ギルマン子爵領との取引の記録だ。君も目を通しておきたいだろう?」

「ありがとうございます!」

「これとは別に支援金を送ってある。その記録がこちらだ」


 それはずっと気になっていたものだった。父からの手紙には、わたしが伯爵家に移動してすぐに支援金が送られてきたこと、取引も開始されたこと、順調であることが書かれていたが、わたし自身で確認するのは初めてだ。


 ドキドキしながら開いてみる。支援金についてお互いが納得していた妥当な金額だったが、取引が思ったよりも高額になっていた。


「何か問題があったか?」

「あの、金額が大きくありませんか? これでは子爵家がもらいすぎています」


 帳簿を「この金額です」と指差すと、ブルーノは帳簿に目を落として「あぁ」と呟いた。


「支援金が子爵領に必要なぎりぎりの金額だっただろう?」


 その時に領の経営を成り立たせるため、どうしても必要な金額を支援金として支援してもらった。それがなければ借金をすることになっていたので、非常に助かったのだ。


「もう少し払っても良かったが、ギルマン子爵に固辞されたからな。だから取引の方に少し上乗せすることにしたんだ。いくら借金をせずにすんだと言ったところで、余裕がなければ何かあったときにすぐに倒れることになるだろう」


 たしかに、この金額は子爵領にとって非常に助かる数字だ。これだけ儲けがあれば、子爵領には少しの余裕ができて楽になるだろう。今後に蓄えがあったほうがいいのも事実だし、今は好意に甘えるのがいい。それはわかっているけど……。


「浮かない顔だな。そのほうがいいと思ったが、そうではなかったか?」

「いえ、すごく助かります。本当にありがたいです。これだけ気にかけて下さって、感謝しかありません」

「ならば、いいんじゃないか?」

「ただ、ちょっとだけ悔しいのですよ」


 取引はお互いの利があるように行うもの。でも今は伯爵家の好意に甘えることしかできない。


「今はまだ、わたくしは子爵家の人間です。だから、この取引で子爵家に儲けがあることは喜ばしいです。だけど、もしわたくしが伯爵家側になったときには、わたくしは伯爵家に利のない取引を切らなければいけないでしょう?」


 子爵家側からしたら嬉しい取引でも、伯爵家として不利益になるならば、長くは続かない。互いに利があるようにしていかなければ、いずれこの取引はなくなる。そうなって一番困るのは子爵家である。

 ふぅ、と大きく息を吐いた。


「いずれ、伯爵家にも利益のある取引にしなければいけませんね。子爵家と、わたくしの課題です。でも今は、本当に感謝しています」

「そうか」

「さて、その感謝に報いるためにも働かなくちゃですね。何でもやりますよ!」

「君の働きで支援金分くらい、充分に元を取っているけどな」

「そんなわけないじゃないですか」


 取引の帳簿をブルーノに返して、わたしは新しい仕事を要求した。

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