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貧乏令嬢は呪いの伯爵と結婚したい  作者: 海野はな


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21.離れ

 本邸の裏口から出て、表玄関とは逆方面に少し歩くと木が生い茂っている区域がある。その中に、ブルーノが暮らしているという離れはひっそりと建っていた。


 レンガ造りの建物は二階建てと三階部分がある箇所でできており、離れとは言うが、実家の子爵家と同じ位の広さがありそうだ。


 何よりも異質なのは、まるで建物を隠すかのようにツタが建物を這っていることだ。それによって木々と同化しているように見える。ここを目指してこない限り、気がつかれなさそうな建物だ。実際わたしもこちらの方角は何度も目にしていたはずだけれど、建物があることに全然気がつかなかった。


「こんなところにあったの」


 建物を見上げて、思わず呟いた。


「呪いの伯爵の本拠地って感じでしょう? ふふふ」


 マリーがニヤリと笑いかけてくる。まるで魔女みたいだと思った。絶対に言わないけれど。


 今は昼間なのでツタの緑が綺麗に見えるが、暗い時間に訪れるのは怖いかもしれない。おとぎ話の吸血鬼が出てきそうな、お化け屋敷のような、そんな禍々しい雰囲気がそこにはあった。


「エレナ様に入る勇気はあるかしら?」


 どこか楽しそうにマリーが言ってくる。

 わたしが大丈夫ならば、と言っていたのは、このためだったらしい。

 マリーが開けた扉がギッと音を立てた。この音がまた、恐怖心をそそられる。


「たしかに、夜だったらちょっと怖かったかもしれないわね」

「今は?」

「ブルーノ様がこちらにいらっしゃると思えば、それほど怖くはないわ」


 扉を通り抜けようとしたら、マリーが意外そうな顔でわたしを見ていた。


「普通はブルーノ様がいらっしゃるからこそ怖いと思うみたいですけれどね。エレナ様は数々の噂を聞かなかったのですか?」

「聞いたわ。良くないものばかり、たっぷりと」


 肩を落としながら中に入ると、そこには外見とは違って明るい空間が広がっていた。本邸に比べるとシンプルで調度品も少ないが、掃除が行き届いていて過ごしやすそうに見える。


「中は普通なのね」

「想像とは違いましたか?」


 クスッと笑ったマリーは、キョロキョロと見回すわたしを置いて歩き出した。慌ててついていく。マリーは歩くのが速い。静かに姿勢を崩さず足音もあまり立てず、気がついたらもう見えなくなっているくらいに。本当に魔女かもしれない。


 手すりのある木の階段を上り、広い廊下を歩くと、何か怪しい声が聞こえてきた。


「ふふ……ふふふ……」


 ピタッと歩みを止めたマリーの背中越しに覗き込むと、一番奥の扉が少し開いている。


「何かしら?」

「どうやらタイミングが悪かったようです」

「タイミング? なんだか大丈夫じゃなさそうな声が聞こえるけれど」


 そんな話をしている間にも、「ふふふふ」という声は続いている。ついでにゴリゴリと何かを擦ってるような音と、ブツブツと何か言っているような音も聞こえる。不気味だ。空耳だと思いたいけれど、残念ながらはっきりと聞こえる。さすがのわたしもちょっと怖くなってきた。


「ななな何かしら……?」


 だけど、よく聞いてみれば聞き覚えのある声のように思えた。


「この声はもしかしてブルーノ様?」


 おそるおそる聞くと、マリーは目を逸らしながら頷いた。

 もしかしたら、呪いの儀式真っ最中だろうか。

 そんなことが頭をよぎった。もしそうだとしたら、誰かが呪われるのか、もしかしたらわたしか? 一瞬だけそう思ったけれど、わたしを呪うのならば、そもそも倒れた時に助けないと思い直す。


「一体何をしているの?」

「使用人たちの間では、呪いの儀式とか、ブルーノ様が憑りつかれた、なんて言われていますけれど……」

「大変じゃない」


 本当に呪いの儀式だったとは!

 しかも憑りつかれてるって、何!


 何かを言おうとしたマリーを遮って扉に向かった。こうなったら突撃あるのみだ。


 トントン。


 扉を叩く。反応なし。


「失礼します」


 軽く扉を押すと、元々少し開いていたこともあって、スーッと動いた。まるでどうぞお入りくださいと言われたような気がして、わたしはもう一度だけ声をかけた。


「ブルーノ様、エレナです。入っていいですか?」


 返事はない。


「ブルーノ様、入りますよ?」


 やはり返事がないので、そのまま一歩踏み入れた。中はあまり広くないようだ。本棚の他には棚がいくつかあって、よくわからない鍋のようなものや器具が置かれていた。他の部屋と違ってどれも整頓されていない。


 奥にブルーノの後ろ姿が見えた。

 床に雑多に置かれているものを避けながら、一歩一歩注意深く進んだ。


「ふふ……ふふふ、もう少し、ふふふふ……」


 これほど近くまできているのに、ブルーノは気が付く気配がない。彼の前の机に置かれた鍋らしきものの中で、怪しい色の液体が火もないのにポコポコと沸いている。ブルーノはその横でゴリゴリと何かをすりつぶしているようだ。


「ぐふふ……」


 何に憑りつかれているのか。

 追い払わなくちゃ。どうやるのか知らないけど。


「ブルーノ様、大丈夫ですか?」


 すぐ近くで声をかけたら、ようやく気が付いたようだ。その顔のままくるりと首を横に向けて、わたしを見た。口端が上がっていて、目を見開き、ちょっと血走っている。いつもの無表情で冷たそうな感じとは全く違って、わたしは思わず「ぎゃっ」と声を上げてしまった。


「……エレナ?」


 ようやく気が付いたらしい彼は、すぐに表情をいつも通りに戻した。不思議そうにわたしを見て瞬きをしている。それに安心したのも束の間、その手元を見てわたしは腰をぬかした。


「血……?」


 赤黒いものが広がっていて、ブルーノの手をその色で染めていた。

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