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貧乏令嬢は呪いの伯爵と結婚したい  作者: 海野はな


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20.お菓子作り

 執務の手伝いをするようになってから、午前中は毎日執務室に通うのが日課になった。

 日に日に仕事量は増え、難しい仕事も回ってくるようになった。中には領外の人には知られないほうがいいだろうというものもある。


「あの、これ、わたくしが見ても問題ないのですか?」

「かまわない」


 かまわなくない気がするけれど、伯爵当主のブルーノがいいと言うならいいのだろう。チラッとヨハネスを見ると、苦笑していた。まぁ、わたしは与えられた仕事をこなすだけである。



 午後は基本的に執務手伝いがない。ブルーノは仕事をしているようなので手伝いたい気もするが、わたしがいない間にやる仕事もあるのだと思う。まだわたしは婚約者という身分であって、伯爵家の人ではない。領の機密といえるような仕事をすることはできない。仕方がない。


 ある日の午後、わたしは厨房を訪れた。


「ハンスさん、いますかー?」

「なんだよ……じゃなくて、エレナ様じゃないか。なんですか?」


 わたしを見て慌てて言葉遣いを直したので、「そのままでいいですよ」と言っておく。


「休憩中にごめんなさい。先日の食事、とっても美味しかったわ。どうもありがとう」


 先日とは、初めてのブルーノとの食事会のことだ。普段の料理もとても美味しいが、その日は特別に腕をふるってくれた。


「いえいえ、こちらこそお礼を言いたいですよ。食事会としてちゃんとしたものを作るのは久しぶりでね。腕が鳴りましたよ」

「そうなの?」


 伯爵は普段から豪華な料理を食べているのかと思ったけれど、自分一人のために作る必要はないと、簡素な食事で済ませることが多いらしい。簡素といっても当然庶民の食事とは違うけれど、先日のようにコースで出すというようなことはずっとなかったそうだ。


 お客さんが泊りがけでやってくるということもないので、ハンスは腕をふるう場が少なくて残念に思っているらしい。


「わたくしが言っていいことじゃないけど、ハンスの腕前ならば他の家でも働けるでしょう?」


 腕を振るう場がほしいのであれば、大きな家の方がたくさん作れる。その一家の食事だけではなく、お客さんを招くことも多いはずだ。


「俺は死にかけた時にブルーノ様に拾われました。だから、俺の命はブルーノ様のもの。捨てられない限り、ここを離れるつもりはないですよ」

「大変だったのね」

「まぁな」


 ハンスは苦笑した。

 自分の事じゃないのに、それだけブルーノが慕われていることが、なぜかちょっと嬉しくなった。


「だから、頻繁に食事会をやってくれると俺としては嬉しいですね。なんなら、毎日でもいいくらいだ」

「毎日あの料理を食べられるのは幸せだけど、食べすぎて非常にボリュームのある体型になってしまいそう」


 わたしはどちらかというと痩せ気味だ。子爵家ではひもじいほど食べられないわけじゃないけど、贅沢なものをいくらでも食べられるという生活ではなかったから。

 ハンスはガハハと笑ってから、わたしを上から下まで観察するように眺めた。


「ブルーノ様を誘惑するなら、もうちょっと肉付きが良いほうがいいんじゃないか?」

「ブッ」


 真面目な顔で言うから、思わず吹き出してしまった。


「いけねぇ、体型のことを言うとマリーさんに怒られてしまう」

「ブフッ」

「笑いごとじゃないんだ。本当に怖いんだから」


 マリーの娘のアリーとリリーは決して太っていないが、マリーはちょっと、その、柔らかそうな体型をしている。


「ところでハンス、相談があってきたんですけど、今いいかしら?」

「なんですか?」

「ブルーノ様にお礼がしたいの。わたくしが毒に倒れたとき薬を作って救ってくれたでしょ。それから食事会に招待してもらったし、ここでの待遇はすべてブルーノ様のおかげ。それなのに、何も返せていないから」


 何か贈りたいけれど、どんな物を贈ると喜ばれるのかわからない。ブルーノはお金には不自由していないからモノには困っていないだろうし、そもそも残念ながらわたしには財源がなくて、買い物をしようとすれば結局ブルーノから出ているお金を使うことになる。意味がない。


 それならば、何か作ろうと考えたのだ。実家では厨房に立つことも少なくなかったから、少しはできるつもりである。お菓子を作って仕事の休憩に出すくらいなら、迷惑にはならないはず。


 そんな説明をつらつらとしたら、ハンスは「なるほど」と頷いた。


「ブルーノ様は甘い物は好きかしら?」


 食事会のデザートは残さず食べていたので、嫌いではないと思うけれど。


「好きですよ。実は結構、甘党です」

「えっ、そうなの」

「甘いものは好まれますが、甘けりゃいいってもんじゃない。むしろ甘さ控えめな甘い物が好きですね」

「甘さ控えめな甘い物」

「ついでに、甘いだけの菓子よりも、少し酸味が入っている物の方が好みです。だからといって、酸っぱいのは苦手です」

「詳しい」

「そりゃ、専属の料理長ですから」


 ハンスはドヤッと胸を張る。

 思わずたくさんの情報が得られた。ここで働いている人たちは皆、ブルーノの事を慕っている。だから、ブルーノの為になると思われることについては熱心に教えてくれるし、手伝ってくれる。


 ハンスと相談した結果、わたしが作れそうでブルーノが好みそうなものとして、フルーツ入りのパウンドケーキを焼くことになった。厨房は食事の準備で忙しい時間でなければ貸してくれるそうだ。



 結果を述べると、フルーツケーキは非常に上手に焼けた。手は出さないが口は激しく出すハンス先生がそれはもうやかまし……懇切丁寧に教えてくれたからだ。おまけに材料まできっちり揃えてくださるという親切仕様で、これは本当にわたしが作ったと言っていいのだろうか? と疑問になってしまう。


 味はハンスの他、マリーとアリーも絶賛してくれたので問題ないはずだ。あとはいつ持っていくかだけれども。


「マリー、いつお出しするのがいいかしら?」

「今から参りましょう」

「今から?」

「ちょうどお時間もよろしいですし、今です」

「あっ、ハイ」


 マリーが今だと言うならば今なのだ。

 だんだんこの館の力関係が分かってきた。マリーには従っておけ。これが使用人の暗黙のルールだ。使用人の中で一番立場が上のヨハネスでさえ、マリーには一目置いている。


「でも母さん、今日、ブルーノ様は離れではなかった?」


 アリーの言葉に、茶器を準備していたマリーの手が止まった。


「そうだったわね」

「あの、わたくしは離れには行かない方がいいのかしら?」

「行かないようにと言われていますか?」

「いいえ。本邸は好きに動いていいと言われているけれど、離れについては何も」

「それなら問題ないでしょう。エレナ様が大丈夫ならば」


 マリーは意味ありげにわたしをぎょろりと見て、口端を上げてニヤリと笑う。

 わたしが大丈夫ならば?


「離れはこわーいところですよ?」

「母さん、楽しんでるでしょ?」


 意味がよく分からなかったけれど、マリーが準備を再開したので、行くことは決定したらしい。わたしは首を傾げながら、マリーに従って部屋を出た。

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