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貧乏令嬢は呪いの伯爵と結婚したい  作者: 海野はな


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18/65

18.お仕事ください

 翌朝、わたしは珍しくアリーの声で目を覚ました。容赦なく天幕がバサッと開けられて、急な朝の光が眩しすぎて目をすぼめる。


「おはようございます、エレナ様。すごい顔になっていらっしゃいますよ」

「おはよう、アリー。元々こういう顔よ。すっかり寝過ごしてしまったようね」

「失礼しました、素敵なご尊顔ですこと。昨日飲みすぎたんじゃないですか?」


 昨日? なにがあったっけ?

 まだぼんやりとする頭をなんとか動かしてみる。

 そして、急に覚醒した。


 やばい、いろいろやらかした気がする!


「わたくし、伯爵さまに何か変な事を言ったかしら?」

「変な事は言っていないと思いますけど、積極的でいらっしゃいましたね」

「積極的?」

「『カッコいい』とか、『見惚れた』とか、聞いているこちらがドキッとするようなことを当然のように言ってましたね」


 カッコいい?


 たしか昨日の夕食では、初めての伯爵との食事だと力んで、テーブルマナーやら何やらに気を使って、柄にもなく緊張して、結構飲んだな?

 ワイン美味しいなと思って、会話するのに気を使って、ワインに手を伸ばして、飲んでも減らなくて、むしろいつの間にかワインが増えてて……って今考えたら、なくなりそうなところで給仕してくれてたんだよな、気付けよわたし!


 ええと、それでどうしたんだっけ?


「『好きです』とも言ってましたね。覚えてないんですか?」


 好き……言ったな!


 なんだか気持ちがほわほわとして、いろいろ話したことは覚えている。

 うん、全部覚えてるわ!


 忘れている方が幸せだったかもしれない。いやどうだろう、何をやらかしたかわからないよりは良いのかな。とにかく、全部覚えてる!

 好きですとか言っちゃってる、わたし、どうかしてる!


「グイグイ行くなって思ってました。金と権力の為に、なりふり構わない誘惑。必死ですねぇ」

「ゆ、誘惑……」

「してないとでも? お酒を一緒に飲みたいだとか、食事を共にする機会は次も当然あるものという言い方でしたけど?」

「……あああぁぁ」


 上半身だけ身体を起こしていたわたしは、そのまま前方に倒れ、ふかふかの布団に顔面をモフッとのめり込ませた。アリーが「意外と体柔らかいですね」と呟いているが、そんなこと気にしていられない。


 好きですとか、言ったよ。わたし、言ったよ。

 いやでもあれは顔が好きだという意味であって、好きか嫌いかと聞かれたら好きというようなニュアンスであって、そういう好きでは……。


「穴があったら入りたい」

「ないですからさっさと出てきてください。じゃないと朝食下げますよ」

「食べますっ」


 アリーは伯爵がわたしにつけた侍女で、伯爵からは「エレナを主だと思って仕えるように」と念を押されているらしいが、彼女が心酔しているのは伯爵だ。実際の主であるのも伯爵だ。伯爵の言う事には忠実なので、一応はわたしを主だと思えなくもないかもしれない努力をしようとしてくれているらしいが、いかんせんそういうわけで、わたしに対しては容赦がない。


 だから、「朝食下げますよ」と言ったら彼女は本当に容赦なく下げる。わたしは飛び起きて朝食を死守した。


 昨日そこそこ飲んでしまったようだけれど、特に身体が怠いことも頭が痛むこともなく、朝食は美味しくいただいた。貴族待遇になってから朝食も豪華になり、美味しくて食べすぎてしまう。


「今日は何か予定があるかしら?」

「開き直るの早いですね」

「ま、いろいろ言っちゃったけど、嘘は言っていないし。たぶん伯爵さまにも今日は会わないでしょうし」

「朝食後の時間にマリーが来ますけれど、その後は何もございません」


 マリーが来るというのは、わたしがお願いしている貴族のマナーレッスンだ。


「それなら、終わったら掃除に行くわ」

「もう掃除はしなくていいのですよ? 本来は使用人の仕事ですから」

「追い出されたら困るから、少しでも役に立とうと思って」

「ブルーノ様のお役に立ちたいという気持ちは非常によくわかるので歓迎します。素晴らしい心がけです。それでこそ婚約者様でいらっしゃる」

「おだてられても、やれるところまでだからね」


 倒れたらまた迷惑かけてしまうから。


「言っておきますが、私は掃除しなくて良いと言いましたからね」

「わかってるわよ。わたくしが自主的にやっているのです、何もしなければブクブクに太ってしまいそうなので、身体を動かしたいのです、これで完璧でしょ」


 本当に太る。食事が美味しすぎるのでいけない。



 その日の午後。

 廊下を歩いていると、会わないと思っていた伯爵にばったりと出会った。掃除途中だったので、箒とバケツを持っていた。その姿を見て、伯爵はチラッと横にいるヨハネスに視線を送る。ヨハネスは「知りません」というように小さく首を横に振った。


「あ、違うのです、これはわたくしが自主的にやっているのであって、強制されたわけじゃないんです。食事が美味しすぎて、何もしなかったら太ってしまいそうですし、時間だけはたっぷりありますし、あ、その」


 考えていた言い訳をつらつら述べて、挨拶してないじゃん、と思い出した。ついでに昨日の夕食時のやらかしも思い出して、顔に熱が上る。昨日のお礼もしてないじゃん。

 ああぁ、とにかく今は、挨拶が先。


 あたふたしながらバケツを横に置くと、勢いが良かったようで入っていた水がバシャンと跳ね、それに驚いて手を放してしまったために箒がバタンと勢いよく倒れた。

 あぁ、もう……。


「とりあえず、落ち着こうか」

「ハイ」


 返す言葉もありません。


「ええと、伯爵さま、ごきげんよう」


 この時点でごきげんようもなにもないが、所作にだけは気を付けてお辞儀をすると、なにやら口元を隠して目を逸らされた。やってしまった。完全に駄目だ、これ。


「昨日は素晴らしいお食事をありがとうございました。わたくしにとっては非常に楽しく有意義な時間だったのですけれど、どうやらお酒を少し頂きすぎてしまったようで、不快な気分にさせてしまっておりましたら申し訳ございません」

「いや、そのようなことは、特に」


 また視線を逸らした伯爵を、ヨハネスがじぃっと見ている。その視線に伯爵が気が付いたようで、少し目線を彷徨わせた。


「……俺も、楽しかった」

「そうなのですか? それならば良かったです」


 ヨハネスは満足そうにしている。何が言いたいのだろう。


「そういえば、今日はマスクをしていらっしゃらないのですね」

「あぁ、君にもう顔を見られたし、怖がられるのでないならば隠す必要もないかと外した。していたほうがいいか?」

「いいえ、伯爵さまが楽な方でいいと思います」


 伯爵は「そうか」と呟くと少し目を細めた。やっぱり綺麗な顔だと思う。


「伯爵さまはまだお仕事ですか?」

「そうだな」

「お忙しいそうですね。あの、わたくしに何か手伝えることはありますか?」

「いや、とくに、ゆっくりしていればいいと思うが?」

「あの、これは伯爵さまの為に言っているわけではないのです。何もせずにゆっくりしているのは性に合わないみたいで、暇なのです。それから、子爵家との繋がりを強めたいという下心もございます」

「下心……」

「えぇ、たっぷり。ですので、何かできることがあればいくらでもおっしゃってください」


 今すぐにとは言わないけれど、少し仕事をもらえると嬉しいと伝えると、伯爵は考えるように顎に手を当てた。


「それならば、明日の午前中、執務室まで来てくれ。場所はアリーが知っている」

「いいのですか? 必ず伺います」


 小さく「やった!」と拳を握りしめると、伯爵がクッと笑った。


「本当に君は変わっているな」

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