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貧乏令嬢は呪いの伯爵と結婚したい  作者: 海野はな


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16.マナーを学びたい

 ね、眠れなかった……。


 目のくらむような家具や調度品に囲まれた部屋に移った翌朝、わたしは朝の光と共にむくっと起き上がった。

 広い寝台のマットは程よい弾力で、布団はふかふかを通り越してふっわふわのふっかふっか。たぶん、慣れれば素晴らしい寝心地のはずだ。だけどわたしには馴染みがなさすぎて、意味もなく緊張してしまい、落ち着かなくて寝付けなかった。


「すごい部屋ね」


 マリーによれば、この広さの部屋は他にもいくつかあるらしい。当主の部屋と当主夫人の部屋はもっと広いとか。


 平民の客間を何の違和感もなく使っていたわたしからすると、信じられない話である。改めて貧乏子爵家と伯爵家の違いを感じる。天と地ほど違う。


 わたし、こんなところの夫人になるの?

 大丈夫かしら?


 いや、大丈夫じゃない。絶対。

 なんとかしなきゃ、本当に追い出されてしまう。


 朝食を部屋まで運んでくれたのがマリーだと確認して、椅子に座ってピシッと背筋を伸ばした。


「マリー先生、お願いがございます!」

「侍女に敬称をつけない、敬語を使わない」

「わたくしにマナーを教えてください!」

「敬語を使わないところからやり直ししましょうか」

「わたくし、伯爵家に嫁ぎたいんです。追い出されたくないんです。お金と権力のために!」

「私の言う事、聞いてましたか? それから、お金と権力って言うのはやめましょうね。アリーが殺気を出しますから」


 笑みを深めるマリー。横から殺気を出すアリー。負けていられないわたし。睨み合いが続く。

 はっ、睨んじゃいけない、お願いしている立場なのだから。


「ひとまず、わたくしを助けてほしいの。このままだと、どう考えても伯爵夫人にはなれなさそうだもの。マリーだって、今のわたくしが伯爵の横に立てるとは思えないでしょう?」


 マリーは睨んでいた目を少し大きくした。それから少しだけ柔らかい顔になって、すぐに厳しい顔になった。


「エレナ様は本当に今までのブルーノ様の奥様と違いますね。わかりました。まずは食事のマナーからですよ。こちらの朝食をなるべく貴族らしく食べてみてくださいませ」



 この国には、良家の子女が通う王立の学校がある。基本的には十歳になった者が初等科に入学し、五年間通う。その上に中等科が三年、高等科が二年ある。

 この学校に通うのは義務ではないが、初等科を卒業していない者は貴族とはみなされない。だから、ほとんどの貴族の子女は初等科までは卒業する。

 中等科、高等科に進むにつれ、進学する人数は減る。


 わたしは一応初等科は卒業しているので、最低限のマナーについては勉強している。できているかは別として。

 ただ、わたしの場合、卒業したといってもあまり学校に多く通っていない。必ず受けなければいけない授業や実技を除いては、試験に合格すれば単位をもらえるので、家で勉強して試験を受ける、という繰り返しだったからだ。


 なにせ、通うお金がないから!


 同じ理由で中等科には進んでいない。

 おかげであまり他の貴族たちと交流する機会が多くなかった。それに加えて子爵家はけっこう緩かったから、あまり貴族の常識を学べなかったのだ。


 というのは言い訳だけど!



「マリー、ちゃんとしたテーブルマナーで食事ができるようになったら、伯爵さまと一緒に食事を取ることもできるかしら?」


 夕食時。背筋を伸ばして、かぶりつきたい肉にナイフを入れる。口に入るサイズに切って口に運ぶ。なるべく音は立てない。このナイフ、切れ味がいいわね。


「それはいいですね。ブルーノ様、いえ、ヨハネスに相談しておきましょう」

「ヨハネスに?」

「ブルーノ様の予定を調整しているのは彼ですから」


 給仕はリリーだ。リリーもまた給仕の勉強中らしい。音を立てずにスッとお皿を出すのもまた難しそうである。


「お食事をご一緒できたら嬉しいけれど、お忙しいようですから、無理しないようにお伝えしてね」

「多少無理してでも……いえ、かしこまりました」



 すぐに話を通してくれたらしく、伯爵と一緒に食事ができることになった。

 二日後の夕食に。


 早くない?


「何事も練習と実践あるのみです。大丈夫です、ブルーノ様はテーブルマナーができていないからといって怒るような方ではありません」

「本当に大丈夫かしら?」

「大丈夫です、エレナ様が言葉を発しなければ。存在だけならば優雅そうに見えますわ」

「えっ?」



 二日後。

 夕方、わたしは未だに慣れない豪華な自室でアリーに着付けられていた。ダイニングルームでの晩餐という形になるそうで、正装とまではいかないけれど、それなりにちゃんとした服装のほうがいいらしい。


「アリー、大丈夫かしら? 粗相して今すぐ出ていけとか言われない?」

「大丈夫です。ブルーノ様はそんなことをおっしゃる方ではありません。それより、食事をされるということは、ブルーノ様のお顔を見ることになりますね?」

「あ、そうね」


 食事をするためにはマスクを取らなければならないから、必然的に見ることになるだろう。ずっとマスク姿しか見ていないから、怖いような、楽しみなような。


「私はいつも、心臓が爆発しそうな気分になります。倒れないように、心構えを」

「えっ?」


 どんな心構え?

 化け物みたいという噂だけれど、見ただけで卒倒しそうなレベルなの?


「それにしても、ブルーノ様と食事を共に召し上がるだなんて……うらやましいいぃぃぃ」

「ぎゃあ、痛い痛いまってまってキツイそれ以上締めないで苦しいぃ!」


 アリーはすごい顔をしながら着付けているドレスの紐をギューッと引っ張ってきた。腰と胸がきつく締められて苦しい。これでは食事が入る隙間がない。

 ペシペシとアリーの手を軽く叩くと、パッと離されて、危うく後ろに倒れそうになった。なにくわぬ顔をするアリーにジトッとした目を向ける。


「失礼しました」

「アリー、絶対伯爵さまのこと好きだよね?」

「好きは好きでもそのような好きではございません」

「ふーん?」



 食事をする部屋であるダイニングルームの隣にはソファの置かれた別の部屋があって、この部屋で食卓を囲む人がそろうのを待つことになっている。全員がそろって、食事の準備ができたと声がかかってから移動する決まりになっているそうだ。

 この部屋はその他に、食後にもう少し話がしたいときや、お茶を飲んで語らうときなどにも使うらしい。


 ソファに腰かけて本を開いてしばらく待つと、伯爵が入ってきた。顔は相変わらずマスクで覆われている。わたしは立ち上がって伯爵の前に進み、お辞儀をした。


「今日はお食事の席にお招きいただき、ありがとうございます」

「あぁ」


 こちら側からお伺いをたてた話ではあるが、家主は伯爵なので、彼がわたしを招待した、ということになるらしい。そういうしきたりって、面倒くさい。


「体調はどうだ?」

「問題ありません」


 少し雑談を、と話題を探したところで、「お食事の支度が整いました」と呼ばれた。たぶん伯爵がきたらすぐ呼べるように、準備は整っていたのだと思う。


 伯爵の後についてダイニングルームに足を踏み入れると、そこは貴族の部屋と同じように重厚な雰囲気だった。木製の大きな楕円のテーブルの上には重そうな花瓶にたくさんの生花がさされている。椅子は片側三脚ずつ、合計で六脚あるだけだが、それは今日ここで食事をとるのが伯爵とわたしだけだからだろう。詰めれば十人以上は座れるだろう大きさだ。


「エレナ様、こちらへどうぞ」


 椅子をスッと引かれ、席に着く。テーブルにはすでにお皿とカトラリー、いくつかのグラスが並べられていた。えーっと、これ、全部使うのかしら? まずはどうするんだっけ。ナプキンを膝に?


 伯爵の作法をチラ見しようとして、顔を上げて気が付いた。


 伯爵の席はこの広いテーブルの対角線上。わたしと一番離れている席だ。しかも、真ん中にドーンと生花が飾られていて、伯爵までの視界が遮られている。


 ……遠くない?

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