14.謝罪理由
マリーは、伯爵の二度の結婚があまり良くないものであったことを話してくれた。そして、また伯爵の望まない婚約話が出たので、使用人たちがそれを阻止しようとしていたと語った。
「わたくし、追い出されそうになっていたのですか?」
伯爵から婚約期間が終われば実家に戻るようにとは言われたけれど、その前に戻されようとしていたなんて全く気がつかなかった。
目を丸くして口を押さえると、マリーとアリーも同じような顔をしていた。
それから、これまでのいきさつを聞いた。何でも、平民仕様にして怒らせようとしたり、わたしの世話を一切せずに放置したり、朝食をわざと下げたり。
「あれって、わざとだったんですか……」
「わざとじゃないと思ってたんですか……」
そろって絶句する。
「ちなみに、使用人たちの行動について、ブルーノ様は全く関与されていません。エレナ様が倒れて、今の状況をブルーノ様に知られまして、叱られました」
「はぁ」
という経緯で、皆さんそろって「申し訳ございません」の合唱になったそうだ。
「でも、エレナ様が今までの奥様たちとは違うと皆気が付き始めていましたから、ちょうどいい頃合いでした」
何がちょうどいいのかわからないが、わたしがご令嬢らしくないということは伝わった。自覚はあります。
「まず、侍女長として今までの使用人たちの行動について、改めてお詫びします。その上で聞いて頂きたいのですが、私たち使用人は、皆、ブルーノ様に幸せになって頂きたいと思っています」
主の幸せを願うゆえの行動だったことを力説された。
「伯爵さまは皆に慕われているのですね」
自分の婚約者が慕われているというのは嬉しいものだ。追い出されそうになってるけど。同時に、ひどい噂ばかり聞いてきたわたしにとって、それはとても安心できることだった。
「私たちはこれから、エレナ様をブルーノ様の婚約者として相応しいように、お世話させていただきます」
言っていることはありがたいのに、妙な圧を感じるのはなぜだろう。マリーの顔が笑っていないからだろうか、なんだか嫌な予感がする。これからきっちり躾けられそうな、そんな予感。
「ところでエレナ様はご実家に戻りたいですか?」
「えっと、実家が恋しくないかと言われればそんなことはないのですけれど、わたくしはこの家の者になるつもりで来ましたので、また実家に戻って生活することは想定していません」
ちょっと答えがズレたかもしれないけれど正直に答えた。まだこちらに来て一月だ。一生ここで過ごしたいと思えるほどにはなっていないし、実家のあの温かさを思い出すと寂しくなる。帰りたくないわけがない。だけど一言「帰りたいです」と言ったら強制送還されそうだ。
「これからもずっとこちらで過ごすおつもりだと思っていいでしょうか?」
「そうしたいと思っています」
はっきりと言い切ると、マリーが不思議そうに首を傾げた。視界の端に首が全く同じ角度のアリーが映る。
「ご実家の待遇が悪いわけではなさそうですし、ブルーノ様も戻っていいと言うならば、戻ればいいのでは? こちらに留まりたい理由があるのですか?」
「ありますよ!」
「伯爵夫人の地位ですか?」
「それもほしいですし、権力、それからお金!」
わたしがグッと拳を握りしめると、二人の顔が険しくなったことで失敗を悟った。正直に言おうと思っていたら、そのまま正直に出てしまった。ここは嘘でも「伯爵さまのお力になれればうんぬん」と言っておくべきだった。
「あ、の、違うのです」
「何が違うのです?」
「実家の子爵家はとても貧乏で、支えられたらな、って……」
「ほぉ」
「同時に、伯爵家の力になれることがあれば……」
アリーが一歩踏み出す。
「母さん、やっぱり追い出そう」
「許可します」
「まってまってまってまって!」
「待たない。伯爵家の財産は少したりともわたさないんだからっ」
「まってアリー、今追い出されたら死んじゃう。わたし、見ての通り弱ってる!」
ギャーギャー騒いでいると、ガチャと扉が開く音がして、リリーが顔を出した。静かにすました顔で来訪を告げる。
「ブルーノ様がいらっしゃいました。お通ししてもよろしいですか?」
「あっ、ハイ」
失礼する、と入ってきた伯爵を見て、アリーは一瞬で顔を戻して壁側に控えた。マリーもスッと立ち上がってアリーの横につく。態度変わるの、早っ。
「なにやら賑やかな声が聞こえたが、体調は良さそうか?」
挨拶をするために起き上がろうとして、ぐらっと身体が揺れた。アリーたちと言い合って気持ちは上がっていたが、体はまだ本調子ではないらしい。
「そのままでいい。動くな」
「申し訳ございません」
「いや、謝るのはこちらだ。話は聞いたな? 申し訳なかった。おかげで君はこうして毒に倒れた」
「毒を口にしたのはわたくしですし、魔力を使いすぎたのもわたくしです。本当にすみません」
役に立とうと思ったのに、迷惑をかけてばかりだ。
ああぁ……。
今さらながら落ち込んできた。
「あの、お薬を作って下さったと聞きました。ありがとうございました」
「あぁ」
伯爵は少しだけ何かに迷う仕草をみせ、寝台横のマリーが先程まで座っていた椅子に腰かけた。
「少し触れるが、いいか?」
「はい」
伯爵の手が額に、首筋に触れる。少しひんやりしている。
「落ち着いてきているが、まだ熱があるな。身体で動かしにくいところはあるか?」
「少し身体が重くてキシキシするような感じがありますけれど、問題なく動きます」
「あれは神経の方に回りやすい毒だった。キシキシするというのはその影響がまだ残っているのだろう」
なにそれ怖い。
「明らかに動かしにくかったり、ひどく痛むということがなければ徐々に良くなる。復帰までは一週間程だな」
薬を作れて、そこまで予測できるって、伯爵は一体何者なんだろう。
「水は飲みたい時に飲んでいいが、冷たいものは避けるように。それから食事は柔らかいものから、無理せず食べられるだけ食べるといい。料理長には話してある。それから、薬も一緒に届ける。こちらは必ず飲むように」
「はい」
一息に指示を出すと、伯爵はじっとわたしの顔を見た。顔色で診断しているのか、それとも何かついてる? さっき拭いたので大丈夫だと信じたい。
「何か聞きたいことはあるか?」
「伯爵さまはお医者さまですか?」
「……医術も学んでいるが、正確には違う。俺は魔術師で、薬師だ」
「へぇ、そうなのですか。それではわたくし、とても幸運だったのですね。すぐに解毒薬を作ってもらえて、診てもらえるなんて」
怖い噂ばかりで、伯爵が何をやっている人なのか全然知らなかった。薬は詳しくないけれど、魔術ならば少しはわかる。どの系統が得意なのか今度聞いてみよう。
「何かあったら呼びなさい。また明日来る。アリー、頼んだぞ」
そう言うと、伯爵は椅子から立ち上がった。伯爵の後ろ姿を、アリーが目に焼き付けるように見ていた。




