13.いきなりの謝罪
目を覚ました時、わたしは非常によくわからない状況に直面していた。
「申し訳ございませんでした!」
寝台に上半身だけ起こした状態のわたしに向かって、なぜか一斉に頭を下げる使用人たち。
「…………はい?」
一体なにが起こっているのだろう。もう意味がわからない。
ほんの少し、時間は遡る。
ぼんやりと意識が浮上したとき、あたりは明るかった。
今はいつだろう? 夜ではなさそうだ。えっと、ここはどこだっけ?
「よかった……」
なんだか声が聞こえる。誰?
身体がひどく怠い。汗をかいたみたいで、じとっとして気持ちが悪い。
支えられて上半身を起こすと、関節がキシキシと痛む。
えーっと、何があったんだっけ?
一生懸命考えてみるけれど、頭が働かない。
「お水です。飲めますか?」
あぁそうだ、彼女はアリーだ。それで、ここは伯爵家。
でもここで寝た記憶がない。
口に触れた水がとても気持ちがいい。どうやら喉が渇いていたらしい。もっと飲みたいと思ったところで、すぐになくなってしまった。
「あの、使用人を部屋へ入れてもよろしいでしょうか?」
そう聞かれた気がする。ぼーっとする頭で深く考えずに頷くと、ぞろぞろと使用人たちが入ってきた。それを見て、少しだけ靄の中だった意識レベルが上がった。
なんだろう?
それでもまだぼやけた頭で呆然としていると、ずらっと並んだ使用人たちが悲壮な顔をしてわたしを見ている。
夢?
まだ夢の中なの?
そういえば、倒れたような気がする。
頭を必死に働かせると、意識を失う直前の光景が思い出された。
ハッとする。意識が急浮上して、視界がクリアになった。
そうだ、菜園にいて、たぶんだけど、倒れた。理由はわからないけれど身体がぐらっとして平衡感覚を失った記憶はある。そこで途切れているから、たぶん誰かがここに運んでくれたのだろう。
身体がひどく怠いのはきっと良くないことが起こっているから。
目の前に並んだ悲壮感漂う使用人たち。
あれ、わたし、もしかして天に召されるところ?
それで皆が集まった? 最後のお別れ的な?
慌てて両手を出し、軽く握って開く。動いてる。頬をつまんでみる。ちょっと痛い。
よかった、これ、たぶんだけど、現実。
えっ、よかったの? むしろこれからさようなら?
残り時間は少ないです、みたいな?
えっ?
混乱しながら横を見ると、使用人たちの視線が集まっていることに気がついた。
「お、おはようございます?」
「申し訳ございませんでした!」
なぜか一斉に頭を下げる。そして、冒頭の疑問だ。
えっと、なにがあった?
振り返ってみても後ろには壁があるだけで、ということは、わたしに向かって謝っているらしい。なぜ? 謝られる覚え、ないけど?
全く頭が追いつかない。
頭を下げ続ける使用人たち。
ととと、とりあえず、えっと、どうしたらいいんだろう?
「あの、頭を上げてくださる?」
「ありがとうございます」
ヨハネスが代表してお礼を言うと、皆がザッと顔を上げた。
怖い、怖いよ。わたし、何しちゃったの? それともされたの?
これからされるの?
「えっと、な、何があったのでしょう?」
目を白黒していると、マリーが「私が説明します」と他の人たちを部屋から追い出してくれた。部屋の中がわたしとマリー、アリーだけになって、少しホッとする。目覚めの一斉頭下げは心臓に悪い。
質問しようとして「あの」と声を出したものの、疑問だらけで何から聞いたらいいのかわからないことに気がついた。どぎまぎしているとマリーはわたしの側まで来た。何かに気がついたのか、一度下がってアリーに小声で指示を出している。
「エレナ様、少し身体を動かしても大丈夫ですか?」
「はい」
「では、お召替えをいたしましょう。お風呂はまだ無理ですが、汗をかいているようなので身体を拭きましょうか」
馬車の中とは違って柔らかい声だ。了承の意で頷くと、アリーがさっとカーテンを閉め、すかさずマリーに布団を取られ、衣服も剥ぎ取られた。肌着まで、全部。
えええっ? と声を出す暇もなかった。
あっ、臭かったんですね?
わたし、汗臭かったんですね?
続いてアリーが濡れたタオルを一枚わたしに、もう一枚をマリーにわたす。タオル、あったかいな、なんてことをぼんやり考えている間にマリーが手際よく身体を拭き、アリーはわたしの髪を梳かして軽く結った。
「お顔を拭いてください」
「あっ、ハイ」
そのためのタオルですね。呆気に取られておりました。
新しい肌触りの良い肌着をパサッと被せられる。
「一度立てますか?」
「あっ、ハイ」
よろめきながら立ち上がろうとすると、マリーに支えられた。
マリー、意外と力がある。
あれよあれよという間に着付けられる。部屋着なのだろう、柔らかい素材でできていて、ところどころに刺繍が入った新しくて高そうな服だ。
うん、高そう。汚したらどうしよう。クリーム色って、汚れ目立つよね。
その間にアリーが布団をベリッと剥がして持っていってしまい、あああわたしの柔らか布団! と思っている内に新しい布団が持ち込まれて敷かれた。
二人の早業に、わたしはただ目を丸くして立ち尽くすことしかできなかった。呆気にとられている内に終わったらしく、また寝台に戻された。カーテンが開かれ、明るい光が差し込んでくる。
すごい、これが一流の侍女なのか。
「さて、どこからお話したらいいでしょうか」
「あっ、ハイ」
そうでした、説明を聞くはずでした。
一仕事終えたマリーとアリーがピシッと寝台の横に並んで立つ。どうにも落ち着かなくて、椅子を勧めた。少し戸惑うような様子を見せながらもマリーは椅子を持ってきて座り、アリーは壁際まで下がった。
マリーによると、わたしが温室近くで倒れたのは昨日で、今はもう昼を過ぎているらしい。丸一日近く眠っていたことになる。そもそもなんで倒れたのだろう?
「ブルーノ様によれば、魔力不足と毒だそうですよ」
「毒?」
「詳しくは後でブルーノ様に聞いていただきたいのですが、白い小さいカブみたいな植物を食べませんでしたか?」
思い返してみる。食べたな。ちょっとピリッとしたやつだ。あのカブもどきは辛みがなくほのかに甘味があるはずなのに、辛くて渋みが少しあったので、おや? とは思ったのだ。
「あれ、毒草らしいです」
「えっ」
「ブルーノ様がすぐに解毒薬を作ってくれたのですよ」
「ブルーノ様が?」
「そうです。もし解毒薬がなければ……」
「なければ?」
ぐぐぐっとマリーが顔を近付けてきた。なに、怖い。ゴクリと唾をのむと、マリーはスッと顔を引いた。
「回復が遅れましたね」
「そ、それだけ?」
「死にはしないって言ってました。ただ、最悪どこかに麻痺が残ることもあるそうですよ。ブルーノ様に多大なる感謝をするように」
「あっ、ハイ」
なぜだろうか、非常に圧を感じる。
よろしい、というようにマリーは大きく頷いた。
「ところで、なぜ皆さんがわたくしに謝ってくるのでしょう?」
「何も気付いていらっしゃらないのですか?」
「えぇ、思い当たるところがないのですけれど?」
軽く首を傾げると、マリーはアリーと目を見合わせて唖然とした顔をしていた。
「ええと、では説明しましょう。まず、ブルーノ様は二度結婚していらっしゃることはご存じですね?」




