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貧乏令嬢は呪いの伯爵と結婚したい  作者: 海野はな


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11.菜園

 伯爵家に来て、早くも一月が過ぎた。

 こちらでのわたしの生活は、朝起きてわたしが使っている部屋の掃除をし、身支度を整えて朝食を食べたら掃除などのお手伝いをする。途中で昼食を取って、また手伝い。夕食を食べたら寝る。そんなのんびりした日々で、とても幸せである。


 使用人が足りていないというのは本当らしく、掃除しきれていない部屋がたくさんある。どれだけ部屋があるんだこの館。パーティーができる広さのホールに、本の詰まったライブラリー、茶会室。ご家族が住んでいたという部屋はどれも風格があって圧倒される。


 上流階級の方々はこんな部屋で暮らしているのか。

 もしかしたら、わたしも伯爵と結婚したら、このような部屋になるのかしら。落ち着かない事この上ない。


 お客様を泊めるための客間も様々な種類があって、ご家族で泊まれるような広い部屋から、個人で泊まるための部屋、内装も落ち着いたところもあれば華やかなところもあった。きっとお客様によって使い分けているんだろう。


 いやー、これは無理だわ。

 全部を綺麗に保つなんて、そりゃ無理だわ。


 そういうわけで、使うところを整える、というやり方になったらしい。

 それでもずっとほったらかしにはできず、時折手をいれなければならないから、とても助かると言われた。


 ふふふ、わたし、役に立ってる?



 この国では、ほとんどの人が魔力を持っている。だけど、それを使うことができるのはごく一部だ。魔力を扱えるようになるには、長期間にわたる勉強と訓練が必要だからだ。教師と訓練のための費用、時間、本人の才覚と努力なくして魔術は使えるようにならない。それゆえに、魔術を使える者は少数で、予算を捻出できる貴族が多い。


 魔術を使うのは職人技、とでも言ったらいいだろうか。

 一般的には、魔力を扱えるようになるまで十年、特定の分野において淀みなく使えるようになるまで更に十年が必要だと言われている。


 なので、魔術師を多く輩出しているような家柄の子供は、小さいころから英才教育を受けるらしい。


 わたしの場合は祖母が魔術師で、本人曰く「若い頃にはわたくしの右に出る人はいませんでしたわ」という人だった。本当かどうかは知らない。

 わたしたち兄弟は祖母にごりごりに鍛えられた。きつかった。死ぬかと思ったことも手の指の数では足りない。見た目は優雅なおばあ様なのに、わたしたちはその声が聞こえるだけで背筋がピンと伸びたものだった。ついでに顔色も変わった。青い方向に。


 おかげでわたしは魔術をそこそこ使える。


 この館にはたくさんの部屋があるけれど、使用していない部屋の埃を集めるくらいならば風魔術でわりと簡単にできる。


 あの血のにじむようなではなく実際に血のにじむというかガッツリ流血の努力が役に立っているよ。

 ありがとう、おばあ様!

 わたしは天に向けて祈った。


 なお、祖母は健在で、今でも活発にいろいろな地を飛び回っている。もういい歳だと思うが、当分は死なないだろう。



 伯爵は基本的に離れにいるらしい。こちらの本邸で仕事をすることもあるけれど、広い館の中なので、偶然出会うということはあまりない。一月経つというのに姿を見かけたのは数えるほどだし、顔を合わせて言葉を交わしたのは初日を除いて一度だけしかない。



 その一度だけの日、わたしは掃除を終えて部屋に戻るところだった。廊下の角を曲がったところで前方にヨハネスと伯爵と思われる背中が見えた。


「伯爵さま」


 声を掛けると伯爵は足を止め、一拍おいてからわたしのほうを向いた。顔には布がある。館の中でも常に顔を隠しているのだろうか。

 わたしは令嬢らしい最速の歩きで伯爵の前まで行き、軽く礼をした。


「お久しぶりです」

「あぁ。何か用があったか?」


 え? と見上げると、紫の瞳がどこか不思議そうにわたしを見ていた。とくに用があったわけじゃない。伯爵は忙しい、とアリーが言っていたのを思い出す。


「特に用事はありませんが、お姿が見えたものですから、思わず声をおかけしてしまいました。お引止めしてすみません」

「そうか……いや、かまわない。こちらでの生活には慣れたか?」

「はい。おかげ様で、毎日楽しく過ごしています」

「困ったことはないか?」

「いえ、皆よくしてくださいますから、大丈夫です」

「そうか。何かあれば、遠慮なく言ってくれ」


 わたしを気遣ってくれているらしい。

 やっぱり、噂のようなひどい人には見えないなと思う。

 残虐だとか見ただけで呪われるとか、気に入らなければすぐに殺されるとかいろいろ聞いたけれど、そんな人がこちらを気遣うような言葉を掛けるだろうか。


 そんなことを思っていたら、気付かぬうちに見つめ合う形になってしまっていたようだ。ハッとしたように伯爵が目を逸らし、そのままくるりと踵を返してしまった。


 伯爵家にきてから一月の間で交わした会話はそれだけである。

 わたしは伯爵夫人になって金と権力を手に入れたいのに、このままでは本当に婚約期間が終わったら実家に戻されてしまう。少しでも伯爵とお話する機会があればと思っていたけれど、一月に一度きりとはこれいかに。


 しかも、どうやらわたしは避けられているようなのだ。


 昨日のこと。

 廊下を歩いていたら、伯爵が角から曲がってくるのが見えた。わたしは彼の姿を捉えたし、伯爵もわたしに気が付いていた。その瞬間、あちらはサッと戻ってしまったのだ。


 なぜ。


 ちょっと距離はあったが、お互いにそのまま進めばすれ違うはずだった。忙しいかもしれないが、挨拶するくらいはできるだろうと思っていたのに。慌てて追いかけてみたけれど、すでに姿はなかった。


 何か忘れ物を取りに戻ったのかな、と思いたかったけれど、もう似たような状況が三度目だ。避けられている気がしてならない。



 どうしたものかと思いながら午前中に掃除を終わらせ、昼食を取ってから菜園に出た。

 この菜園は厨房の裏手だろうという予想は当たっていて、時折料理人が収穫しにくる。


「あ、ハンスさーん! 昨日の人参スープ、美味しかったでーす!」


 ハンスが裏口から出てくるのが見えたので手をふると、あちらも軽く手を上げてくれた。ハンスは若く見えるけれど、料理長なのだそうだ。先日「固いパンも美味しいけれど柔らかいパンも好きです」と正直に言ったら、柔らかいパンも出してくれるようになった。ハンスが焼いているらしい。これがまた美味しい。


 そのふわふわパンに作ったベリージャムをつけて食べるのが、最近のお気に入りだ。


 余談だが、庭の木にベリーがたくさんなっていたのを見つけたのは先日のこと。


 庭師のおじさんにもらっても良いか聞いたところ、「かまわないけど、酸っぱいよ」と許してくれた。どうせこのまま落ちるだけだからいくらでもどうぞと言われてたっぷり収穫し、厨房に持ち込んだ。


 最初嫌な顔をしたハンスだったけれど、わたしが自分で作るからとお願いしたら厨房を貸してくれた。わたしを睨むように見ているけれど、そっと砂糖を横に出してくれたあたり、怖い人じゃないと思う。きっと自分の厨房を荒らされないか心配だったんだろう。



 さて。

 いつもの作物が植えられている場所はそんなに手入れをしなくても大丈夫そうだったので、今日は別の場所をやることにした。


 少し離れたところに温室のようなものが見える。庭師のおじさんに聞いたところ、それは伯爵が管理しているそうで、おじさんも入ったことはないらしい。

 興味はあるけれど勝手に入るのはよくないだろうと思い、その近くを手入れすることにした。


 使用人の手が足りないのか最近はあまり手が入っていないようだけれど、雑草の生え具合からすると、植えれば作物がとれそうだ。


 低木になっている実をパクリと口に入れ、雑草を抜きながら食べられるものを物色する。


「これは食べられない、これも食べられない。ここは食べられないものが多いわね」


 お腹が空いていた。昼食の量が極端に少なかったわけではない。少しでも役に立たなきゃと思って、午前中の掃除を張り切りすぎたのだ。


 ちょっと魔力を使いすぎたな。


 魔力を使うとお腹が空く。なくなった魔力を作ろうと身体が頑張るためだ。あまり魔力を使うことがない人にはわかりにくい感覚のようだけれど、魔力を大量に使った後はいつもの二倍くらい軽く食べる。だから、昼食は取ったけれど、いつもの量では足りなかった。


 体内の魔力量が少ない感じがする。もっと食べたくて、それでいて少し眠い。身体が回復しようと頑張っている証拠だ。


「これは駄目、こっちは食べられる」


 小さなカブのようなものを見つけたので水ですすぎ、口に入れた。ピリッと軽い辛みが舌に広がった。甘い味のする野草を次に口にする。この草はシャキシャキと歯触りも良くてお気に入りだ。そんなふうに草を口にしながら作業を進めていく。


 しばらくそうしていると、足が疲れてきた。ふぅ、と身体を伸ばして立ち上がると、目眩がした。魔力不足と、ずっとしゃがんだ姿勢だったからだろうか。

 そしてそのまま、ぐらっと身体が傾く感じがした。


 あれ?


 平衡感覚がおかしい。なんとか体勢を整えなくちゃと思うのに、身体が言う事をきかない。立とうとしているのに、だんだんとどちらが上だか分からなくなってきた。


 あ、これはちょっと、やばいかも……。


 ドサッと身体が地面にぶつかった感覚がした。

 遠くで「お嬢ちゃん、おい、どうした?」という庭師のおじさんの声が薄っすら聞こえた気がした。それを最後に、わたしの意識は途切れた。

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