【ホラー】ゆきおんなが……
しいな ここみ様、【冬のホラー企画】参加作品です。
後半を少し修正しました。
「雪女が行きおんな……か」
正月の帰省前に現場の人間とプレハブ事務所で酒盛りをしていたとき、壊れた換気扇から風が吹き込む音を聞いて現場監督の馬庭がぽつりと言った。
突然の駄洒落かよと皆で笑ったが「そんなんじゃ……いや、忘れてくれ」と言って、口数の少ない馬庭がなおさら黙り込む。さらには「聞かんかったことにしてくれ。家じゃ『あれ』のことは禁句なんじゃ」などと意味深なことを言う。そう言われて気にならないわけがない。
しかし酒をすすめ酔いが回るにつれ、馬庭は「地元でも無いし、まあいいか……」と話し出した。
馬庭は雪国の出身だった。子供の頃の実家には両親のほかに祖父もいて、よく昔の話も聞かされたという。
馬庭の祖父の子供時代はまだ裕福とはいえず、家もすきま風が入ってくるような有様だったらしい。冬の強い風は虎落笛となり、村では特に吹雪の日のそれを「雪女が泣く」「雪女が迎えに来る」などとも言ったそうだ。
昔は凍死もよくあることだったから雪女は死神の使いでもあっただろう。あるいは裸火での火事が怖いから火を消して早く寝ろという教訓もあったのかもしれない。
そして馬庭の祖父も雪女が来ませんようにと布団の中で体を縮こめていたという。
馬庭が中学生のとき祖父が死んだ。ある冬の寒い朝に祖父は下着だけの格好で庭で凍死していたのだという。その顔は何故か満足げに笑っていたらしい。
その前の晩に祖父がリビングで「雪女が行きおんな……」と呟いたのだという。当時は家も建て替えてすきま風などあるはずもなく、雪女も「昔話」のはずだった。馬庭の父親も「ボケるにはまだ早いだろ?」とからかったが、「今日は早く寝ろ」と祖父に真顔で言われて、それに従ってその日は皆早めに寝たのだという。
祖父の葬式の日には本家の大伯母も来ていたという。そして祖父の死に様を聞いた大伯母は馬庭と家族に「きっと祖父は誰かの身代わりに『あれ』に連れて行かれたんじゃ。このことは今後は誰にも言ってはならんぞ。『あれ』の名前も口にしてはいかん」と厳命したのだという。
語り終えたとき馬庭の携帯が短く鳴った。「実家からだ。何だ……」馬庭が事務所から出ていく。それを合図に皆がそそくさと帰り支度を始める。
戻って来た馬庭が一言、「親父が行方不明らしい……何で……まさか俺のせいで?」
しかし誰もその「まさか」を偶然だと笑えなかった。馬庭はそのまま田舎に帰った。
馬庭の家族も後を追って田舎に帰ったがそこで再び会うことはなかった。彼もまた『ユキオンナ』と書き置きを残し実家から姿を消したのだという。
馬庭の父親の失踪があの日話した彼の身代わりなのだとしたら、馬庭のそれはいったい誰の身代わりなのか。それとももしや身代わりは二人必要だったということなのか。今となっては確かめる術は無い。
ただ後日、自分にも知らない番号から着信があった。返信すると相手からは一言だけ。
『オマエモ……キイタ……』
その声は馬庭に似ていたような気がした。




