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7 侯爵家の密談

 オリヴィアの目覚めは秘されたまま、五日が過ぎた。

 

 夕闇の中、一台の大型馬車が、数騎の護衛騎士に囲まれて、慌ただしくシュッドコリーヌ家の郊外別邸の車付けへと入ってきた。

 

 エントランスホールから階段を上がり、ホールの直上にあるオリヴィアの居室に向かって足音高く喧騒が近づき、扉の前で突然静かになった。


 ゆっくり扉が開き、アンヌが一礼して入ってくると、ベッドの上で身を起こしていたオリヴィアに近づき告げた。


「侯爵様とシャルル様がいらっしゃいました」


「部屋にお通しして」


 オリヴィアの声が終わらぬうちに、二人は待ち切れないと言わんばかりの勢いで入ってきた。アンヌは扉近くに下がって、二人のためにベッド近くを開ける。


 アントワーヌはオリヴィアの両手を取った。


「おお、オリヴィア! 体調が安定するまでは、と家令に止められていたが、もっと早く駆けつけたかったぞ。意識が戻って本当に良かった。精霊様に感謝を!」


「お父様、シャルル。早くもいらしてくださって、有難うございます。いろいろと心を砕いてくださっていたこと、アンヌからも聞いております。本当に私は幸せものです」


「姉上、良かった」


「シャルル、毎日、私の枕元にと花を送ってくれていたと聞いたよ。意識はなかったけれど、悪夢に苦しまなかったのは、きっとシャルルのおかげよ。有難う」


 オリヴィアがシャルルに顔を向けて微笑むと、シャルルは目を()らした。


「僕は家の者に手配を頼んだだけだから」


 ひとしきり喜びを分かち合い、アンヌを交えて、差し障りのない近況について語り合ったあと、オリヴィアは姿勢を改め、アントワーヌらに話を切り出した。


「さてお父様。お話も尽きませんが、お伝えしなければならない大切なお話があります」


 ただ事ではないオリヴィアの雰囲気に、アントワーヌとシャルルもソファで姿勢を正した。


「私はこの眠り続けていた間、尋常でない夢を垣間見ました」


「夢?」


 オリヴィアはどこまで話すか、予めアンヌと相談しておいていた。そうでなくても、訳のわからない話だ。仔細に語れば、かえって伝えるべき話の焦点が曖昧になるだろう。


 夢で聖霊の啓示を受けたというかたちで、ポイントを分かりやすく絞った方が、聞き手には飲み込みやすい。

 

 そこで、王太子はいずれ別に愛する人を儲け、オリヴィアは王太子の側近におとしいれられ、侯爵家もまたその影響を受けるであろうという話にしておいた。あとは直接の説得にかけるつもりだ。



「信じるぞ」


 オリヴィアの訥々(とつとつ)と語る様を、一言も発さず食い入るように見ていたアントワーヌは、オリヴィアが話し終えると、即座に言い切った。


 返事の早さにむしろオリヴィアのほうが驚いた。


「今のお話、信じていただけるのですか」


「大切なオリヴィアの話だからな! どんな荒唐無稽な事でも信じてやるわ……と、言いたいところだが、今回についてはその精霊様の啓示を裏付けるような話が幾つか、すでに当家に入ってきている」


「え」


「プライムの小倅(こせがれ)、ジョンが動いている。半年先にある王太子の生誕二十年祭にあわせて、オリヴィアの後釜を用意するつもりのようだ。内密に打診を受けた家のひとつが、極秘に当家へ連絡してきたわ」


 シャルルはうめく。


「貴族は縦にも横にもつながっているのに、なんと迂闊(うかつ)なことを」


「あれで有能のつもりだから、笑うしかないな」


「姉上が復帰したらどうするつもりなんでしょう」


「後釜の話がまとまれば、オリヴィアは彼らにとってもう必要ない存在となるだろう。意識が戻らなければ良し。元気になったという話が出回れば、有能なジョンが何か仕掛けてくるだろう」


 アントワーヌは「有能な」のところで、両手を広げる。皮肉のつもりだ。


「ジョンには姉上の後継に当てがあるのでしょうか」


「あるのだろうな」


 アントワーヌは目をつむり揉みほぐす。


「まず大前提として、王太子にふさわしい身分で、婚約者のいない年ごろも良い娘などこの国にはほぼいない。うちに接触してきた家も、表向きは娘が幼いことを理由に断った。正面から行けばまず見つからぬ」


 その言葉尻でシャルルが返す。


「正面でなければ?」


「いまの王太子と当家との話のように、表には出てこない理由で、婚約の結び直しを考えている家ならある。

 本命はジェイド公爵家のアビゲイルだろう。彼女の婚約者は、婿入り予定の伯爵家の男だ。婿殿には次女と結び直しして、アビゲイルを王太子に差し出すかもしれない」


「確か……アビゲイル様は亡くなられた前の奥様の娘として、家では浮いていらしたそうですね」


 オリヴィアはかすかに困り顔をつくってアンヌに見せた。それを受けて、アンヌがオリヴィアの記憶を補足した。


「ジェイド公爵様のご長女アビゲイル様のお母様は、先代の王弟から流れるお家のご出身でございました。ジェイド公爵様が現在の奥様とお付き合いしていたところに、王家の仲介で割り込んだとか。

 奥様が亡くなった後、晴れてお二人はご結婚されたと聞いております。

 アビゲイル様を王太子妃として王家にお戻しするということで、愛するいまの奥様のご息女に公爵家を継がすということは十分有り得そうな話です」


「アビゲイル様は静かでおしとやかという話は聞いたことある。ちょっと幸薄そうだとも。大人しくしていられない姉上とは性格がだいぶ違いそうだね」


「シャルル、口は災いのもとよ。それと異性を噂話で判断すると誤りますよ。

 さて、アビゲイル様で間違いないかは、あとでしっかり確認していただくとして、お父様、婚約解消の路線はもう覆らなそうですね。あとは当家にとってどううまく運ぶかです」

お読みいただき有難うございました。


✴︎漢字変換、表現の用法は意図したものである場合があります。

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