4 長い眠りから覚めて
オリヴィアがふと目を覚ました時、馴染みのない空間に彼女は混乱した。
長い間寝ていた気がする。身体が重い。横に寝返りをうつだけでも、相当に力を入れる必要がある。
「え、ちょっと、これ何? え、どういうこと?」
焦って思わず独り言を口に出したが、長いあいだ口を開いてなかったのか、声に音が乗らない。
ここはどこなのか、オリヴィアにはわからなかった。部屋は暗く、まだ明け方前のようだった。
ドアの隙間から入る、廊下の常夜灯のかすかな光だけしかない暗闇のなかでも、存在感のある大きく太い木材の梁のある天井、下を板張りに仕上げた白い壁は、田舎風で趣はあるが、間違いなく王都の自室ではない。
横に目を向けると、自分の使っているベッドよりやや小ぶりで質素なベッドに、誰か寝息を立てているのが見え、影のように浮かぶ姿かたちから侍女のアンヌとすぐに知れた。
そこでオリヴィアは気がついた。
自分がここへ、〈戻って〉きたのだと。
「アンヌ? 起きて。アンヌ」
声はなかなか出てこようとしない。掠れ掠れさせつつ何度か呼ぶと、
「オリヴィア様っ!」
布団を跳ね除けるようにして起き上がったアンヌは、大声を上げて寝巻き姿のままオリヴィアのベッドに飛びよった。
「オリヴィア様、お目覚めですか!」
「ちょっと静かにして。ここはどこかしら」
アンヌは潤んだ目尻を拭って謝った。
「すみません。嬉しさのあまり、声を張り上げてしまいました。ここは、王都の南にある、シュッドコリーヌ家のお屋敷です」
「そう……。それで、なんでここで私は寝ているの」
「オリヴィア様は一か月も目を覚まさなかったんですよ。その間に、もっと自然豊かなところが良いのではと王太子殿下がおっしゃったそうで」
「そうだったのね。一か月も私は寝ていたのね。悪いけれど、身体が動かないので起こしてもらえる? それとお水をちょうだい」
「わかりました。他の人たちにもオリヴィア様が目を覚まされたことをお伝えしてまいります」
「それなんだけど、伝えるのはちょっと待ってくれるかしら。まずはいまどうなっているかを知りたいから。アンヌが教えて」
アンヌは暗闇のなか姿勢を正して答えた。
「畏まりました。オリヴィア様。でもお水が先です。話も長くなりますので、薄めたポーションも飲んでください。それから、小さなランプぐらいは点けますね」
「そう、私はイワン殿下の婚約者から降ろされそうになっているのね」
アンヌの要点を押さえた報告に、オリヴィアはぽつりと静かに呟いた。
「大方、殿下に従いているプライム家のジョンの企みです。オリヴィア様はまったく悪くございません。お体の加減が良くなって、ご自身の口から皆様に説明されれば、悪い誤解は払拭できるはずです」
アンヌは痛々しそうにオリヴィアを見て、励ますように口にした。
オリヴィアはしばらく黙って宙を見ていたが、思い切るように声を出した。
「でも、実のところ、それもいいかなと思っている。うん、さっさと婚約解消しちゃいましょう、そうしましょう」
「どうしたのですか。オリヴィア様、誰よりも頑張ってこられたのに。王太子殿下に愛想が尽きましたか」
心配そうに声をかけるアンヌ。オリヴィアは迷うように口を開け締めしていたが、ささやくように言った。
「やはりアンヌには話しておきたいかな」
アンヌはオリヴィアより五歳ほど上だ。幼いころに引き合わされ、はじめは姉妹のように、長じてからは主従の関係になっていたが、主従というより、友情のような深い信頼を、オリヴィアはアンヌに寄せていた。
「え、なんのお話ですか」
「私がさっきまで見ていた長い夢の話。前世とかアンヌは信じる?」
「たまにそういう人がいることは知っています。異世界からやってきた、とかそういう話ですか」
「そうそう、そんな感じ。アンヌは私が話す内容を信じなくても良いけど、私はアンヌに喋って頭の中身を整理したいから、ただ聞いてもらえるだけで助かる。
もちろん分からないところはなんでも質問してね。変な話になるから、私にも答えられるかわからないけれど」
「畏まりました」
「私は、さっきまで別の人生を生きていた。それはもう今となっては夢ということになるのだけど、こことまったく違った世界だった。そこで、私は平民として生きていたわ」
そこまで一息に語ったオリヴィアは、しばらく口を閉ざし、それからため息をついた。
「……ああ、やっぱりダメね。この話は朝食後にしましょう。ちょっとだけまとめさせて」
お読みいただき有難うございました。
✴︎漢字変換、表現の用法は意図したものである場合があります。