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侯爵令嬢オリヴィアは、魔術師になって自由に生きたい  作者: 古林こりん
番外編

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帰領許可

「いままでご苦労様。兄上を長く王族に縛ることになってしまって、僕も心苦しく思っていたよ。兄上も結婚して、子どもを持ったらどうかな。子どもは良いものだよ。兄上の領地は自然豊かな土地だし、きっと子育てに良い環境だからね。いつでも自由に領地に帰っても良いよ」


 あごひげをたくわえ、その身にゆたかに貫禄をつけたアレクサンデルは、下座で臣下の礼をとるイワンに対して国王として典礼に基づいた臣籍降下のやりとりをしたあと、表情を崩してそう言った。オリヴィアとの婚約が解消された後、イワンは新たな婚約者を探したが、高位貴族から見つけることはできなかった。そして、弟が立太子をした後は、イワンが婚姻を結ぶことを父王が内内に禁じていた。アレクサンデルの先の発言は、その禁令を解くものでもあった。


「陛下の思し召し、ありがたく……」


 もうすぐ四十になるイワンは姿勢を正し、改めて頭を下げてそう答えた。



   *



 婚約者オリヴィアをおとしいれようとして失敗したことで王太子を事実上廃されたイワンは、王国の片隅に土地を与えられた。だが、これまでイワンはその自分のものだという土地に一度として足を踏み入れたことがなかった。


 スペアの王族として、次代の王の次の世代である子ども、すなわちイワンの代わりに王太子となったアレクサンデル第二王子が結婚し、その嫡子がもうけられるまでは王都に留まることが求められたからだ。


 その話を聞いた当初、イワンは良かったと思った。王太子として成人間際まで王都で育てられ、今更辺鄙(へんぴ)な田舎で暮らせるとは思えなかった。しかし王都で一王子として暮らしてみると、これは地獄だと気が付かされた。


 誰も失脚した男と繋がりたいなどと思わない。以前は追従(ついしょう)の言葉を連ねた王都の貴族たちは、かたちばかりの挨拶もそこそこに話を切り上げる口実をまたたく間に唱えてすぐに逃げていく。


 逆に近習たちの家は、失脚したイワンにも腰を低くしていても、目には期待を裏切った者への(さげす)みが浮かんでいるようで、イワンの方から足が遠のいていった。


 よってくるのは王族であるイワンを利用しようとする者ばかり。当然のことながら、そのような者たちと監視者に囲まれて暮らすイワンが自由に付き合えるはずもない。数たび顔を合わせると、いつの間にか彼らは遠ざけられていた。


 プライム家のジョンは、王太子ではなくなったイワンに側近としてそのまま付き従ったが、イワンはすぐに与えられた領地に代官として送りこんだ。


 ジョンのことを恨み、顔も見たくないと思っていた。しかし恨み続けるには王都の生活は寂しすぎた。年に一度、王子領の報告のために上ってくるジョンを歓待するようになるのにさほど時間はかからなかった。


 ジョンの語る領地の山川の美しさ、そしてその貧しい土地の領民たちの奮闘に、イワンは耳を傾けた。ジョンの要請に応えて、領地に必要なものや情報、学者から学び取った新知識を王都から送ることがイワンのひそかな楽しみになった。


 イワンが臣籍降下に伴って与えられる爵位は、男爵と聞かされていた。与えられる爵位に比して領地は広めだが、山林が多く人口は少ない。いずれ開拓しがいのある土地の小貴族として生きていくことになる。しかしそれまでは予備の現役王子として振る舞う必要がある。


 イワンは王宮から離れた王都の王城に豪華な一室を与えられ、名ばかりの「城主」にけられた。実際の仕事は城司令官がすべて取り仕切り、イワンは王城の式典に顔を出すだけだ。


 いつしかイワンは王宮の公式行事以外には貴族たちとの交わりを断ち、臣籍降下して王都を離れられる日を待ち望むようになっていた。


 二十年近くの月日が過ぎた。


 アレクサンデル王の治世下で、その第一王子も十歳を越えて立太子をしてしばらくたったある日、イワンの王城城主としての任は解かれることになった。イワンはアレクサンデル王の即位に伴って、領地はそのままだが、与えられる予定の爵位は子爵となっていた。


 王と宰相、王城司令官など数名の貴顕の者たちだけの間で、イワンの臣籍降下の手続きは静かに行われた。公爵、侯爵といった、王の藩屏(はんぺい)たることを期待される高位貴族につくのでもない、一地方小貴族ーーザパース子爵になる男にふさわしい、ひっそりとしたものだった。


「ははは、固いなぁ。弟に対してそう固くならなくても良いのに……」


 アレクサンデルは笑いながら、侍従に合図して壁際から持ち寄らせた厚いクッションのつく椅子にひとり座りなおし、イワンに対して姿勢を崩した。 


「ところで。兄上。結婚相手だけど、宛てがあったりするかな? 実は良い人がいるとか」


「いえ……」


 王の前に立つイワンは困惑しながら答えると、アレクサンデルは何度か頷いてみせた。


「この機会に念のため、兄上の身辺について改めての報告は受けたけれど、こうしたことには遺漏(いろう)があるかもしれないからね。じゃぁ、囲っている人とかもいないんだね」


「はい。特別な関係の者はおりません」


「結構。それで、ちょうどラズリート公爵家の娘がいるのだけど、兄上にどうかな?」


「どうかなと言いますと?」


「実はね。ここだけの話、彼女、婚約が解消されてしまったんだ。不貞があったわけではないのだけどね。令嬢がちょっとした事件に巻き込まれたことで、相手の家が難色を示してね」


 事件と聞いて、イワンはつい先日、王都に広まった噂についての報告を思い出した。

 

 高位貴族の馬車が襲われ、乗っていた令嬢が連れ去られたのだという。夕暮れ時、王都の外の教会への行き来の際を狙われた。馬車には護衛が付きしたがっていたものの、多勢に無勢であったと。


 事件の詳細は伏せられていたが、幸い令嬢は生きて帰ることができたといい、高位貴族は多額の身代金を払ったのではという噂が流れていた。


 だが生きて帰ってきたからといって、貴族令嬢にとって何もなかったことにはならない。

 

 高位貴族たちは王都の官憲の介入を嫌うが、それでもある程度の動向については貴族牢を備える王城にも伝わってくる。


「なるほど……そのご令嬢を私がめとるということですか」


「事件に婚約破棄……おっと間違えた。婚約解消にと、彼女も色々と心痛が重なって、さんざんな噂の広まる王都にも居づらい。王都から離れた兄上の領地なら、誰からも邪魔されず静かに過ごせるんじゃないかな」


「しかし、私は子爵にすぎません。さすがに公爵家の令嬢は過分なものです」


「あぁ、兄上は伯爵になるからそこは大丈夫」


 こともなげに放たれたアレクサンデルの発言に「陛下、それは……」と宰相が口を挟むが、アレクサンデルは片手で制止した。


「名目はなんでも良いんだけどね。このままでも十年か二十年後に僕の子どもが王位を継げば、自然に兄上の爵位は上昇することになるだろうから、結婚のお祝いとして与えても良いかなと思うんだ」


 咳払いして宰相が改めて言う。


「陛下、お聞きください。ザパース殿が子爵に上がられたのは、王城の城主としての長年の働きがあってのことでございます。何もなく王位の交代だけで昇爵はございません。そんなことをしていればすべての貴族がいまごろ公爵家になってしまいます」


「わかっているよ。ただ兄上は伯爵になれることに、なっているんだろう?」


 アレクサンデルは思わせぶりに宰相に言うと、宰相は渋い顔をしてうべなった。


「それは内々の話でございますよ」


「なるほど……」


 つまりこれは既定の話なのだ。王太子から失脚した直後のイワンには男爵位しか与えられなかったが、最終的に両親はイワンに伯爵位を与えるつもりだったのだ。もちろん、その後のイワンの仕事ぶりを見てのことであったろうが。


 アレクサンデルは笑って続ける。


「そういうわけなんだ。兄上は二十年、腐らず真面目に仕事をしてきたし、この結婚自体が伯爵位につけるのにちょうど良い理由づけになるんだよ。領地の方は、ジョンがだいぶ頑張ってくれていたようだしね。伯爵としても、まぁなんとかやっていけるんじゃないかな。近隣とはそんなに付き合うこともないだろうし、結婚すればラズリート公爵家からの支援も期待できるよ」


「陛下の思し召しのままに……」


 イワンは答えた。


「結構。彼女が良い子だっていうのは、何度か会って話したこともある僕が約束するよ。それにしても、公爵からの相談を受けたときに兄上のことを思い出せて良かった。僕も公爵に借りを作れたから、三方良しだ」


 

   *



 半年後。ラズリート公爵の娘オリガとのささやかな結婚式を挙げたイワンは、臣籍降下で与えられた王都の屋敷を閉じて、自身の拠点を領地の屋敷に移すことにした。


 王都に留まることを希望する使用人には紹介状を渡し暇を与え、屋敷の管理は老いた執事の夫妻に任せた。


 イワンたちを乗せた数台の馬車と荷馬車は旅装の騎士たちに囲まれ静かに王都を離れた。


 護衛の騎士たちは王府から特別に借り受けたものだ。イワンが「帰領」する旨を王府に手紙で伝えると、数日内に宰相から騎士を貸すという王からの手紙を与えられた。彼らはイワンたち一行を領地まで送ると、そのまますぐに王都へ戻るのだという。


 騎士たちは、馬車をしっかりと護衛して離れない。長距離の旅がはじめてのイワンは、新婦を慰めるためにも旅程中に幾つかの名所観光を差しはさみたかったが、それらは騎士たちの「護衛上の懸念」の一言でねられてしまった。


 騎士たちは、王府よりイワンを最低限の旅泊、最短の旅程でまっすぐ領地に送ることを命じられているのが態度のそこかしこに見えた。


 領地には別の王国騎士たちが貸与されており、屋敷の「警備」に当たっていた。つまり、イワンに対する監視は今後も続くということだ。


 揺れる馬車のなか、オリガは身を固くして隅に寄っている。彼女の隣にすわる侍女は、オリガへの忠誠心を見せて、オリガの手を固く握りイワンに対峙(たいじ)している。


 イワンは苦笑いを浮かべるしかなかった。彼女は幼少のころから婚約していた男を深く愛していたのだという。事件で家同士で結ばれていた婚約が破棄されたからといって、そう簡単に長年の恋心を捨て去れるものではないだろう。


「あなたを……愛することはできません。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 初夜ではイワンにそう告げ、イワンを拒絶した。自分の子ともいえるほどの年の差の女が目を見開き恐怖で呼吸も絶え絶えに震えているのだ。襲われたことも思い出しているのかもしれない。とても無体な真似はできなかった。オリガは結婚後イワンの屋敷に居を移しても、自室からほとんどでることはなかった。


……これは私には荷が重くないか。


 彼女との関係について、先は長くなりそうだ。しかし、どうせ王都にいられなくなったふたりなのだ。臣籍降下の後、領主夫妻を迎える準備が整ったとのジョンからの知らせを受け取り、帰領の日程が決まるまで、王府からの「いつ帰るのか」という状況伺いという名の催促を何度も受けるはめになった。アレクサンデルは、イワンが王都に留まるのを望んではいない。


「本当は君に道々の名所なども見せてやりたかったんだが、自由に馬車を降りることもままならない旅になって、済まないな」


 侍女がかわりに答えようかと顔で問うと、オリガは軽く首を振って、「いえ……」と自ら答えた。


「イワン様のこれまでのお気遣い、感謝しております。先日からの態度は申し訳ございませんでした。領地につきましたら、少しでもお役に立てるようにいたしたいと思っています」


「気にすることはない。私たちにはこれから時間はたくさんあるだろうから。ゆっくりいこう」


 気負った彼女に笑みを浮かべて声をかけると、イワンは馬車の窓から、流れていく景色に目を転じた。




お読みいただき有難うございました。


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