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42 つまずきの結末

「まず、審判所の召喚について。

 昨日のうちに、枢密院にはオリヴィアが欠席することは届けております。ジョン殿は演説の前に事実を確認されていないようですな。彼女の欠席の理由については、この場にて私から説明すると記してある。先ほどの話といい、どうもジョン殿は言い過ぎるきらいがあるようだ」


 そう軽く前置きして、「それでは」とアントワーヌはさっそく切り出した。


「我が娘オリヴィアの本日の欠席と、ここのところの体調不良を理由とした出仕停止について、理由を申し上げたい。これまで公にはしておりませんでしたが、実際には彼女の容態は出仕できる状態ではない。すでに一部の者は承知しておりますとおり、先日の王太子殿下襲撃の事件で殿下をかばい倒れたことで、現在も我が侯爵家の王都別邸において昏睡(こんすい)状態にあるからです」


 議場の貴族たちがざわめいた。重篤であるオリヴィアをシュッドコリーヌ侯爵家が隠蔽(いんぺい)しているという噂は、プライム側の貴族を発信源としてここ最近急速に広がっていたものの、こうも当主のアントワーヌがあっさりと認めるとは思われていなかった。侯爵が娘に約束された王太子妃の立場に固執している、というのがセットになっていたからだ。


 すかさずジョンが席から立ちあがった。


「議長閣下、よろしいでしょうか」


「ジョン君、どうぞ」


 ウィリアムが指名すると、ジョンは芝居がかかった仕草で、ひとつひとつの言葉がしっかりと議場に届くように語った。


「どうやらアントワーヌ殿は、先ほどの私の些末(さまつ)な間違いをことさらに言い立てて、問題をけむに巻くつもりのようです。

 しかし、シュッドコリーヌ侯爵家が王宮に届けていたオリヴィアの不出仕の理由よりも、実際には彼女の状態が悪いことをこれまで隠蔽していたというのは、王太子宮としてとても看過できる問題ではありません。彼女は王太子殿下の婚約者です。もうすぐ殿下にとって大切な式典の直前というのに、本当の病状が隠匿されていたのは、王国への不忠と言ってよいでしょう。この問題の責任を、侯爵はどのようにとるおつもりか」


 プライム側の貴族が同意の声を上げる。


「驚きましたな。それをジョン殿から聞かされるとは思いませんでした。ジョン殿からはオリヴィアが倒れたさいに、殿下襲撃の一件を小さく見せるために、危篤状態のオリヴィアについて本当の状態を隠すよう、だいぶ力の入ったご要請をいただいたはずですが」


 アントワーヌは軽くいなすように返すと、ジョンは困惑顔をしてみせ頭を左右に振った。


「いやいや。ここで侯爵が告白されるまで王太子宮は知りませんでした。それに私はそのようなことを言った記憶はないです。下手な言いがかりはやめていただきたい」


「そちらの側近の方を通して、ジョン殿からのご提案と伺ったのですが?」 


 アントワーヌは右手を挙げてジョンの隣の男をさす。先ほど「侯爵の退席処分」を議長に強く訴えていた男だ。男は立ち上がると、


「はて。私もそんなことを言った覚えがないのですが、候のいきなりのご指名には困惑するばかりです。確かに、ジョン殿のご指示で、オリヴィア殿のお見舞いに候の王都にあるお屋敷へは赴きました。

 私どもはオリヴィア殿に一度もお会いすることはかないませんでしたよね。その際のことを指して、このような言いがかりを思いだされたのだと拝察いたします。私の出身である男爵家は小さくものの数にも成らない立場です。五大候にたてつくつもりではありませんが、さすがに言ってないものを言ったとされましたら……」

 

 そう言いながら、大げさに眉を下げてかすかに震えてみせた。わざとらしい演技に、もとより武ばったアントワーヌは思わず顔をしかめてしまう。


「そうだ。シュッドコリーヌは恥を知れ!」

「嘘をつくな!」


 議場に下級貴族たちからの野次が飛んだが、議長の咳払いがかかるとすぐに静かになった。


「なるほど。先日別邸に直接いらした使者にしても、オリヴィアの病状を見たいと言いつつ、お見舞いの品もなかったですが、確かに言った言わないの話では証拠にはなりませんな。

 この審判の召喚を受けてから王太子殿下の侍従らより届いた書状類を我が侯爵家の護法官とともに詳しくあらためてみましたが、王太子宮からのご指示として認められる文章は見当たりませんでした。オリヴィアを別邸へ下がらせよというご提案の体裁をとったご指示も、ご使者の言葉だけでしたので、これも証明できません」


 アントワーヌは「ちなみに両陛下からはご夫妻ご連名の温かいお見舞いを頂戴しております。その節は誠に有難うございます」とたんたんと話をつづけ、玉座のふたりに深く一礼をしてみせた。「殿下からは何もなかった」のを当てこすることは明らかな言い回しだった。


「そのようなわけで、王太子宮が我がいえに出されていたご要請については明らかな証拠を提出することはできません。

 襲撃者を殿下に近づけてしまった侍従や警備の騎士たちの責任は、軽微な怪我が一名……これはオリヴィアのことですが……ということでだいぶ温情のある内容で済まされ、さらには殿下を守ったとして報奨を下された者もいるとか。

 方やその身を挺して殿下をお守りしたオリヴィアは、守護結界の前に勝手に飛び出した事故とされ、危篤状態にあっても侯爵家が勝手に状況を軽く届けたというのですな。なるほど。しかもそれが侯爵家の虚偽であり不忠の行為であると」


 アントワーヌは「それが本当でしたら、ちょっと当主の私にも理解できないのですが」と周囲を見回した。


「ところが、我が侯爵家が王国に対して虚偽工作を働いたわけではないことを証明することは、とても簡単にできるのです」


 そう言うと、手元の水差しから水を飲み一息ついた。


「かねてより、我が侯爵家は父祖の代より、宰相閣下のプルミエール家と親しくさせていただいておりますのは、諸賢もご承知のとおりかと思います。オリヴィアの王太子殿下との婚約の進退を含めて相談しておりました。この相談については内々に書状も出しております」


 アントワーヌが目を向けると、すかさずプルミエールが席を立った。議長も追認する。


「はい。王太子宮からの強いご意向とはいえ、オリヴィア殿の現状について秘匿している状況について、シュッドコリーヌ侯爵家としては心苦しく思っていること。

 オリヴィア殿のご病状がいつ好転するかもわからず、また回復したとしてもどのような後遺障害が残るかわからないことを考えて、侯爵家から王太子殿下との婚約解消を申し出るものでした。

 あわせて、王太子殿下の御命を守ったことに対する名誉の昇進などの栄誉をオリヴィア殿にたまわったうえで、近衛騎士団についても辞任させたいと。

 いづれも父親としてアントワーヌ殿の苦衷(くちゅう)のお申し出とお察しいたしました。私はこれらについて、即座に時期をみはからってのご相談をお約束する旨、書状をもってお返事しております」


 プルミエールの立ち上がったところから、先ほどまで自信に溢れた姿を見せていたジョンは、再度、場のコントロールを失ったことに焦りを見せていた。「おい、聞いてないぞ」と隣の男に押し殺した声を投げかけている。そんなジョンをアントワーヌは軽く見やりながら、


「なにぶん、こたび関わりを強く否定されておりますさる筋から、オリヴィアの状況について秘密にしなければならないという強いご意向でしたのでね。

 どうしたものか我が屋敷の周囲にはどこかのネズミが二三、常にうろちょろしておりましたので、お互いに密書のやりとりとなりました。

 ここでこうした状況になっておりますのを見ますと、我々のやりとりについて最後まで気が付かれなかったようですな」

 

 そう宰相の言葉に補足した。


「それらは、いつ、やりとりをされていましたか」とのウィリアムの問に、プルミエールはよどみなく答える。


「そうですね。王太子宮からの問責状が王府に届けられたおよそ半月前でしょうか。侯とはご相談の日程の調整を近々にせねばと思っておりましたが、日常の政務でばたばたしているうちにこの度の騒ぎに巻き込まれてしまいまして……」


 シュッドコリーヌ侯爵家のオリヴィアとの婚約破棄は、ジョンとイワン王太子の目指していたものであったが、侯爵側で内々に準備していたとされたのでは、思惑が大きく外れる。

 枢密院審判という弾劾の場まで用意して、自身が突き出した「王国への不忠」を咎める矛を納めるのもいまさら難しかった。ジョンは顔色を悪くしながらも、追求を止めるわけにはいかなかった。


「手紙とはいえ、シュッドコリーヌ家と親しくされているプルミエール家との私的な書状のやりとりでは、やりとりの日付の偽装も疑われます。証拠としては弱い。それに秘密裡に取り交わしていた私的な書状では、宰相家ともども王国を偽っていたことになるのではありませんか」


「おや、現宰相職のプルミエール家まで叛逆の疑いありとは、次期宰相殿はいつになく厳格ですね。しかし、そのようにおっしゃるのも道理ではあります」


 食い下がるジョンに、アントワーヌは軽く答え、プルミエールもにこやかに続けた。 


「さよう。このやりとりについては当初は私的に届けられた手紙とはいえ、王国の今後に関わる重大な内容でもありますので、宰相執務室より内密に保護魔法をかけて保全しておりました。規定により一通は枢密院の文書庫にも入っております。もちろん、王太子殿下の婚約者にかかわる内密の事情を記したものでありますから、通常目に触れることのない秘密指定をかけております。

 私の手元の書状を取り寄せることも可能ですが、せっかくですのでこちらに保管されております書状の複写をご確認ください」


 「保護魔法」と呼ばれるものは、以前にも説明したが、実際には内容の複写と転送を兼ねたものだ。一通は王府の、もう一通は枢密院の文書保管室へと送られ、それぞれ記録、保存されることになる。


 ただちに枢密院の官員によって、一般保全の文書とは別の、月ごとに特別封印のされた秘密公文書の文書入れが運び込まれ、該当の書類を取り出し、内容に違いがないことが確認された。


 そこからはあっという間に手続きが進んだ。侯爵家の嫌疑は取り除かれたとして、すみやかに臨時審判所の審判員たちは問責状の内容を棄却した。


 もはやうなだれた姿を隠しもしないジョンの口から、「バカな……。なぜ、たかが手紙に保全までかけていたのか……」と呟きが漏れる。


 日付と事実を明確に記した書状のやりとりをしたうえで、誰もが証拠として認める場所に忍ばせておくーー置き石ーーはオリヴィアのアイディアだった。アントワーヌはプルミエールに手紙を出し、一連のやりとりについて保護魔法による保全をかけておくことを頼んでいた。


 もともとは枢要に関わる狭い関係者間での話し合いになることを想定していた。そうした場であるならば、シュッドコリーヌ家とオリヴィアは詰まらぬ濡れ衣から逃れた一方で、嫌疑をかけてきた王太子宮も「手違いがあったようだ」ととぼけて、内々に軽く遺憾を表明することで済んだことであろう。


 しかし、ジョンは自ら仕掛けた小さな種にテコをかけて大きな効果を狙った。公文書を発行し王国枢密院に審判所を設けさせ、下級貴族にまで傍聴を許した。狙ってのことではないだろうが、我が嫡子の嫁の問題とあって国王夫妻まで動かしてしまった。失敗すれば自分へ数倍になって返ることを顧みなかったのだ。


 茫然としているジョンの姿をウィリアムは冷たい目でみやっているのが、アントワーヌからも見てとれた。このような結末をウィリアムは予期していたのだと直感した。もうこの息子を後継に足らずと見限っているのだ、と。その推測はこの後に続ける内容にアントワーヌは自信を深めた。


 ここからはオリヴィアと練った策はない。しかし王国貴族シュッドコリーヌ侯爵の義務として、ぜひともしとげなければならないことがあった。


「議長閣下。よろしいでしょうか」


「アントワーヌ殿、どうぞ」

 

「この度の審判で、オリヴィアの状態については周知の事実となりました。また、宰相閣下との手紙のやりとりも公開されました。もはや秘密にするところはございません。

 したがいましてこれを機会に、オリヴィアと殿下との婚約について、名誉ある辞退を認めていただきたい。通常と順番が前後するようだが、両陛下に上奏するにあたり、このことについて、枢密院の諸賢からの温かいご同意を得たい。あぁ、有難う。有難う……」


 アントワーヌの言葉には、議場からすぐに同意を示す拍手がかかった。礼を言い拍手が鳴りやむのを待って「それからもう一つ」と続ける。アントワーヌは、顔を上げたジョンの顔を眺めながら、たんたんと告げた。


「プライム家のジョンについて。王太子殿下の側近としてふさわしからざるものとして、侍従職から解任すべきであるという動議をこの場で提出したい」




お読みいただき有難うございました。



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