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40 熱弁とあくび

 アントワーヌは欠伸(あくび)を噛み殺した。


 先ほどからジョンが壇上で長々と演説しているのを聞き流し、目元の潤みが見られないよう、顔を下げて手元の紙に視線を落とす。


 ジョンの批判に痛いところを突かれて泣いていると周囲に思われても困る。本会議前の審判ということで、今日は本会議に出席すべきほぼすべての貴族たちが傍聴している。それにしても……。


「長い……」


 もう何度目かの独り言を呟いた。はじめのころは隣に座る侯爵家付きの護法官もアントワーヌの小声に反応してちらりと目線をよこしたが、いまは己の目を開けているのに必死のようだ。


 傍聴に来ていた者たちには、頭が上下にゆっくり揺れている者が増えてきていた。


 気負いたったジョンは、イワン王太子とオリヴィアの婚約に至る発端から語り始めていた。


「悪逆な」オリヴィアの罪は、そもそも彼女が王都へ上った当初からだったのだという。


 古き侯爵家をかさにきて傍若無人に振る舞い、不敬にも王太子を立ててこなかったのだとか。そこから端を発してオリヴィアが侯爵家で受けた教育内容や、王太子宮での振る舞いなど細かく(あげつら)った。


 王妃となる立場にもかかわらず、王都の貴族婦人たちをとりまとめる茶会も開かず、騎士の真似事にうつつをぬかし、王太子の命の危機にも役にたたなかったばかりか、「たかが気うつ程度」で王都郊外に引きこもったままである。


 

「……国王王妃両陛下のご臨席賜った、この神聖なる王国枢密院の審判所には、本来ならば這ってでも出席するべきでありましょう。


 にもかかわらず、当人は姿を見せず、一切の申し開きもしない。一片の上申書どころか、一行の欠席届、一文字のお詫びの言葉すらよこすことがない。


 これは王国の権威をまとめて鼻で(わら)うかの所業であります。王太子妃、ひいては将来の王妃としての自覚なき者であり、またその任に耐えられぬ者であるとみなさざるをえません!」


 ジョンは机を叩いてみせた。


「当審判所でオリヴィアの罪が認められた(あかつき)には、……もっとも小職は確信をもって申し上げておりますが、イワン王太子殿下とシュッドコリーヌ家のオリヴィアとの婚約をすみやかに破棄すべきであると考えます。


 そして最後に傍証として、小職も体験することになった、恐るべき魔の森での死の行軍の一件をご紹介しましょう。これまで事件そのものが非公開とされてきたことですが、オリヴィアがいかに妃にしてはならないかを示す事件として、触れないわけにはまいりません」


 ジョンはもったいをつけて手元に用意されている杯から水をふくみ、演説原稿をめくった。議場に控え目ながらもざわめきが生まれたことで、ジョンは声を張り上げた。  


「王家の秘密に関わるため、詳細をここで語ることは許されておりませんが、つい三年前に、イワン王太子殿下の側近たちに不幸が打ち続いたことがあります。諸賢も覚えておられましょう。幼い頃から殿下に付き従い、苦楽を共にした側近たち、志半ばにして離れざるを得なかった。そこに、オリヴィアが消極的ながらも関与していたことを、私はつまびらかにしたい。


 その年の秋。王太子殿下率いる近衛騎士団の魔の森での演習が行われました。その準備を任されていたのがオリヴィアでした。従って、彼女はその装備、進路の全てを知り得た立場でした。


 しかし、彼女は殿下に危険に関する情報を伝えることを怠った。


 その結果、小職の尊敬する同輩ヤノーシュ君は無惨な最期を迎え、小職の敬愛するヤン君は騎士としての未来を絶たれたのです。


 小職はヤノーシュ君の葬儀に参列いたしました。殿下に愛され信頼されていたご子息を失ったご両親の悲しみは海よりも深く、かける言葉もございませんでした。


 ヤノーシュ君が今存命であれば、功績も山のように積み上がり、お家の昇爵も夢ではなかったことでしょう。ご両親の終わることなき嘆きを聞き、我が家の生まれからこの職を拝した無才に過ぎぬ小職はヤノーシュ君に代われるものならば、代わって差し上げたいとも思いました。


 この悲劇はすべて、オリヴィアの憎むべき怠慢が招いたことです!」


 ジョンは再度机を叩く。はじめて聴く「王太子側近交代の真相」に議場のささやきは増えた。


 魔の森での王太子遭難についても本来は非公開とされていたことだったが、事実を小出しにして受ける印象を(ゆが)め、「オリヴィアの罪科」として数えることにしたらしい。


 オリヴィアとともに話し合った侯爵家にとっては想定の範囲内のことではあったが、ジョンの口の滑りは、王国の平凡な貴族として生きてきたアントワーヌにとってはやはり予想以上に感じられた。


 すこし目線を上げて、議長とその背後に座る国王王妃両陛下の顔色を窺っても、いずれも表情に色を見せないでいる。ジョンのこれは国王たちとも打ち合わせ済みの行動なのだろうか。それとも……。


 ジョンは演台の上からアントワーヌを見下ろしつつ、自身の発言への議場の反応に気をよくしていることが伺えた。


「繰り返しになりますが、このように幾つもの批判が上がっているにもかかわらず、オリヴィアは体調不良の仮病を用いて当審判の場に出席することもせず、自ら弁論することを放棄しています。


 小職はシュッドコリーヌ家のオリヴィアと、イワン王太子殿下の婚約を解消することを提案いたしました。


 しかし本来、オリヴィアから婚約者としての地位を剥奪し、王国の法に従い、しかるべき懲戒処分を下すことを求めても重すぎるということはないとも思われます。枢密院議員諸賢の賢明なるご判断を求めます。以上です」


 ジョンは演台で用意していた原稿を読み上げると、両陛下と父でありこの場の議長であるウィリアムにそれぞれ一礼して、表情に何も浮かばせずに席に戻った。


 ウィリアムは顔を上げ、抑揚をつけずに声を出す。


「いまのプライム伯爵家のジョン君による、シュッドコリーヌ侯爵家のオリヴィア君に対する告発について、何か疑問がある者は?」


 一時ざわついた議場内は静まり返り、誰も挙手をしなかった。王太子側近による告発について、いまはどちらにつくべきか、判断に迷う状況だった。


 アントワーヌは、ヤノーシュの親が議場に来ていないことに気がついた。最後に加えられた話から、追撃の批難へとつなげられれば有効だったかもしれないが、「ジョンに骨まで利用されることを避けたのかな」、アントワーヌはひとりごちつつ議場内を目だけで見回した。


「ウィリアム。私からもひとつ良いか」


 おもむろに国王陛下が議長の後ろから声をかける。ウィリアムは振り向き「もちろんでございます」と返すと、議場に向き直り声を張り上げた。


「ただいまより、陛下がご下問される。謹聴するように!」


「すでに内内で聞いているが、イワン王太子にこの場でいまいちど尋ねたい。王太子よ、今回の告発について、お前も承知しているものだということで良いのだな」


 突如、国王より尋ねられたことに、面食らった王太子は立ち上がり、議長に声をかけることなく、その場で即答した。


「はい、父陛下にはご報告しておりますように、先ほどの内容をジョンから聞いて、私も今回の一件に同意を与えております」


「わかった」。そう頷くと、国王はウィリアムに先を促した。


「陛下、私どもからは聞きづらいことを確認してくださり、感謝いたします」


 ウイリアムの返答に、プライム派の貴族たちからはまばらな拍手が上がった。


「アントワーヌ殿、先程の告発に、反論はありますか」


 議場の視線が一斉に己に注がれたのを、アントワーヌは感じた。

 

 アントワーヌは深く溜息をつくと、ゆっくりと立ち上がり、その場で玉座に向かって深々と礼をして、演台に向かった。



お読みいただきありがとうございました。

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