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39 枢密院 臨時控えの間


「やぁ、やっと交代だよ。今日は寒いな」


 乱れた足音を響かせながら、騎士たちが部屋に入ってきた。 


 先に暖炉の前で火の様子を見つつ寛いでいた騎士たちが、笑いながら応えた。


「お疲れ、こっちきて暖まれよ。雨で急に冷え込んだな」


 枢密院の幾つもある控えの間。


 その一つが、警備についた近衛騎士たちの休憩室として供されていた。


 国王と王妃の枢密院への行幸について、今日は近衛騎士団の一隊が枢密院の衛兵らと共に要所の警備に入っていた。


「おお、ありがとう。もう冬装備に切り替える頃合いなんじゃないか」


 そういうと、騎士たちは重い胸当てをテーブルに放るようにして置くと、暖炉の前にいくつか用意されていた椅子にそれぞれ腰掛けた。手を伸ばしかがみ込むように火に身体を近づけるが、暖まるのを待ちかねるように足踏みをする。


「やばい、俺この春に実家に送って補修頼んだままだった」


「俺も……」


「お前ら、たるんでるぞ」


「なんの。しかし冷え切っていて、なかなか暖まらんな」


「茶ならあるぞ。ちょっと待ってろ、俺が淹れてやろう」


 そう言って、部屋で先に火の番をしていた騎士が立ち上がった。小さな木箱を手に取ると茶葉を指でつまんで、かした水の入っていたポットに入れた。暖炉の前にある移動用の鉄柵の平棚にそのポットを置くと、ぐっと鉄柵を炎の上近くまで押し込む。


「ありがとう。今日はどれぐらいかかるんだ」


「本会議場では、まだジョン様が喋っているらしいぞ」


「まじか……婚約解消程度の話で、よくそんなに喋ることがあるな」


「王国の頭脳と人手の無駄遣いだろ、この審判……」


「わざわざお出ましになった両陛下も大変だ」


 王国における枢密院審判とは、裁判所のように刑を下すところではない。


 貴族による行為の内容をつまびらかにして、まず罪があるかを判断するのが審判所だ。明らかな違法行為が認められれば、そこから、法によって罪の重さに見合う刑を判断する枢密院裁判にと進む。


 貴族は滅多なことで裁判にかけられないが、「裁判に進む」ということは、この国においてはすでに有罪は決まっていることを示す。なぜならすでに審判の場であらかじめ事の次第がきわめられているからだ。


 他に審判では、違法行為ではないにしても、その行為が貴族としてふさわしくないと認めることもあり、その程度に応じて、法による刑罰とは別の処分を下すこともあった。


 審判所の下す処分とは、たとえば、爵位の強制譲渡や、聖職への強制出家、貴族身分の剥奪などだ。


 主に平民を対象とする法律から超越した存在である貴族たちは、平民の支配者として多くの自由と力が与えられている。審判所は彼ら貴族たちの自由と力の使用が逸脱したものにならないように作られたものだった。


 もっとも貴族に対する重大な処分については、枢密院本会議への審判所からの勧告というかたちをとり、最終的にはその決議と王の裁可が必要になる。


 本会議前に審判が開かれるということは、その後の処分まで速やかに進められることを意味していた。


「婚約解消って、内々で話しあうのではダメだったのかねぇ」


 暖炉の番をしていた騎士が茶の入ったポットを暖炉からとり、そう独りごちた。テーブルに積まれたカップを人数分並べ、カップの外に飛び散るのも構わず無造作に注いでいく。


「今更だな。オリヴィア様は軽微な体調不良ということになっているが、あの事件以降、姿を見せていない。実際のところは重篤で寝たきり。いまも意識不明であるらしい」


 物知り顔の騎士が、茶を受け取りつつ自身の情報を披瀝(ひれき)した。


「オリヴィア様付きからの情報はないのか?」


「それが、オリヴィア様のご身辺は侯爵家から連れてきた者たちで固めていたからな。近衛騎士団の幹部たちも情報を集めようとしたが、侯爵家からは休養としか知らされていないようだ。連絡を取れる人もいない」


「オリヴィア様は忙しくはされていたけれど、今の主要なところからは外れていたからなぁ」


 思わず漏れ出た話から生臭い話になりそうな雰囲気に、控えの間は一瞬静かになった。騎士たちの誰もが、オリヴィアが現執行部から距離を取られていたのを知っていた。


「それで、アントワーヌ侯が、王家からの申し出に婚約解消を認めていないのだとか?」


「ジョン様から何度かシュッドコリーヌ家へ使者を出していたそうだ。おおかた解消に向けてのご相談だったのじゃないか。だが、オリヴィア様が郊外の屋敷へ静養にいった以外にアントワーヌ閣下は何も動かなかった」


「王族との縁戚関係はしがみつきたかったか。あまり王宮で存在感ない御方だったが、意外だな」


「いやいや。宮廷での立ち回りが凡庸だからこそ、王の外戚という立場にしがみつきたかったのじゃないか」


「案外、娘の危篤に思考停止していただけだったりしてな」


 含んだ笑いが広がる。情報通の騎士が話を引き取って続けた。


「だから今回の一件は、もう白黒はっきりさせようということなんだと俺は思っている。そしてその場で陛下のお言葉をいただいて、事を一気に決着させるおつもりなんだろう」


「それで、熱が入っているのかねぇ」


 茶に口をつけた別の騎士が口を挟んだ。


「それに、冷えた関係の政略結婚などゴマンとあっても、最初から破綻しちゃってたら、夫婦生活も難しいからねぇ。婚約解消ともなれば、王家と侯爵家との関係も冷えるだろ? シュッドコリーヌ家は古くて大きい家だし、当主の才は凡庸といえども、もっている力は侮れるものではない。そんな大貴族が、大きな顔で王都にいられるのは将来気まずいし、次代の枢密院でプルミエール家と組まれてしまうと大変だ。ここはシュッドコリーヌ家の疑惑の存在を大きく掻き立てて、侯爵家側の失点を演出したいんじゃないかなぁ。こんなことになれば、王都にいられない。流石(さすが)に領地に引っ込むだろう」


「婚約関係が破綻したことに、殿下には瑕疵(かし)がなく、むしろ侯爵家に傷があるアピールといったところか……やり口が明からさますぎる気もするが」


「明からさまでも、ジョン様には要所要所を詰めれば通る自信があるのだろうな」


 騎士たちには、厚い壁の向こうで何が起きているか、窺い知ることはできなかった。


お読みいただき有難うございました。

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