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38 問責状発行


 高い天井のエントランスホールに、直立する男たち。

 

 そのうち護衛騎士たちを従えたひとりは、義礼服を着用していた。儀礼服や騎士服の縁取りに使われた銀の差し色が、彼の出自を明らかにしているーー枢密院からである。


 その彼は、広げた書状を目線にまで高く掲げて、儀式ばった甲高い声を響かせていた。


「王国枢密院より、南方統監職、シュッドコリーヌ侯爵閣下に告げる!

 王太子宮におかれては一昨日(いっさくじつ)午後、オリヴィア・シュッドコリーヌ殿、またその出身家であるシュッドコリーヌ侯爵家に対して、王国統治に関わる重大な疑義ありとの問責状を発行し王府に送付された。

 枢密院中央書記室はこれを受理次第に、枢密院期末本会議の場に審判所を臨時に附設することを決定した。

 シュッドコリーヌ侯爵閣下におかれては、当日は侯爵家が一女である、近衛騎士団第三隊、子爵相当待遇名誉隊長オリヴィア・シュッドコリーヌ殿を伴い、謹んで出頭されたし。

 なお、この審判は公開するものとし、男爵以上の家の者には自由傍聴を許す。

 本件についての詳細については、別紙を読まれたし」


 一息に読むと、使者は書状を持つ手を下げた。


「別紙については、読み上げを省略いたします」


 落ち着いた声に戻してそう言うと、使者は手早く書状を巻き直し、近づいたアントワーヌに渡した。


「いま先程の受理次第という文言はどういうことですかな。まだ枢密院は受理されてないように聞こえましたが」


 受け取りつつ、アントワーヌは尋ねると、使者は眉をよせつつ答えた。 


「王太子宮は、問責状を王府へ送付するとともに、枢密院にも同状の副本を送りました。その後、時を置かず、王府の処理を待たずに、予め審判所を開く準備するよう枢密院に要請したのです」


「なるほど。現時点では、事前通告ということですね」


 頷きながら、使者は困った顔をする。


「はい。しかし枢密院からも審判所開所に間に合わせるよう、王府に処理の催促をしておりますので、審判所が開かれないことはないと思います」


「分かりました」


 そうアントワーヌが返事をすると、使者は目線をずらして、唐突に切り出した。


「これは私が承ったところのことですが、枢密院は規則のとおりに処理する、つまり王府からの特別回送を待つ旨を伝えると、王太子宮から改めて印判署名つき書状による強い要請があったとのことです」


「この通達は、枢密院の望むところではない、と?」


 使者は頭を振って答えた。


「私には、そのように解釈を加えて閣下にお伝えできるような権限はございません。ただ、上司からは、ことの経緯をしっかりお伝えするようにとのことでした」


 アントワーヌは顎を引いて、了承したことを示した。


「ご使者ご苦労様です」


「それでは私はこれで」



 使者たちが門を出ていくのを見送ると、アントワーヌは、横にいる老家令、ユーゴに声をかけた。


「来たな」


「来ましたね」


「昨日、プルミエール閣下から、急ぎの連絡を頂いていたが、その後の展開も思いのほか早かった」


 ホールから廊下へと続くドアの端から見ていたシャルルも駆け寄った。興奮で頬を赤くしている。


「姉上の読みがおおよそ当たっていましたね」


 シャルルが言うと、ああ、とアントワーヌが返事をした。


「しかし、こんな大事にするとはな。オリヴィアにしても私にしても、もう少し内輪の話で済むことを考えていたが」


「公開の場にするのは、僕も驚きました」


「よほど、ご自分のご主張を声高にお広めになりたいのでしょうな」


 そう言うとユーゴは皮肉げな笑みを浮かべ、続けた。


「お嬢様を断罪することで、婚約を破棄されるだけでなく、さらにご自分の用意された婚約者にお話を繋げられたいのでしょう」


 ユーゴの見解にアントワーヌも同意した。


「おそらくそうなのだろう。ただ、こんなやり方をして、それがどれだけ重大な結果を招くのか、ジョンには全然、見えていないな」


 立ったままの三人の男たちは、なんとなく口をつぐんだ。


 沈黙を破ったのは、首をかしげたシャルルだ。


「父親は止めなかったのでしょうか。院長閣下ほど、貴族の力の均衡を熟知している人はいないと聞いていますが」


 ユーゴはシャルルに身体ごと向くと、おっしゃる通りですと言った上で、話を続けた。


「普通の親でしたら止めることでしょう。しかしご使者がわざわざ枢密院の意図ではないことを示唆してこられました。

 院長閣下にはジョン様とは別の思惑をお持ちかもしれません。もうこの先を見通して、プライム家としてはジョン様とは別の道を行かれるという可能性もあるでしょう」


 シャルルは驚いたように目を開き、アントワーヌに向き直る。


「では、こちらは……」


 シャルルの問いかけに、アントワーヌは首を振った。


「粛々と、かねて用意のとおりにするだけだ。シャルルは部屋に戻って、自分のことをやっていなさい。

 ユーゴはオリヴィアに伝えておいてくれ。念の為、気が変わって、オリヴィアが召喚に応じるのか確認しておきたい。

 さて、私はプルミエール閣下のところへ行って一相談してくるとしよう」


「本日はどうされます?」


 家令の問が、何を指しているのかわからず、アントワーヌは怪訝な顔をして立ち止まった。


 ユーゴは重ねて言った。


「外のネズミどものことですよ」


 疑問が氷解したアントワーヌは笑って応えた。


「そうか。あいつらまだいたのだな。今回は見せつけるように正面から行こうか。馬車をこちらの玄関につけてくれ」



    *


 オリヴィアは別邸内の、紅葉を迎えた森のなかをアンヌとゆっくりと歩いていた。


 別邸は、屋敷こそこぢんまりとしているが、周囲を囲む外壁のなかにはシュッドコリーヌ家の騎士たちの宿舎や兵営などを抱え、また広い「庭園」を擁していた。


 庭園といいつつのただの自然林は、一か月以上寝たきりだったオリヴィアの、ちょうど良い運動場にもなっていた。


 奥に設けられた四阿(あずまや)にたどり着くと、見知った騎士がひとり、オリヴィアたちのつくのを待っていた。ヘリットだ。


 ジェラールの親戚だった彼は、ジェラールの後任としてオリビア付きの護衛騎士になり、近衛騎士団にもオリヴィアに従って編入していた。


 いまは、オリヴィアが病床にあるということで、本邸と別邸の連絡係の一人として重要な内容の際には、彼が行き来している。


「もちろん。私も予定通りで。オリヴィアは別邸で昏睡しているままですとお伝えして」


 ヘリットから本邸に来た問責状の使者の件を聞くと、座って休むオリヴィアは迷わず答えた。


 枢密院の召喚状は無視して昏睡を理由に欠席する、と。


「よろしいのですね」


 真面目なヘリットが聞き返すと、オリヴィアは安心させるように笑って言った。


「その方が、ジョンを迷わせず、余計なことを考えさせずに済むでしょう」


「かしこまりました」


「はぁ。おっしゃることはわかるのですが、私は、オリヴィア様に枢密院に出ていただいて、ジョンどもをコテンパンに言い負かす姿を見たかったのですけれど」


 残念そうに言うアンヌに、オリヴィアの笑顔は苦笑いに転じた。


「お願いアンヌ、そんな心身に負担になること、いまの私に求めないで……」



    *



 ーー枢密院、内回廊。


 王都の有力貴族たちが集まる本会議が開かれるホールに続く、次の間である広い空間は、本会議期間以外では閑散としているのが常だ。


 しかしこの日は夜になっても騒然としていた。


 王太子宮による、王太子の婚約者とその出身大貴族に対する問責状、というだけでも異例中の異例である。


 加えての枢密院への副本の直接送付。あからさまな王府に対する不信任の表明であると、貴族たちには受け取られた。


 本来の手続きであれば、衝撃をやわららげるように幾重にも配慮を重ねるべきところを、すべてが剥き出しになったやり取りに、王都の貴族たちは震撼した。


 いったい、権力の中枢で何が起きているのか。少しでも確かな情報を求めるために、貴族たちが殺到していたのだ。


 王都にいない貴族家は、枢密院に連絡のための出入りが許されている家人が駆けつけていた。


 それぞれに見知った顔を捕まえては、知っている話を照らし合わせを試みている。


 といっても誰も確かな情報など、持ち合わせていない。ほんの少しの事実に噂を重ねて推測話を聞かせ合っているだけだ。


 結局のところ、彼らが一致して確からしいとみなしているのは、「オリヴィア嬢が断罪されて婚約破棄されるらしい」、ということだけだ。だが理由は?


「王太子殿下がオリヴィア嬢の我儘に対して我慢の限界を越えたそうだ」と、物知り顔に広めているのは、プライムと繋がっている貴族たちだ。


「オリヴィア嬢はもう瀕死であるらしい、それをシュッドコリーヌ侯爵は隠蔽している 」という声も聞かれる。


 それらに懐疑的な声を上げるプルミエール側の貴族たちには、とはいえ彼らを抑えるだけの話の持ち合わせてはいない。苦々しげに噂の根拠に疑いを投げかけるだけだ。


 では、回廊の貴族たちがプライムよりの意見で染まるかというと、そんなことはない。


 明らかに吹聴してみせている話に、興味深そうに相槌は打っても、一歩引いて様子を窺っている者たちが大半だった。

 

 その時、回廊に書記官室の扉が開く物音が大きく響いた。


 四方に耳をすませていた貴族たちが一斉に振り向くと、ひとりの書記官が姿勢を正して出てきた。奉書用の厚手の巻紙をもっている。


 ざわめきを強めた貴族たちの間を、靴音を高く上げ、まっすぐに掲示壁まで歩いていくと、かたわらにある足台に乗った。


 その意味を察した貴族たちはにわかに黙り込んだ。


 唐突に訪れた静寂のなか、足台に乗った書記官が、幾枚かある掲示より一段高く、その紙ーー臨時審判所に、国王・王妃両陛下が臨席する報せを打ち付けると、枢密院に大きな喚声がとどろいた。


お読みいただき有難うございました。



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