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32 事後処理

「あまりに酷い内容です。詳細はとても皆に公開できるようなものではありませんな」


 宰相の執務室。プルミエールはテーブルに置かれた報告書に視線を向けて頭を振った。


 テーブルの周りには、宰相のほか、近衛騎士団の名誉団長トゥリーチェイ、現役の近衛騎士団長、宮廷魔術師団長らが集まっていた。


 騎士団の重鎮らの集まりに、オリヴィアとその保護者としてシュッドコリーヌ侯爵、アントワーヌも同席している。


 これから「王太子の魔獣討伐訓練」のさんざんな結果をつくろわなくてはならない。


 助けられた騎士たちから聞き取り、まとめられた報告書によれば、以下の通りだったという。 


 まともな魔獣に遭遇しないまま迎えた最後の野営。あとは帰還するだけという緊張の解けかけたあかつきごろ、知能の高い個体に率いられた魔狼の群れが襲いかかった。第一報で一応は動き出していた騎士たちの対応は遅く、後手に回った。


 防戦一方の状況で、日中には魔狼たちの獲物を横取りすべく、魔熊も出現したとのこと。


 道案内に雇用していた魔法使いが張った小規模の結界で王太子たちや非戦闘職を護りつつ、トゥリーチェイの率いる助けが来るまでしのいでいたという。


 トゥリーチェイは当初、森の外縁部の見張塔までと言っていたが、最終的には自ら救援の部隊を指揮し、森に入っていた。彼が猪突猛進と評される所以(ゆえん)だった。


 プルミエールは口を開いた。


「魔狼たちは、討伐隊の警戒が途切れるまで、バラバラに襲うのを控えていたのかもしれません。当初のような一斉襲撃を繰り返されれば、死者も多数出ていたことでしょう。

 しかし魔熊の出現は、魔狼にも想定外の事態だったようですね。

 三者の混戦になったことで、討伐隊はだいぶ助かった。

 高い知能のある個体に遭遇したというのが不運だったのでしょうが、そもそもこのたびは最初から杜撰(ずさん)な計画でした」


 プルミエールの言葉に全員がうなずく。


「それにしても、結界はよくもちましたな。一般に魔法使いより魔力の高いとされる魔術師でも難しいことです」


 魔術師団長が言うと、トゥリーチェイが説明した。


「それは彼女に訊いたぞ。予備の補助魔石を多めに持っていたそうだ。彼女の魔力では長期間張ることはできないから、結界をごく最低限にはり、時々騎士に撃ってでさせてと魔力維持に工夫をこらしたそうだ。負傷者は多かったが、致命傷は避けられていた」


「騎士たちが、冒険者の指示に従ったのですか?」


 儀礼的な軽い驚きを込めて、プルミエールは訊いた。


「結界をずっとは張っておれないことは明白だった。魔力の限界はできるだけ引き伸ばす必要があるからな。そこはリーダー格の狩人が、魔法使いの疲労度と、魔狼たちのスキを見て、騎士たちの防戦を牽引したようだ」


「最初の一報も狩人の男からだったな」


 近衛騎士団長が指摘する。


「彼は、見回りで一緒に組んでいた者が襲われたのを、見捨てて逃げてきたと、野営地でだいぶ責められていたそうです。まぁ、魔狼の襲撃が始まると、そんなこと言ってられなくなったようですが」


 語りながら、プルミエールがため息をついた。


「ヤノーシュの遺体も目撃したそうなので、なぜすぐに回収しなかったのかと、王太子殿下たちから、責められていたと聞きましたが……」


 トゥリーチェイは呆れたように返す。


「遺骸に群がる魔狼と戦っていれば、彼もまた魔狼の餌食(えじき)になって、一報はなかった。せっかくの一報で全員起き出したは良いが、どうでも良いことで防御を固めるのが遅れたのはな」


 プルミエールはうなずく。


「魔狼の襲撃開始後は、殿下もこの討伐隊の騎士隊長もあまり前に出てこなかったので、狩人がなし崩しに最前線の指導的役回りになったのは、かえって良かったですな」


「そこは、殿下はより経験のある者に任せる度量があったと言うべきところだろう」


 トゥリーチェイは軽く笑って混ぜ返したが、冗談と受け取らず、プルミエールは軽くあごをひいて同意を表し続ける。


「実際、その度量がなかったのか、ヤンは狩人の忠言をきかず、前に飛び出しすぎて大怪我を追ったようです。命はとりとめ、日常生活は問題ないでしょうか、騎士としてはもう戦うのは難しいでしょう。

 彼ら冒険者たちがいなければ、野営地での防戦も救援まで続かなかったかもしれません。なにもかも不十分ななかで、救援が到着するまでよく戦ってくれていました。当たり前ですが、彼らには特段の褒賞を与えないとなりませんね」




 褒賞の話が一段落したのち、トゥリーチェイは、オリヴィアに目をやって声を上げた。


「さて、宰相。一通り終わったので、オリヴィア殿の件に入ろう。我々は救援にかけつけたものの、初動で魔術師もおらずに、魔獣どもに苦戦が予想されていたが、ここにいるオリヴィア殿から魔術の支援が受けられ、だいぶ助かった。オリヴィア殿にも十分に報いてほしい」


 話をうけて、魔術師団長が続ける。   


「この報告書によれば、オリヴィア様は、結界、それと距離をとっての魔術攻撃、負傷者への簡単な治癒、前線で必要な魔術師としての支援を行ったそうですね」


 オリヴィアは背筋を伸ばして答えた。


「はい。微力ではございますが、一生懸命頑張らせていただきました。いずれも軽い魔術で、治癒についても、とりあえず出血を止めるので手一杯でしたが」


「とんでもない。後から駆けつけた、私の配下も感心していましたよ。応急処置として十分なものであったと聞いております。オリヴィア様は、これから鍛錬を続ければ、宮廷魔術師としても十二分にご奉公できましょう」


「いえ、そんな」


「今からでも遅くはないですぞ。私どものところに任官先を変えられてはいかがですか」 


「さすがに聞き捨てならんですぞ、魔術師団長。王配や王妃になられる方の所属先は近衛、というのは決まっておることです」


 魔術師団長の言葉に、近衛騎士団長が横から入る。


「オリヴィアへの過分なお褒めのお言葉、有難うございます。魔術師団長殿。今後の励みになることでしょう」


 アントワーヌが大きな笑顔で御礼を告げて、まだ続きそうなやり取りを打ち切った。


 アントワーヌはそのままプルミエールに顔を向ける。


「宰相閣下。このたびのオリヴィアの奮闘にどのような褒賞をいただけますでしょうか」


 プルミエールはアントワーヌのあからさまな打ち切り方に苦笑いしながら、言った。 


「オリヴィア殿。この度は、正式な任官前にもかかわらず、イワン王太子殿下のために危険をかえりみずに救援にあたり、誠に有難うございました。

 オリヴィア殿の功績に対しては、王家を守った騎士に与えられる殊勲章とともに、一階級昇進させた上で任官していただこうかと思っております」

 

 近衛騎士団長が補足する。 


「男爵相当から、子爵相当での任官ということになります。このような事件がなければ、大変異例のことです。もっとも、オリヴィア殿は王太子妃としての儀礼を受けるお立場でありますが」

 

 アントワーヌはオリヴィアを見た。


「どうかな。オリヴィア。自分で要望を言いなさい」


 彼は、すでにオリビアから話を聞いていたので、内容には口を挟まなかった。


 オリヴィアは息を深く吸い、胸元に言葉をため、それから切り出した。


「大変ありがたいお話ですが、受勲も昇進もけっこうです。その代わりに、褒賞としてふたつほど、ぜひ頂戴したいものがあります」


「ほう。なんだ。宝石などのモノがよかったか」


 事情を知るトゥリーチェイも、話の呼び水として聞く姿勢を周囲に見せると、他の者たちも身体をオリヴィアに向ける。オリヴィアは再度深く呼吸をして切り出した。


「いえ、モノではございません。まず、王宮に隣接する近衛騎士団の本部棟に、私の執務室をいただけますでしょうか。この度の一件で、イワン殿下をお護りすることを私の大切な仕事のひとつであると、認識をあらたにいたしました。したがって、本来の騎士団の幹部としての執務室をいただきたいと思います」


「褒賞でなくとも、部屋のご用意はあるのでは?」

 

 プルミエールは尋ねた。


「任官前ですからまだありません。それに、私は王太子妃候補ですのでいつもは王太子宮に伺候しておりました。ですので、近衛本部の方はかたちばかりのお部屋になる予定でした」


「なるほど、それは近衛騎士団で対応していただくことになりますが、いかがですか」


 近衛騎士団長が「問題ないです」と短く答えると、オリヴィアは話を続けた。


「それとお部屋が頂けましたら、これまで王太子宮で受けておりました王太子妃教育も、いただける近衛騎士団の部屋にてお受けしたく思います」


「それは……理由をうかがっても?」


「せっかく王宮近くに 自分の執務室があるのですから、移動の無駄な時間を排除したいのです」


「それは表向きの理由では?」


 プルミエールはさらに聴いてくる。


「そんな。表向きなど、と、とんでもありません。わ、私は王家を守る近衛騎士団の一員として、この身を捧げていきたいと……」


「オリヴィア殿、そんな無理はしなくて良いんだ」


「ええっと、はい」


 オリヴィアの「トゥリーチェイ閣下の生き方の真似」は、始めるやいなや、当人から声をかけられて終わった。


「オリヴィア。ちゃんと言った方が良いぞ。王宮でのことは、すべて公的に行われていることなのだ」


 アントワーヌの励ましを受けて、オリヴィアは少し口ごもりながら説明をした。


「王太子宮では、殿下の側近の方々からの影響でしょうか……。本来の妃教育の内容なのか、それとも側近の方々のご要望なのか、判然としないことが多いからです。たとえば、側近の方々のお考えに意見をしないで従うべきというのは、王妃陛下のお仕事のご様子を伺っても、これは妃教育の内容なのかしらと思います」


「なるほど」


「その結果、今回あまりに危ないと思いつつも、ヤノーシュ様のお考えを止めることはできませんでした」


「まぁ、あいつは、オリヴィアが意見しても止まらなかったとは思うがな。本職の近衛騎士団が束になっても曲げなかったのだから」


 トゥリーチェイは言った。


「確かに。でもあの時、私も一言でも忠告しておけばという悔いは残ります」


「では……。この機会に教師たちは取り替えた方がよろしいのでは」


 プルミエールが訊くと、オリヴィアは頭を横に軽く振った。


「いきなり、いままでと一切変えると、角が立ちそうですので。今後、私の要望を容れられない方にはお代わりいただくのが良いのかなと思いました」


 今後、教師たちは近衛本部のオリヴィアの部屋で、オリヴィアの従者たちに見守られて彼女の教育を続けることになる。時にはトゥリーチェイも断りなく入ってくる。これまで密室でオリヴィアに対して自由に振る舞っていた教師たちには、やりにくくなることは間違いなかった。



    ※



 その後、「王太子の魔獣討伐訓練」は公的には抹消された。


 魔の森で遭難死を遂げたヤノーシュについては、その死を秘匿されたまま、「急な病を得た」として王太子宮を下がり、その数日後に死亡したことが公表された。


「王太子の行う緊急性のある重大な公的行為」の後に延期されていたヤンの枢密院審判は、大方が予想していたとおり、厳重注意と一週間の謹慎程度で終わった。


 しかし、「謹慎中の不慮の事故により、王太子の側近の任に耐えられなくなった」として、ヤンの家から側近職の辞職願いが提出された。


 討伐隊で奮戦した騎士や冒険者、救援に向かった者たちには、事実について口を閉ざすよう命じられたうえで、褒賞や見舞金が内々に与えられた。


 オリヴィアの求めた褒賞も、あっけないほど抵抗なく与えられた。


 実際のところ、プルミエールの当初口にした「勲章と昇進」は、表向きには説明ができないものになるところだった。ただ近衛騎士団での昇進については、任官後に「実力を見た上で」すみやかに行われることが約束された。


 オリヴィアは、王太子妃の単なる名誉職の扱いから、実働部隊の士官として扱われることになった。


 それとともに、オリヴィアはプルミエール派のシュッドコリーヌ家の者とだけでなく、王家の騎士ーートゥリーチェイの後見を受ける身と見做されるようになった。



  

 王太子宮から近衛本部へ部屋を移す日。


 オリヴィアは、イワンに挨拶をしに王太子執務室へと入った。


 執務室にはイワンがひとりでいた。


 扉を開けて入ってきたオリヴィアを、執務机に向かい座ったままのイワンはにらみ見た。


「褒賞を受け取ったそうだな。ヤノーシュが私のために死んだのだぞ。私が危機に陥ったことが嬉しいか」


 入室していきなりの敵意を向けられたことにオリヴィアは驚いて、開けかけた口を閉じた。


 ヤノーシュがいた頃は、イワンは黙ったまま、ヤノーシュがオリヴィアを低めるような応対をすることを放任していた。

 

 ヤノーシュがいなくなった今、イワンは自らその汚れ役を務めるつもりのようだった。


 オリヴィアに席を勧めることもしないまま、イワンは続ける。


「近衛騎士団本部に自室を得たと聞いた。お前もこの王太子宮を出ていくのか。お前は、こういうときこそ、私を横で支えるべき役割なんじゃないのか」

 

 イワンを支えてきた側近が、短期間でプライム家のジョンを残し消えていた。その直接の原因はオリヴィアにはない。ただオリヴィアをどうにかしようとするなかで、ひとりひとり、自滅していったのだ。


 内心の不安の八つ当たりでしかないイワンの言葉に、鼻白んだオリヴィアは立ったまま応えた。


「殿下、ヤノーシュ様へのお悔やみはこれまで何度も申し上げて参りました。しかしあの事件から私は一度たりとも殿下のお側にお招き頂いておりません。宮にいても私は殿下のお支えにはならないと思われますが」


「お前から来ればいいだろう!」


「ここでは、殿下がお声をかけてくださるまで、御用もなく勝手にお声をかけてはいけないことになっております」


 そうオリヴィアに言っていたヤノーシュはもういなかったが、だからといって、これまでさんざん言われたことが無効になったわけではない。これまでのことを有耶無耶にしたまま、オリヴィアから「自分の意思」として、イワンのもとに行く気はない。 


「近衛本部におりますので、殿下からのご招待があれば、いつでも王太子宮にお伺いいたします」


「お前は、私にお前をもてなせというのか?」


「王太子宮の主人は、王太子殿下ではありませんか。ヤノーシュ様も、私につけられたここの教師たちも、王太子宮では、王太子殿下の許可なく茶会を開いてはならないときつくお教えでしたよ。茶会を、というより、王太子宮の使用人を使って私が何かすることをいましめておりました」


「そんなことは、私は知らん。茶会など、我が母上も自由にやっているではないか」


「そうでしたか。それでは、これまでの私に対する教えは、ヤノーシュ様と教師たちの嘘だったということですね」


「いや、それは私を思い遣ってのことだろう」


 イワンはすぐにこれまでの言葉をひるがえし、ヤノーシュたちを庇った。


「なるほど。そうですか」


 イワンの態度にオリヴィアは思わず失笑を漏らした。


「何がおかしい」


「いえ。でしたら、結局この宮で、殿下を思いやると私のできることはなさそうですね。では、殿下からのお招きをお待ちしておりますので。これにて失礼いたしますね」


 結局オリヴィアは座ることもなく、王太子の執務室を後にした。



     ※



 公的には、魔獣討伐訓練の事故はなかったことになった。王太子の身の回りでは、側近の交代がたまたま重なって行われただけだ。


 だが実際には看過できない事件が起きていた。


 王宮に生きる貴族たちは、何も起こっていなかったかのように振る舞うことで、このルールを自分が守り参加していることを示す必要がある。


 それに都合の良い行事が、目の前に迫っていた。



 ーー万事支障なく、イワン王太子とシュッドコリーヌ侯爵の娘オリヴィアの婚約式は予定どおりに行われた……この日、天気は快晴。



 やがて年代記の史料となる王家の日誌には、そう記録されることになる。



お読みいただき有難うございました。

誤字のご指摘も有難うございます。

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