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2 王太子執務室にて

「オリヴィアはまだ目が覚めないのか」


 王太子の執務室。朝、王太子イワンは、執務机の前で今週の公務スケジュールを読み上げ終えた筆頭侍従のジョンに声をかけた。


「はい。先週の殿下のお尋ね以来、変わりはありません。侯爵家からは王宮に毎日オリヴィア様の病状について連絡を受けております。とくに新しい話はございませんね」


 オリヴィアが暗殺者の魔術の光を受けてもうすぐ一月となる。


 王国の貴族たちを震撼(しんかん)させた王太子暗殺未遂事件は今も取り調べが続いている。

 

 犯人は平民階級の出身で、使用人として王宮に入り込んでいた。二年前に採用されていたが、届けられていた名前は偽名であり、伯爵家による推薦状は偽造されたものだった。推薦状を(あらた)めたはずの担当者は一年前に職を辞した後、行方は分からない。

 

 犯人も既に死亡しており、それ以上の取り調べの進展は難しいと見られていた。

 

 一方で管理責任の問題は厳しく追及され、人事を(つかさど)る吏部の官僚たちは重叱責及び降格処分となり、長官職である吏部尚書(りぶしょうしょ)は辞職した。


 大貴族からなる枢密院からは、国王を補佐する宰相も責任も問われるべきではないかという声も上がっていた。

 

 イワンはため息をついた。


「こうも周りに迷惑をかけるとはな。困った奴だ」


 オリヴィアに(かば)われ尻餅を打っていたイワンは、自身の結界がオリヴィアを魔術光に押し込んだことを、後の秘密報告で知った。


 王太子にとってそれは不都合な事実であり、状況を糊塗(こと)するためにジョンがその場で叫んだ筋書き、「オリヴィアは勢い余って自分で飛び込んだ」にイワンは乗ることにしていた。


 わざわざ将来の権力者に異を唱える者もいない。黙っていればそのまま流布(るふ)するはずだった。

 

 あの光がなんであったか、宮廷魔術師たちの調べにもかかわらず、結局は分からないままだった。


 宝玉の結界によって、ごく弱められていたはずだが、光を浴びたオリヴィアの目が覚めないことで、その力が人体に有害であり、強力なものだったと推測されるだけであった。オリヴィアの昏睡も謎のままだ。


「毎日連絡をいただくので、そろそろ王宮内によろしくない噂が広がりつつあります」


「オリヴィアには長期休養に切り替えてもらった方が良さそうだな」


 事件直後の翌朝には、シュッドコリーヌ侯爵家からは「オリヴィアの体調が思わしくなく、本日の出仕を見合わせる」旨の届けが出され、それは毎朝更改されていた。


 当初は婚約者であるオリヴィアの受けた被害を軽く見せるため、王太子側と侯爵家で示し合わせた偽装だった。


 そうはいっても、毎日のように届けが更改されれば逆効果だ。


 王宮の貴族たちには「オリヴィアは本当は危篤ではないか」という噂になっていた。


 王太子の婚約者が暗殺者の魔手に倒れたとなっては、事件当日の警備の瑕疵(かし)の有無に話が移るのは必定だった。


 事件の際に、ジョンが王太子からの言葉として警備の騎士たちを周囲に聞こえるよう()めたことで、警備の責任問題を有耶無耶(うやむや)にしていたが、改めて浮上することになるだろう。


 それは、騎士団長の子息ヨハンを側近の一人に据えているイワンにとって、避けたいところだ。


「シュッドコリーヌ侯爵は、王都の南に別邸を持っておりますね」


「うん? 防御拠点の屋敷のことか。一度、狩の宴に招かれたことがあるな。お前も一緒だった」


「はい、村邑(そんゆう)三つを抱える荘園に、魔獣の出没する南部の森に面する広大なものでした。魔獣からの防御陣はさすがに行き届いており、王都外環を守護する五大侯爵家が一家に相応(ふさわ)しいものでございましたね。屋敷そのものは田舎風といいますか、小ぶりで素朴(そぼく)さを感じさせるものでしたが、殿下をお招きしたぐらいですから、侯爵の娘が滞在するのも問題ないでしょう」


「そこにオリヴィアを下がらせよ、ということか」


「はい、気分転換に王都を離れるという届けを出していただくことにいたしましょう。まずは三か月ほど。元気が取り柄のオリヴィア様にとっても、自然が豊かなところで静養するのがよろしいかと。それから復帰されても、殿下が二十歳を迎えられる半年以上先の式典には十分間に合いますでしょう」


「元気か……皮肉のつもりか」


 王太子が苦笑いすると、ジョンは片方の眉を釣り上げて応じた。


 ジョンは先代宰相のプライム家の嫡子だ。今年で二十二となる。この国では、王太子の新国王即位の際に、筆頭侍従として王太子の一の側近であったものが宰相にスライドするのが慣例だった。


 まだ二十歳に満たぬイワンが王位につくのは、十年は先と考えられたが、現宰相家の嫡子はようやく十歳を越えたばかり。このまま実績を積み上げていけば、ジョンの立場は盤石(ばんじゃく)と見られていた。


「わかった。そうしてくれ」 

 

 イワンの返事に一拍置いて、ジョンは念を押すように重ねた。


「ですが、仮にオリヴィア様の病後が思わしくない場合には、婚約者を代える必要もあることでしょう。内々にそちらの準備もしておきますね」


 イワンは書類から顔を上げ、ジョンの顔を見遣る。


「腹案がありそうな顔だな」


「とんでもない。万が一に備えてのことです」


「次は落ち着きのある令嬢を頼む」 


 イワンはそう答え、ジョンとの話は次の予定についてに移った。

お読みいただき有難うございました。


✴︎漢字変換、表現の用法は意図したものである場合があります。

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