26 王太子の側近会議
「このような式次第では、イワン様より、シュッドコリーヌ家が目立ってしまいます。これでは到底、王太子宮として認められるものではありません」
王太子イワンの側近の一人、ヤンが傲然と立ち上がり声を上げた。
横領の罪で失脚したポルトフィーユ家のジャンの代わりに新しく入ったふたりーーひとりは上手、ひとりは下手ーーを見回しながら、手に持った紙の束をテーブルの中央へ無造作に投げてみせる。
イワンとあまり歳の違わないヤンは、名のある騎士を多く輩出してきた子爵家の出だ。
先の戦いで活躍した祖父の功績で、王太子付けの側近に選ばれた。
この場ではイワンや首席のジョンが内心で思っていても立場上言えないことを、先んじて口にすることを自分の役割と心得ていた。
テーブルの下手の方に座ったアランはゆったりと椅子に腰掛けたまま、ヤンに目を向けた。
彼はジャンに代わり王太子宮の予算の窓口を任されることになった男だ。
彼もまた子爵家の出である。財務部の若手幹部でもあるアランは、ジャンよりもさらに年嵩で、この場の誰よりも年長者だ。
アランは臨時の側近職だった。
新しく入ったもう一人、伯爵家出身のシモンが、いずれ財務担当の側近としてイワンに近侍することが決まっていた。
ジャンの負の遺産を片付け、周辺の環境を整えた上で、シモンに引き継ぐのがアランに与えられた役割だった。
アランは子どもに教え諭すように口を開いた。
「それはそうでしょう。
あなた方のご希望で、立太子の式とは別に、大侯爵家との婚約式を行うことにしたのですから。どうしたって式は大きくなりますよ。
それに我が国の王太子殿下が、どこの家のどのようなご令嬢とご婚約を結ばれるのか。これは貴族のみならず、国民、諸外国含めて多くの人々の関心事なのですよ。彼らにはっきりと示さなければ、なりますまい。ひいてはそれが国家の安定と安全保障につながっているんです。おわかりになりますか?
あと付け足すならば、王太子宮のご希望であったにもかかわらず、侯爵家が式の経費をほとんど負担することになっています。丸抱えでやることになっているんですよ」
噛ませ犬の若者に言ってきかすように語るが、もちろん本当に聞かせている相手は、部屋の奥、最上席を占めるイワンと、その手前の左右を占めるジョンとシモンにだ。
今のところ三人は黙ったまま反応を見せていなかった。
ジョンの隣、第三席の位置に座るヤノーシュは肩をすくませた。
「やれやれ。シュッドコリーヌの肩を持つものが、イワン様のいらっしゃるこの部屋にいるとはな」
アランはその当て擦りには鼻で笑うだけで流した。
その反応を詰まらなそうに見やりながら、ヤノーシュは続ける。
「そんなに大切な式典なら、王府からも支出すればよいのではないですか。あまりシュッドコリーヌを持ち上げるような内容では、心得違いがでないか心配になります」
ヤノーシュは遠く王家へと繋がる血筋を誇り、侍従職を多くだしてきた子爵家の生まれだった。
「これのどこがシュッドコリーヌ侯爵家を持ち上げているのか、私のような凡人にはまったくわかりませんね。
王太子殿下がお立ちになっている高台に、侯爵閣下のエスコートでオリヴィア様が向かう。王太子殿下がお言葉をおかけになって、オリヴィア様を高台にお招きし、参列者の前にふたりで並び立たれる。おふたりと王国に聖職者が祝福を与える。端的に言ってそれだけではないですか」
「その歩く距離がそもそも問題ではないか! 長々と侯爵一家を見せるつもりか。イワン様を立ったままお待たせするのも問題だ」
ヤンは指摘した。
式の次第では楽師団と合唱隊による、王と王国を讃美する歌のもと、参列者の中央に設けられた通路を歩いて王太子のもとへと向かうことになっている。
「参列者が多ければ、仕方ありますまい。その分、王太子殿下が悠然と立たれる姿も参列者は目に焼き付ける訳でもありますからな」
「同じだけ、シュッドコリーヌのふたりに目がいくのではないか」
ヤノーシュは言う。
「ああ、オリヴィア様は、秋の狩りの宴でも大活躍でしたしね! 新たな魔術を見せて、魔術師団も注目していると聞きます」
アランは呑気に返すが、イワンの側近たちには無視できない点だった。
オリヴィアの近衛騎士団への挨拶は、騎士たちに熱狂的に迎えられたと聞いていた。
オリヴィアの騎士団入りは名誉職にすぎないとイワンの周りは思っていたが、オリヴィアは積極的に王都近郊の魔獣討伐にも参加する姿勢を見せているという。
オリヴィアの名前はすでに王都中に広がりを見せはじめている。
「王太子殿下の妃となる方が、才あり人気があるのは、良いことではないですか」
「イワン様よりオリヴィア様が目立ってしまうのは僭越だろう」
「え、それってどういう意味です?」
アランの切り返しに、ヤンはしまったという顔をした。
「イワンよりシュッドコリーヌ家が分を超えて目立つ」とは言えても、「イワンよりもオリヴィアが目立つ」と言うのは危険である。
後者の言い方では、話の流れによっては「イワンがオリヴィアより劣ってる」という含意も出てきてしまうからだ。
ヤンはさらに大きな声を張り上げた。
「ああ! とにかく、シュッドコリーヌのふたりには、高舞台の袖口から出てきて貰えばよかろう。そもそももとの立太子に合わせて婚約者を披露する場合だったら、イワン様とオリヴィア様ふたりでともに会場に現れるだけだったではないか」
ヤンの言にアランは笑って返す。
「それで良かったものを、わざわざ式を別にしたから、こういうことになったんですよ。
なんの催し物でも挙行するには、やるだけの意味を感じさせなくてはなりません。意味のない式に王家がお出ましになっている事自体、王家の尊厳にも関わります。
それに、意図して相手を軽んじるような提案はしない方が良いでしょう。
ヤン君の実家では目上の結婚相手ならそんな提案を喜んで受けるんですか?」
アランが聞くと、ヤンは真っ赤になって怒った。
「アラン殿は我がスパーダ家を侮辱するお積もりか!」
「その侮辱を、大侯爵家にしようとしていることが分からないのですか?」
ヤンが言葉に詰まるのを見て、アランはヤノーシュに顔を向けた。
「あ、先ほど王家からの支出の話が出ましたが、それは無しです。そもそも立太子の式と別にすることが決まった時に、支出なしは前提でしたので。
シュッドコリーヌ侯爵家が負担することを認めたから、別に出来ることになったんですよ。それにお金を出すといっても、前任者から引き継いだ時点で王太子宮にほとんど自由になるお金なんてないです。いったい何に使われたのやら」
ヤノーシュは食い下がった。
「僕は、王太子宮でも王家でもなく、王府から支出すればといったんだけど」
「いま、王太子宮の帳簿を財務総出で洗っているこのタイミングでですか? この間、財務の人間と顔を合わせましたら、だいぶ嫌味を言われましたよ。とんだトバッチリです。私、まだここにいなかったのに。無理な話です」
「君は財務にいたんだろう? イワン様にとって、君の存在価値はそこにあるんじゃないのか」
「いやいや。財務にいた身として、私が無意味と思っている出費について古巣に提案することはできかねますね。
それに私のここにいる意義は、王国のために、王太子殿下とあなた方に妥当な選択をお薦めすることにあると心得ておりますから。今回は、王太子殿下の婚約式について、わざわざ意味もなく揉めずに話を先に進めることをお薦めしているんですよ。もう式まで日程的にも財政的にも余裕がないんですから」
「しかし、これでは僕らも王太子殿下に申し訳なくて、顔向けできないよ。こんな式次第でこれから取次するのも気がひけるなぁ。このままだと色々と時間がかかるかもしれないよ」
ヤノーシュは今後の取次を拒否することを仄めかした。立太子の式の際には力を発揮した手段だった。
「おかしなことを言うね。ヤノーシュ君。顔向けできないもなにも、殿下はいま臨席してくださっているじゃないですか。
あ、この話は、もう陛下を中心に進んでいるんで、おかしなことはしないでくださいね。王太子殿下がヤノーシュ君のしでかしたことの責を負われることになりますから。
ヤノーシュ君が難しいようでしたら、今後は私が事のついでに殿下に取次ぎますよ。宰相閣下からも、くれぐれもと頼まれておりますしね」
激昂したヤンは吐き捨てるように言った。
「この、プルミエール派の犬めが!」
一瞬黙ったアランは、隣に座って議事録をとっている王太子宮付きの下級官吏に静かに声をかけた。
「書記官、彼のいまの発言は記録したか?」
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