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24 目には目を

 王都に詰めている武門貴族たちによる狩の宴は、シュッドコリーヌ家の名をやや高めたことを除けば特筆することもなく、例年通りに無事終わった。


 それからしばらく経ったある日の王都侯爵邸。


「あぁ、オリヴィア。突然だが、二日後、宰相閣下がくるぞ」


 オリヴィアが、アントワーヌとシャルルと共にいつものように朝食をっていると、アントワーヌが言う。首をかしげたオリヴィアが、「婚約式の打ち合わせでしょうか」と訊くと、


「まぁ。それが表の名目になっているが、どうもそれだけではなさそうだ」


 アントワーヌも首をかしげて答えた。


「というと?」


「我が家と、王家の手打ちの条件についても少し話があるようなことを、先触れの使者はほのめかしていたな」


 手打ちとは、王太子の婚約について、立太子の式から外して先延ばしにした一件でのことだ。


 オリヴィアは頷いた。


「あぁ、なるほど。宰相閣下には、今回の件について、色々と思うところはありそうですね」 




「正直に申しますと、侯爵家の対応は生ぬるいと思いますね。シュッドコリーヌ家はそれでいいのですか。貴族たちの中には、貴家を軽く見る者たちも出ておりますぞ」 


 プルミエールは、婚約式の話を簡単に済ませると、人払いを求め、すぐに不満を隠さず本題を切り出した。頭を左右にゆっくりと振るさいに、ゆったりとした衣服の裾が揺れる。


 侯爵家の客間のひとつ。金の螺鈿(らでん)細工を施した低いテーブルを間に置いて、オリヴィアとアントワーヌはプルミエールの話を聞いていた。


「この度の対価は、オリヴィア殿の近衛への転属任官、それと身の回りの増員でしたか」


 あきれるようにプルミエールは鼻を鳴らす。


「そんなこと。侯爵家が要望さえすれば誰も否などありえないでしょう。今回、プライム側から与えられた屈辱の償いになど、到底なり得ません」


 アントワーヌは頷きつつ、苦笑いで、


「確かに、当家をあなどる者たちの声は、すでに我々の耳にも聞こえてきております。しかし、今は言わせておきましょう。閣下自体は彼らのことをどう見てます?」


 プルミエールはため息をついた。


「本当の実力が見えていない者たちだ、と」


 アントワーヌは薄く笑い、「当家も、彼らのことをよくよく覚えておこうと思っておりますよ。信頼に値しない人間を知ることのできるよい機会です」と冗談めかしながら続ける。


「立太子の式と別に婚約式をすることは、確かに我々の負担も大きくはなりますが、かえって我がシュッドコリーヌ家の存在を示す機会にもできますのでね。

 立太子の式典ともなればイワン王子が主役。当然、我々は影になる。

 だが、婚約式となると話は違いましょう? 

 今回、オリヴィアに活躍してもらったのも、イワン王子の橫に立つオリヴィアが、ただ王子に引き立てられただけの娘ではないことを示すためでした。オリヴィアは期待以上にやってくれた」


 プルミエールもオリヴィアの方に目を向けた。


「確かに。今回、オリヴィア殿は狩の宴で魔術師としての大きな才能を衆人の前で示された。オリヴィア殿の近衛入りは、王家からすれば得でしかないでしょう。

 あの王太子はあの地で何が行われたのか結局、まるで理解しておりませんでしたが、国王両陛下はあとで報告を聞いて満足そうに微笑まれておりましたぞ」


 オリヴィアは、軽く頭を下げて「我らが両陛下の御心のままに」と唱えた。


「大多数の人間は慎重な日和見主義者たちです。彼らはまだ当家のことを判断を保留しておりましょう。今はそれで良い。やり過ぎれば警戒も生みます」


 そこまで言って、アントワーヌはねた表情をつくり、付け加えた。


「なにより、我々の要求の矢面に立たざるを得ない宰相殿にも配慮したつもりでしたが、もう少しゴネても良かったのですかな」


 プルミエールは笑いながら言った。


「なるほど。婚約式を侯爵家の力を示す機会という捉え方もありますな。道理で、打ち合わせの内容が、遠慮の感じられないものだと思っておりました。

 さすが、ときに王家とも張り合う土地付き大貴族らしきお考えでしたね。

 しかし、王のもと、王宮に生きる我々にとって、今回の一件、まだ均衡がとれているとは、とても言えません。

 それは私がやらなければならないということですね。この際、プライム家の高くなる一方の鼻を叩く機会を譲っていただいたと考えましょう」


「何か、宰相閣下にお考えでもありますか」


 アントワーヌの隣に座るオリヴィアは尋ねた。


「このまま彼らの勝手を許しておりますと、当家の旗を支えてくれている方々にも、ご迷惑がかかりますからね。きっちり、された分のお返しはしなければなりません。

 目には目をーーとはいにしえの格言ですが、これは今もまごうことなき真理です。

 オリヴィア殿も覚えておいてください。舐められたら貴族は終わりなんです。

 なに、ちょうど収穫期を迎えたネタを使うだけです。侯爵家の方々にご迷惑はおかけしませんよ」 



     ✴︎



 それからしばらくたった昼下がりのこと。

 オリヴィアは侯爵家の南陽の間で読書をしていた。開け放った窓からは、やわらかで暖かな外光とともに、そよ風が入ってくる。

 扉が静かにノックされ、アンヌがスカートの裾を掴んで、急ぎ歩きでオリヴィアの近くまで寄った。顔を下げて、オリヴィアに軽くお辞儀をするような仕草で小声で言った。


「オリヴィア様。ポルトフィーユ家のジャンが捕縛されたそうです」


「え? 誰?」


 驚いたオリヴィアは思わず声を上げた。アンヌは声を押し殺して繰り返した。


「王太子の、側近の、ジャン様ですよ。昨晩遅くに」


 ポルトフィーユ伯爵家のジャンは、イワン王太子の側近の一人だった。

 ポルトフィーユ家は、王宮内で消費される飲食物、調度品や家具に施す貴金属など、主に王家の内向きの品の調達を司る王宮貴族の一家だった。この家の主は、順調に職歴を積み上げていけば、財務尚書にまで至り得る名家だった。

 その一人息子であるジャンは、イワンよりもかなり年嵩な男であったが、プライム家のジョンとともに側近として特別に早くから付けられ、王子宮、立太子の後には王太子宮の予算管理を任されていた。

 オリヴィアは改めて周りを見回し、アンヌ以外に控えている侍女たちを下がらせた。

 二人になると、アンヌにもソファに座るよう勧めて、詳しい話を求めた。


「下町の地下賭博場にいたところを、衛兵に踏み込まれたとのことです」


「王都の衛兵に、そんなことができたの?」


 権勢ある貴族家の一員には、不逮捕特権が暗黙に認められている。街を見回る衛兵程度に、有力貴族の子息が捕まることは通常考えられなかった。

 地下賭場の位置も以前から知られてはいた。

 しかし出入りしている貴族たちのことを考えると、衛兵たちにはとても手出しできる場所ではなかった。賭博場の主催側から申し訳程度に渡される小遣い金をもらって、見て見ぬふりをしていた。 


「さすがに王都を巡回している警邏(けいら)の衛兵では無理でしょう。今回ジャン様を捕縛したのは、王府直轄の兵だったそうです」


 それを聞いて、オリヴィアは驚いた。


「ということは、違法賭博取締の?」


「ええ。あの調査委員会、動いていたみたいです」


 半年前、プルミエール宰相が王都に蔓延(はびこ)る違法賭博の問題を枢密院にはかっていた。実態調査のために、名だたる貴族たちが名を連ねる調査委員会が、宰相の管轄する王府のもとに組織され、委員会の実働兵として、衛兵たちも付けられていた。

 しかし委員会は作られたものの、貴族たちの招集は未だ行われず、数多くある休眠組織の一つと見られていた。


「地下賭博場の方も警戒してしばらく活動を止めていたようですけれども、あの委員会が看板だけの存在らしかったので、賭場を再開したばかりだったみたいです。そこを突いて、急襲したのだとか。トゥリーチェイ公爵閣下が直々に指揮して」


「公爵は、プルミエール宰相ととても親しかったわね」


 先代王弟トゥリーチェイは軍務での経歴が長く、退役して久しいものの、いまも現役時代同様、猪突猛進の性格はよく知られていた。爵位の高さもあって、調査委員会では委員長に就任していた。

 衛兵の持つ篝火(かがりび)のなか、馬上から白い髭を振るわせて、突入を叫ぶ公爵の姿が、オリヴィアの目にも浮かぶようだった。


「それにしても、殿下にあれほど信頼されていたジャン様が地下賭博場で捕まるなんてね。人は見かけによらないってことね」


「ジャン様は、私たちが知る表向きの顔とは、別の顔もあったようです。このたび、身柄が完全にプルミエール様のお手元に確保されてしまいましたので、いろいろ表沙汰にされるのではないかと」


 醜聞にまみれたジャンは、王太子の側近集団から切り捨てられることだろう。王太子にとっても大きな打撃だ。そして、プライム家にとっても、その牙がひとつ失われることを意味していた。


「宰相閣下の仰っていたのは、このことだったのね……」

お読みいただき有難うございました。


✴︎漢字変換、表現の用法は意図したものである場合があります。

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