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21 侯爵領へ

 春の日も重なり、汗ばむほどの暖かさを感じる頃。


「ちょっと、なんでこの荷がまだここに置いてあるの?」


「……すみません。侍女殿。手違いがありました。輜重隊(しちょうたい)はもう出てしまったので、この荷物は後発の部隊に回しても大丈夫でしょうか」



 ここしばらく、当代当主だけでなく、先代も滞在していた王都の侯爵家本邸は、シュッドコリーヌの中枢として機能していた。


 その主要部が侯爵領へ帰還することになり、本隊が出発するこの日、屋敷内外は喧騒に包まれていた。

 

 

「ジェラールも一緒なのね」


 馬車で長時間過ごすための旅装を整えたオリヴィアが、嬉しそうに言った。


「十五年ぶりですかね。侯爵様の行き来のお供でシュッドコリーヌ領には何度か帰ってますけど、こうしてすっかり戻って向こうでお仕えすることになるとは思わなかったなぁ」


 馬車内に持ち込むオリヴィアの手荷物を抱えて、少し遠い目をするジェラール。彼も軽い防具を身につけた騎士の旅装だ。


 すでに侯爵家の主だった荷物は、本隊に先行して出発した輜重隊に積んでおり、旅の間に使う身の回りのものを馬車内にと運び込んでいる。


「あれ、ジェラールは、王都の方がいいの?」


 なんとなしにオリヴィアが訊くと、ジェラールは頭を振った。


「とんでもない。これは天命なんだなと思ったんですよ。騎士としての残りの人生を、故郷の近くで暮らせっていうね。これまでは時間が取れませんでしたが、向こうでの暮らしが落ち着いたら、故郷にも帰って兄貴たちの様子を見てこようかと思います」


「私は、侯爵領へ行くのは、はじめてです。どんなところなんでしょうか」


 王都に生まれ育ったアンヌは二人に訊く。こちらもすでに旅姿だ。


「良いところだよ。山がちな俺の田舎と違って、領都のあたりは土地も(ひら)けているから、町育ちのアンヌさんにも過ごしやすいんじゃないかな」


 オリヴィアも両手を広げながら、アンヌに町のことを教えようとする。


「あのね。街の前には大きな川があるの。お城の大きな壁沿いに、粉挽の水車がいくつも回ってるんだよ」


「あ、アンヌさん、当然だけど、王都と比べて領都街は小さいからね。そこは比べないようにな」


「うん。大きさはわからないけど、多分そう」


 少し悔しそうにするオリヴィアに、アンヌは笑いながら言った、


「オリヴィア様は、王都の街もほとんどご覧になられていませんでしたからね。次に王都に出かける機会には、私がご案内いたしますね」


「うん!」


「おや、王都に来た際の楽しみがまたひとつ増えましたな」


 家令のユーゴが挨拶に出てきたところだった。

 

 ユーゴは王都に留まり、王宮との折衝役、情報収集役を務めることになっている。シュッドコリーヌ侯爵家は、王都の防衛にも大きな役割を担っており、侯爵邸の家令のほか、王都の侯爵騎士団など、幾人かで侯爵家の留守を守る仕組みになっていた。




 準備が済み、侯爵家の本隊が出発する時間だ。

 

 ジェラールら護衛騎士たちもすでに騎乗を済ませた。

 

 オリヴィアとアンヌが大型馬車に乗り込むと、その後からアントワーヌとルイも乗り込んだ。


 まだ赤子のシャルルは、別に仕立てた乳母たちとの特装馬車に乗っている。


 ジェラールが「当主搭乗」の合図を送ると、護衛隊長が、全隊に出発の号令をかけた。


 オリヴィアは、手を振るユーゴたちに車内から手を振りかえした。


「オリヴィアお嬢様、お元気でお過ごしください。また次の季節でお会いできます日を楽しみにしておりますよ!」



      ✴︎



 出発前、イワン王子との婚約の話は結局そのまま進められることになったと、オリヴィアは聞かされた。


 十代半ばにあるであろう、正式な婚約式が行われるまでは、オリヴィアは侯爵領でシュッドコリーヌ家での教育を受ける。王子の婚約者筆頭候補としては、年に二度ほど王都に上がり、王家に季節の挨拶をすれば良いのだという。


 王子との初顔合わせも、昨年の園遊会で済ませたことになった。


「王家にまだ話を上げる前だったから、逆にこちらの言い分をほとんど飲まれてしまってね。どうにもならなかったんだ」


 と、申し訳なさそうにアントワーヌがオリヴィアに語る横で、祖父のルイが、


「すまんな、オリヴィア。ちょっと腹の立つことがあったので、プルミエールの奴を脅しすぎた……。うちも侯爵家。王家と婚約を結びたくないとまでは言えないし、プルミエールも、一度話を持ちかけた手前、ひっこめられないようだ」


 と頭をかきつつ詫びた。


「ううん。お父様。お祖父様。大丈夫。私、領地でのお勉強、楽しみにしているよ」


 ふたりに気を遣ったオリヴィアは、明るく振る舞って返事をした。その幼い気遣いの仕草がまた、アントワーヌに自責の念を抱かせたのだが。


 オリヴィアも、政略結婚については貴族の娘として仕方のないことだと、もう割り切っていた。


 魔術師にはなれなくとも、機会さえ失わなければ、魔法や魔術の修練は続けることができるのだ。そうアンヌやジェラール、教師たちと話し合っていた。


 今はそれよりも、父であるアントワーヌが、母のエメロードが世を去って以来、ようやく自分を見て、話を聞いて、答えてくれることがオリヴィアには嬉しかった。自分を大切にしてくれているようにオリヴィアには感じられたのだ。



      ✴︎



 馬車隊は王都の外城門をくぐり、南への街道をまっすぐに進んでいく。


 青々とした空の下、左右に広がる耕地にはうす緑の新緑が広がり、街道ぞいには、春の花々が点々と色鮮やかに咲いている。


 母がもういないのはたまらなく寂しい。


 でも母が自分に残してくれたアンヌやジェラール、そして父たちもいる。

 

 ーーお母様、私は大丈夫だよ。

   でも、ずっと見守っていてね。

 

 馬車のなかで、オリヴィアは母から貰ったネックレスの紅玉を握りしめながら、そう願った。 

ここまでお読みいただき有難うございました。

これにて、六歳の章は終わりです。


次章からは一気に月日が飛ぶ予定です。

ですが、繁忙期に入ってしまい、しばらくお休みいたします。お待ちいただけましたら幸いです。



✴︎漢字変換、表現の用法は意図したものである場合があります。

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