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13 母からの贈り物

「そろそろ出産が近くなってきているから、私の授業はしばらくお休みします」


 王子の園遊会の一件で、落ち込んでいたオリヴィアだったが、アンヌだけでなく、エメロードともゆっくり話をして、翌朝には日々の生活に復帰することができた。その後はオリヴィアは屋敷で魔法や護身術、マナーや読み書きの勉強など、元気に過ごしていた。


 普段通りの日常を過ごすなかで、エメロードの出産は目前に迫ってきていた。


 少し前から、実際に見本として魔法を使って見せるのは、屋敷付きの若手魔術師になっており、エメロードはオリヴィアとアンヌの魔法の使い方を口頭で指導するだけになっていた。


「先生、赤ちゃん、もうすぐ生まれてくるの?」


 オリヴィアが我慢できないように全身を左右にくねらして、伸び縮みさせながら訊くと、エメロードは笑った。


「そうよ。でもオリヴィア、いまのあなた、最高にお行儀が悪いわよ。私が見られない間は、別の先生があなたたちの魔法を見てくれるから、安心してね」


 そう言って、エメロードはオリヴィアとアンヌの二人を見渡して、「明日は街に買い物に行きましょう」と言った。


     ✴︎


 エメロードが連れて行くのは、オリヴィアとアンヌ、そしてジェラールと他にもう一人の新人騎士。合わせて五人だ。


 街への私的な外出なので、侯爵家の紋章はあるが、余計な装飾彫りのないシンプルな馬車を使うことにした。



「奥様、どうぞ」


 ジェラールが馬車に乗り込むエメロードに声をかける。


「ありがとう、ジェラール」


 いつもオリヴィアたち相手には、雑な言葉遣いが交じるジェラールも、雇用先の女主人であるエメロードの前では、澄ました顔で丁寧な言葉遣いだ。騎士の服装も手入れがしっかりされており、無精髭の剃り残しもなくつるりとしている。それがオリヴィアにはおかしかった。


「ジェラール。私たちには、どうぞしてくれないの?」


「お嬢たちには、あちらの若くて格好良いのがお手伝いしてくれますよ」


 ニヤッと笑ってジェラールが言うと、「あら、私もそっちの方が良かったわね」と、先に乗り込んだエメロードが馬車の中から茶々を入れた。



 侯爵邸の正門を、前後に一騎ずつつけて、馬車はゆっくりと走り出た。


 王宮にこそ園遊会で立ち入ってはいたが、オリヴィアは街に下りるのは初めてだった。


「どこに行くの?」とオリヴィアが尋ねても、みな「ついてのお楽しみに」としか言わないので、オリヴィアの期待は高まってしまう。彼らがオリヴィアに口を揃えて隠しているからには、きっと、魔法のお店に違いなかった。


 王宮と貴族街を囲む内城壁を出て、内濠にかかる橋を渡ると、半円形の広場になっており、そこから商業街区のもっとも賑やかな区域が放射状に広がっている。


 人で溢れた街路を馬車の窓からオリヴィアがもの珍しそうに見ていると、一軒の店へとついた。


 大きく戯画化された魔杖の模型看板と、装飾された文字列の後ろに、オリヴィアにも読める「魔術具店」とあるのを見て、やっぱりだ、とオリヴィアの興奮はさらに増した。


 薄暗い店内の壁には、様々な意匠の魔杖がかけられている。入口から入る客に面してコの字型に配置された、大人の腰の高さまである薬種棚の上部は、ガラスのケースが据えられ、宝飾品さながらに魔石や魔術具が陳列されていた。

 

 オリヴィアは、ジェラールに抱えてもらい、ガラスケースの中の品に目を輝かせて見入った。


「ご無沙汰しております。エメロード様」


「ご主人、久しぶり。元気そうね」


 店の奥から現れた店主らしき老人の挨拶に、エメロードはくだけた調子で応じた。


「直接にご来店いただくのは、エメロード様のご結婚以来ではないですかな」


「そうね。少し前まで、侯爵領に引っ込んで生活していたしね。今日は私のかわいい弟子たちに、本物の魔術具のお店を見せてあげようと思ってね。それと、ご贔屓先を彼女たちに引き継いでもらうためかな。この二人が成長したら、あなたのお店に来るようになるかもしれないから。よろしくね」


 エメロードは悪戯(いたずら)めいた片笑みを浮かべて言った。


「おやおや、これからもご師弟ともどもお願いいたしますよ」


「お母様、お知り合い?」


 オリヴィアは訊いた。


「そうよ。ここは、私が魔術師として新人だったころ、先輩魔術師から教えてもらったお店なの。

 魔術具の店は街には幾つもあるけれど、どのお店が信用ができるか、最初は分からないでしょ。魔術具にしても薬草にしても、変なものを使えば命の危険がある。

 だからまずは先輩に紹介してもらうのが早道なのよ。今日は、私があなたたちにこの店を紹介したってことになるわね」


 エメロードはオリヴィアにそう説明して、店主に訊いた。


「注文しておいた品はできているかしら」


「もちろんでございます」


 店主の返事を聞いて、エメロードはオリヴィアたちに言った。


「私はこのご主人と少し話があるから、その間はジェラールたちと、お店の品を見せてもらってなさい」


「奥様、お供はよろしいので」


 ジェラールが尋ねると、エメロードは笑って、「すぐ隣の間よ」と間仕切りで隔てた間に入って行った。


 小半刻ばかり過ぎた頃、戻ってきたエメロードは、オリヴィアとアンヌそれぞれに、深みのあるニスを重ね塗りした木製の長細い小箱を手わたした。


「開けてごらんなさい」


 二人は息をつめてそっと箱の蓋を開いた。


 木箱の中には、柔らかい布に包まれて、腕の長さほどの細い杖が入っていた。


 オリヴィアは、(はじ)けるような笑顔をエメロードに向けた。


「ありがとうございます!」


 二人は口々に言った。


「二人にはまだ使うのは早いのだけど、来年には必要になると思うから、練習用に、短めの魔杖を与えておくわ。

 装飾がないだけで、材質も作りも良いものだから、実践の場でも長く使えると思う。

 見栄えの良いものは、十分使いこなせるようになってから、自分の趣味であつらえなさい。

 魔法の先生からの二人への贈り物、大切に使うようにね」


「見た目は素朴そのものですが、どうして、宮廷魔術師にも相応しい高級な逸品ですぞ」


 とエメロードの背後から店主が冗談めかして付け足した。


「それから、オリヴィア。あなたの母として、これを。外に出る時は、できるだけかけておきなさい」


 そう言ってエメロードは片膝を折ってかがみ込み、オリヴィアの首に、赤く輝く丸い石をトップにつけたネックレスをかけた。


「守護の紅玉。なかに魔力と魔法陣が組み込まれていて、いざという時に軽い起動の魔力を与えるだけで、強い結界を張ることができます。きっと、あなたの役に立つわ。そんなことがないに越したことはないのだけれど」


「ありがとう。お母様!」


「最初は私の魔力を込めてあります。あなたが定期的に魔力を補充してあげれば、繰り返し利用できるからね。成長に合わせてチェーンや周りの台座を変えていけば、長く使えるわ」


 エメロードは微笑んで、しばらくそのままの姿勢でオリヴィアを見つめた。


 オリヴィアは首にかかったネックレスを手に取りためつすがめつ見ていたが、エメロードの瞳が自分を見ていることに気がつくと笑いかけた。


「さて、二人とも、十分に見られたかしら。他に何か欲しいものはあって? まぁ、何を買うにもまだ早いかしらね」


 エメロードは立ち上がった。


「近くに、王都でも指折りの美味しい菓子のお店があるのよ。せっかくここまで出てきたのだから、行かない手はないわよね。個室を予約してあるから、この後はみんなでそちらに行ってお茶にしましょう」

お読みいただき有難うございました。


✴︎漢字変換、表現の用法は意図したものである場合があります。

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