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9 「魔法好きのお嬢様」と「魔法の先生」

 オリヴィア・シュッドコリーヌは、王国南部のシュッドコリーヌ侯爵領で生まれた。領城にある屋敷で育ち、六歳になる初夏、王都の屋敷へと移った。


 生まれた直後はあまり泣くことはなく、はじめはおとなしい子と見られていたが、長じるにつれて魔術への関心を見せ、領地の騎士団に属する魔術師にごくかんたんな魔法の一つ二つを教わり会得できたことで、自身も魔術師になる夢を見るようになった。


 比較的早かった言葉での物事の理解。そして魔術への執着心。


 オリヴィアが後から振り返ると、これらはいつとも知れぬ別の世界での記憶が無意識に影響していたのではないかと思う。

 

 もっとも、魔術の方には、オリヴィアにとって、身近に大きな影響を与えた人物がいたのだが。

 

 城に併設された騎士団の駐屯所に入りびたっていたことで、馬にも剣にも抵抗なく育ち、「魔法好きのお嬢様」は健康的に育つことになった。


「王都に行けば、お嬢様の好きな魔法をたっぷり学べますよ」


 屋敷の使用人たち皆にそう言われれば、生まれてから慣れ親しんできた侯爵領の屋敷から離れるのも怖くなかった。


 オリヴィアが期待に胸を膨らませ、身を乗り出すようにして馬車の窓の先を眺めていると、隣に座る父アントワーヌは彼女に思い起こさせるように言った。


「オリヴィア、お母様にも会えるんだぞ!」


「うん!」


 もちろん、母に会えるのは最大の喜びだ。


 母、エメロードは、オリヴィアが五歳を越すまでは領地でともに暮らしていた。


 オリヴィアが育ち、そろそろ社交を再開すべく夫とともに王都へ赴いたが、妊娠がわかったことで社交シーズンが過ぎても、領地に戻るアントワーヌとは別に王都に留まった。安全のためだ。


 王都から侯爵領まで急ぎの馬車でも十日はかかる。身体をいたわりつつ休みを挟めば、その分日数はびる。妊婦の旅はあり得ないことだった。

 

 そのためオリヴィアは長い間、母と会えないでいた。

 

 あまり妻のそばを離れたくないアントワーヌは、領地での仕事を速やかに済ませると、オリヴィアを連れて王都へ戻ることにしたのだった。




「オリヴィア、よく来たわね! 待っていたわよ」

 

 王都の屋敷の玄関前で、エメロードはオリヴィアたちの馬車の到着を待っていた。


 前日の宿から出していた早駆けの連絡が届いていたのだ。


 オリヴィアは使用人が馬車の扉を開いた途端に飛び降りた。


「お母様! 会いたかった!」


「オリヴィア。お嬢様らしくしなさい! お母さんは身重だから我慢しような」


 思わず飛びつきそうになるオリヴィアに、慌てておりてくるアントワーヌが声をかける。


 急停止して力の余ったオリヴィアは、その場で何度か軽く跳ねた。エメロードも近寄り両手を広げて、オリヴィアを優しく抱きしめた。オリヴィアも母の腰に手をまわし、そのまま二人で軽くステップを踏みあい、笑いあった。


「お母様、赤ちゃん、いつ生まれてくる?」


「あと三か月ぐらい先よ」


 屋敷のエントランスホールで再会を喜びあったのち、エメロードは居間でオリヴィアと二人になると、「あなたに引き合わせたい人がいるのよ」と言った。


「魔法の先生?」


 オリヴィアは、ソファから身を乗り出して期待に目を輝かせて言った。


「魔法の先生の前に……いらっしゃい、アンヌ」


 エメロードはドアの前に立つ少女に声をかけた。


「この子はアンヌ。シュッドコリーヌの親戚の子です。私はあなたとずっと一緒にはいられないから、アンヌにお姉さんとして遊んでもらいなさい」


「アンヌでございます。オリヴィア様、これからよろしくお願いします」


 アンヌは十一歳。すでに幼さを抜け出し、自分とオリヴィアとの関係を正しく理解していたアンヌは、侯爵とその令嬢、年配の先輩侍女たちに囲まれて緊張していた。


「オリヴィアです。よろしくね、アンヌお姉様」


「オ、オリヴィア様、私にお姉様などと……」


 慌てて否定しようとするアンヌに、エメロードは優しく言葉をかけた。


「良いのです。アンヌ、オリヴィアにお姉様と呼ばせてやって。それと、あなたは王都の育ち。ここでのことを色々とオリヴィアに教えてやってちょうだい。私の代わりに、オリヴィアのことを頼みますね」


「はいっ!」


 アンヌは誇らしさで顔を紅潮させながら頷いた。オリヴィアは笑って言った。


「アンヌお姉様、お顔が真っ赤」


 こうしてアンヌは、この先長くオリヴィアにつき合うことになる。



「お母様、それで、魔法の先生は?」


「ふふふ。先生は私です」


 エメロードは胸を張った。


「えーー、お母様が!」


 驚くオリヴィアに、エメロードは悪戯が上手くいったかのように笑った。


「ふふ。オリヴィア、私をめてもらっては困るわ。これでもとついでくる前は、実家の守備隊で活躍していた優秀な魔術師だったのよ。その辺の魔獣なんかチョチョイだったのよ!」


「ほんと! お母様のお話聞きたい」


「ほほほ」とエメロードは扇子であおぐ仕草をしながら胸を反らし、高笑いをして見せた。


「また後でね。たっぷり語ってあげるわ。さすがにいまはお腹に赤ちゃんもいるからあまり動けないけれど、初歩的なことをあなたに教えるのは訳ないの。

 むしろ、あなたには貴族のお行儀を教える先生が必要ではなくて?」


「うえええ」 


「アンヌお姉様の言うことを聞くのよ。それと、ちゃんと私の知り合いの優しいお行儀の先生に声をかけてあるから、頑張ってね。さて、あなたは領地で、魔術師たちからごく初歩的な魔法について手解(てほど)きを受けていたのよね」


「はい、生活魔法の光とお水です」


「では、来週から少しずつ学んでいきましょう。アンヌもよろしくね」



 魔法の教師としてのエメロードの教え方は、実践主義だった。


 彼女の魔法の授業は、昼前の一刻程度と決まったが、「教えるって言ったけれど、口で色々と言うより、身体で身につけた方が良いものもあるからね」。そう言って、屋敷の裏庭につくられた広い芝生にオリヴィアとアンヌを連れ出した。


 この日は日差しの強い晴天だった。


 日除けのために黒いつばひろの帽子を被った三人は、輪になって魔法の練習をはじめる。


「まだ二人には、魔杖は必要ないからね」ということで三人とも手ぶらだ。


 エメロードは言う。


「魔術師だからって、魔法は上手でなかったりするのよ」


「え、そうなの? ……そうなのですか?」


 オリヴィアはいつものように返しそうになり、すぐに言い直した。エメロードは笑って「よく出来ました」と褒めた。


「魔法は、自然の魔力を集めて、それをあまりいじらないで利用するものだから、できるだけ自然の力との結びつきを強くする方がいいの。

 魔術はそれに加えて、その魔力を人間の<こうあって欲しい>というかたちに整え直して使うものだから、こちらは使い手の技術力がかかってくる。

 でも技術のすごい人も、材料集めが得意じゃない人もいるわよね。そういう人は、魔力を蓄えた魔石や魔力を集める魔道具を使って補っているのよ」


「こういったものね」と、エメロードは自分の首を飾るネックレスの先に着けられた紅玉の石を取り出してみせた。


「子どものうちは、何も考えず、自然とのつながりを太くする、魔法の基礎の練習をしっかりとしとくと、大人になってからの強みになるわ。ひとつひとつ、小さな魔法を練習しながら、その魔法を大きくしていきましょう。それができるようになったら、今度はそれを凝縮する練習をしていきましょう」


 エメロードはオリヴィアの背後に回ると抱え込むように身体を合わせて、オリヴィアの両腕に手を添えた。暖かい、ゆるやかな流れが、エメロードの体温とともにオリヴィアの背中や腕に流れ込んでくる。 


「さぁ、先生が後ろから魔力を流すから、それに合わせるように自分でも同じ魔力を意識して周囲から集めてみて」 


「はいっ!」


 オリヴィアは元気よく返事をして、自身の身体に意識を集中させる。


 エメロードから発する、魔力でも体温でもない、なにか暖かいもので、自身の心がどんどんいっぱいになっていくのを感じながら。


お読みいただき有難うございました。


✴︎漢字変換、表現の用法は意図したものである場合があります。

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