0 きっと夢のような
寛大な心でお読みくださるようお願いいたします。
子供の頃、ファンタジーの世界にはまり、有名どころの小説からマイナーな漫画まで、私の手の届く限りで読み漁った。
剣と魔法の世界に幼い私は魅せられていた。
小学生時代には禁じられていたネットを、中学に入って制限付きながら比較的自由に見られるようになると、投稿小説のサイトを見つけた。
同じ頃、同人誌の世界にも足を踏み入れた。普通の子どもだったし、お金はそれほど持っていないから、友達と連れ立って行った頒布会では、選びに選んだサークルの本を数冊、記念に買う程度。
「厨二病」の荒ぶりは比較的すぐに治まったものの、趣味としては結局最後まで残った。
漫画家や小説家には憧れたけれど、絵はノートに落書きするぐらい。
ストーリーのような大きな物語は思い浮かばないし、切れ切れに頭に浮かぶシーンを構成してみせる力は私にはなかった。もちろん、漫画もネット小説も読むだけの人。オタクと名乗るには程遠い存在だった。
学生時代には、オリジナルのキャラをシャープペンでノートに幾つか描いたけれど、自分の机にしまいこんで、黒歴史化していつしか忘れた。
その頃描いたオリジナルのキャラクターのうち、大人になってからも覚えていたのは一人だけ。
ーー邪眼の女魔術師。
右の瞳は薄緑、左の瞳が濃い赤紫のオッドアイ。長いストレートの黒髪で、白い魔術師のローブを羽織っている女性の棒立ち絵。
名前はつけなかった。
彼女がいったいどんな世界に生きていたか、設定については覚えていない。
ひとり夜中の自室で描いている時には、きっとローブをはためかせ、詠唱しながら腕をつきだし、さっそうと魔法を放つ姿を思い浮かべていたはずだ。
大学を卒業して社会人になると、小説や漫画は仕事の合間の息抜きに読むぐらいになった。自分では落書きすら描かなくなった。
三十になる頃、重い病気が見つかった。きっかけは小さなしこりの発見。何度か手術もしたけれど、まだ若かったこともあり、あっという間に末期のステージになった。
もう助からない。
それを認められなくて、私は荒れに荒れて何度も身の回りの人たちに当たった。でも家族は見捨てないで私の側にずっといてくれた。最期の日々には友だちも挨拶に来てくれたし、家族は立ち会ってくれた。
ありがとう。短かったのは残念だったけれど、みんなのおかげで良い人生だったと思う。
あ、恋人。いたら良かったのになぁ。
お読みいただき有難うございました。
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