第4話
野外活動での交流戦の後、リディは泣いた。
心底、悔しくて泣いた。
「ガー君、ガー君がサポートしてくれたのに、助けてくれたのに、負けちゃったよ」
「負けてないよ」
リディに向かってガクはそう囁く。魔力暴走して箒に乗れなかった少女が、ぶっつけ本番で2位に位置したのだ。それでも、リディは悔しいと言う。
「絶対、勝てるってイメージできたにに。それなのに、それなのに……」
リディはガクの胸で泣きじゃくる。
相手の、旋風の魔女は追い抜かれようとした瞬間、リディ達に、暴風を叩きつけた。ガクも妨害までは読むことができず失速。それでも体勢を立て直してゴールした。向こうの魔女が、箒競走に慣れていただけの話だ。
ガクはそんなリディが。小さな氷の魔女が誇らしいとすら思ったのだ。
「――また私は、この星に来る。だからガー君。次、来た時も、絶対、私のパートナーになって。他の魔女の【魔宝】になったらイヤだよ。絶対だから、ね」
泣きじゃくって。
その表情はぐちゃぐちゃで。
彼女は、選ばれた天才で。
でもガクはこの時点から、自分が魔力がゼロなことは知っていた。
彼女には誰か、違う男性が【魔宝】として、きっと巡り会う。
そう小学生なりに、ガクは感じていた。
それでも、と思ったのだ。
この小さな魔女の闘志を消したくない。
だから、小指と小指を絡めた。約束するよ、と。
この時、ガクは知らなかった。
当然、リディは知っていた。
小指と小指を絡めること。
それは魔女が婚儀を交わすこと。
【魔宝】契約の最上位。
魂と魂で、口吻を交わしたことを。
■■■
その夜は満月だった。
いつもリディアが一人で箒を飛び立ち練習を行っていたが、今晩は違う。
魔力を点火する刹那。
リディアの目を、後ろの【魔宝】が覆う。
空気の温度が下がる。
凍りついて、箒は舞い上がった。乱れはまるでない。
「……リディなの?」
ガクは呟く。
「やっとガー君が私に気付いてくれた」
リディア――リディは、今までの表情がウソのように微笑む。予め、設置しておいた浮遊岩を難なく回避していく。今までは、氷魔法で力づくで粉砕していた。それが、ガクの指示で回避。ムダな魔力を使わない分、加速に注力する。急旋回は氷を活用してドリフトできる。今までは魔力切れを起こしていたのがウソのように、空を支配していた。
「いや、気づくって。そんな、無理だよ」
「どうして? 私は、ガー君をホストファミリーにすることに全力を注いだし。あのガー君だって、すぐ分かったよ?」
不満そうな表情を浮かべる。ガクから真正面の表情は見えないが、魔力で構成された|Air Displayが、その表情を映し出す。
「え、えっと……。最初、『近寄らないで』って言ったの……」
「やっと会えたんだよ? 成績を落とさないように、常にトップを走ってきたのも、全部ガー君に会うため、それだけだったのに。それなのに他人行儀に『リディアさん』って、そんなのひどいよ!」
「や、だって。でも、あれは小学生の時の話で。そもそも交流授業で――」
「本当にそう思ってるの?」
「へ?」
「魔女が優秀な人材を揃えるように、あの野外活動に参加した地球人も【魔宝】の卵たちよ? 平行世界の交流で、そんなただの交流なんてロス、世界魔術連盟はしないよ」
「い、いや。でも俺には魔力がそもそもないし――」
「人間が魔力をもっても、仕方ないじゃない。魔法を使うのは魔女なんだから」
リディア――リディの物言いに、ガクは目を丸くする。
「この状況の中で、どう魔女をサポートするか。どう支えるか。どう安心させるか。それだけよ」
リディはふふ、と笑う。
「魔法ってね。嬉しいと、それだけで膨れ上がるの。楽しいと、それだけ大きくなるの。恋をするとね、世界なんか越えられちゃうの」
「え、それって……」
すでに光の速さを越えている。
氷の粒子を煌めかせて。
さながら箒星のようで。
「だから。ガー君が他人行儀なのがイヤだった。私が隣にいても、他の女の子と話しているのがイヤだった。桃ちゃん先生に笑いかけるのがイヤだった。ガー君は、私に笑ってくれないのに――」
「いや、だってソレは。リディが怒ってたから」
「最初からリディって言ってくれたら、怒らなかった」
「あ、いや、その……」
「でも、大好きなココアが飲めたことは嬉しかったよ? 頑張ろうって、もっと頑張ろうって思えたから。でもね――」
とリディは言葉を切る。
「私じゃなくて、違うリディアのために、ココアを淹れているんだとしたら、それはたまらなくイヤだったの」
「へ?」
「あのココアは私にとって特別だったから。この星に来て。一人で寂しくて。この星の子たちとどう接して良いのか分からなくて。そのなかで、着飾ること無く接してくれたのが、ガー君だったから」
「ん……」
「他の女の子に、ココアを淹れるのはイヤ。私にだけ淹れて」
クールな魔女の姿はなく。ガクの記憶に残る、泣き虫リディが目の前にいた。
月を背に滑空した魔女と【魔宝】
ゆっくりと、急拵えの滑走路を降りていく。
魔力を散らしながら。
それは雪になって、舞いながら。
季節は10月。
1週間後、【魔女の集会】開催を前にして。
契を確かめるように。
【魔宝】契約の最上位。
魂と魂で、口吻を交わしたことに――満足ができない。
魔女はずっと我慢していたのだ。
本当なら、愛しい人の名前をずっと呼びたくて仕方がなかったのに。
変わっていないか。
契を反故にされていないか。
心を焦がして。
だから、魂と魂の口吻で満足ができるはずもなくて。
きらきらと、月光を浴びて。
雪が乱反射する。
からん。
箒が、魔力を失って。滑走路に落ちた。
月が雲に隠れて。
影が、色を奪っていく。
それは刹那のこと。
また月が雲から覗けば。
【魔女】と【魔宝】の影は、一つに重なっていた。