第2話
並行の世界が重なる――これが並行世界理論だ。
過去の文明では、開発不可能な螺子や地図、刀剣、金細工。いったい、いつ誰が作ったのか、その詳細は定かではない。
いわゆるオーパーツ。
ただし、並行世界の文明がまったく違う技術をもたらしたらどうか。
並行世界を導き出すための研究が続き、そして二つの世界を結びつけることに成功したのだ。
水の世界、地球。
魔女の世界、銀球。
かくして、魔女との交流が始まる。魔女は、伴侶となる【魔宝】を求めた。【魔宝】を得ることによって、魔女の能力は格段に向上する。
地球には、銀球が技術提供を行う。永久機関、魔法電池、マジカルAI等、列挙したらキリがないが、現代地球に産業革命がもたらされたのは間違いない。今後は世界魔術連盟(Universe Magic Federation――UMF)が中心となって、地球独自の魔法技術開発が必要だ。旧世代の思考にとらわれない、次世代イノベーションこそが必要なのである――。
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パタン。ガクが本を閉じるのと、静かな声で
「行ってきます」
と言う声が聞こえるのは同時だった。銀球からの留学生、リディアが定刻で、訓練に出たのだ。
窓をあける。
青い法衣に身を包んだリディアが、箒にまたがって空へ飛んでいく。最初だけ、箒が暴れるが、すぐに安定する。チラッと彼女がガクに視線を送るのが見えた。
――近寄らないで。
初日の挨拶で、拒絶された。【測定検査】で魔力がゼロと判定されたガクだ。そもそも、魔女の【魔宝】になれるなんて思いもしないが、それでも心に堪えるものがある。
氷柱の魔女の二つ名は伊達じゃない。事実、クラスメート達は、リディアとの契約を望むが、誰一人、【魔宝】になれたものはいなかった。
もう少しで、魔女と【魔宝】候補による試験【魔女の集会】が始まるというのに。
リディアのパートナーは不在のまま。
それでも、と。ホストファミリーの一員として、何かしら支えてあげたい、と。
ガクはココアを淹れる準備を始めた。
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「ねぇ学?」
「なに、母さん?」
仕事モードから切り替わってない母が、学に声をかける。その思考は新たな平行世界論文の執筆で、いまだ頭のなかがグルグル回っていることがうかがえる。
お疲れ様の気持ちをこめて、ガクは母にコーヒーを淹れてあげる。
ほうぅっと、一息つく。
「リーちゃんと、あれからちゃんとお話できた?」
「……」
リーちゃんとは当然ながら、リディアのことだ。
ガクは言葉がうまく出てこなかった。ただ初日の罵倒以降、リディアはガクと距離を置いている。冷たく射抜く視線は変わらず。ただココアを淹れることだけは受け入れてくれている。ホストファミリーとしては、せめて彼女が練習の後に、少しでも癒やして欲しいとココアを淹れることを続けていた。
と、母は小さくため息をついた。
「学が悪いと思うの。少し考えたら分かりそうなものなのに」
「え?」
この前から母はそう言うが、まるで心当たりが無いのだ。
「ちゃんと、リーちゃんとお話しなさいよ?」
母にそう言われて渋々、ガクは頷くしかなかった。
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きっかり一時間で、リディアは帰ってきた。リディアが猫舌なのは、この短い期間でも理解した。適温でマグカップにココアを淹れる。
そう言えば、と思う。小学校の時に出会ったリディも猫舌で、野外活動の時に冷ましてあげた記憶がある。
「ガー君、美味しい」
野外活動の時、リディならそう言って――。
(え?)
幻聴だったんだろうか。リディアの口から、その名前を呼ばれた気が――やっぱり気のせいか。ガクは首を横に振る。
「ごちそうさま、お休みなさい」
「うん。リディアさん、お休みなさい」
ガクはコクンと頷く。その言葉で、彼女は目を細めた。途端にその表情が不機嫌に色塗られる。
(名前を呼ばれるの、そんなにイヤだったのか)
慣れない留学。そして女の子だ。ナイーブになってもおかしくない。
本当にホストファミリーの役を全うするのは難しい。
氷柱の魔女と言葉を交わすことはなかなか少ない。でも、ひたむきに練習を繰り返し、努力をしている彼女。
この不器用な魔女を応援したい――それは偽らざる、ガクの本心だった。