山寺の魔像
ドラマのロケとは言え、深夜の古い無人のお寺というのは気味の悪いものだ。
昔はここも寺院として栄えたこともあるそうだが、跡継ぎもなく、檀家もなくなり廃寺になったという。
クルーと一緒に本堂に入ると、古い仏像や燭台が並んでいるのが目に入った。
スタッフはてきぱきとそれをかたづけ、作り物の如来象などを並べ、蝋燭に火をつける。
さらに、カメラやライトを設置している間に、ぼくは衣に着替えた。
ドラマでは、ここの住職役なのだ。
ライトが点くと破れた障子や擦り切れた畳が闇の中に浮かび上がり、さらに薄気味悪い風景となった。
「いいよ、いいよ、凄くいいよ」
ディレクターの後藤さんが嬉しそうに言う。
「みぶさん、座って下さい」
手招きされて、ぼくは本堂の真ん中に敷いた座布団に座る。
蝋燭の炎が風にゆれ、畳に映し出された自分の影もゆらめいた。
照明が顔を照らすと、周囲の闇の中がハッキリ見えなくなる。
役者としては、芝居に集中できて返って助かるのだ。
カメラが回り、スタートがかかる。
ふすまが開き、一人の女性が目の前に飛び込んで来た。
「和尚様、大変でございます」
女優の滝山あけみは勢い余って、ぼくの目の前にひっくり返る。
「カット、カット!」
後藤さんが笑いをこらえて言う。
スタッフも吹き出しそうな顔だ。
「すみません」
滝山あけみは腰をさすりながら立ち上がり、ふすまの向こうに戻ってスタンバイした。
「はい、気を取り直していきます」
再び、スタートがかかる。
ふすまが開き、滝山あけみが本堂に飛び込んで来て
「和尚様、大変で…キャア!」
すさまじい悲鳴を上げた。
同時に、ぼくの背後から阿弥陀如来の首が転がり落ちてくる。
首は、まるで何かに引きちぎられたようだった。
「しっかり付けてないからだ」
ディレクターの後藤さんが小道具係に癇癪を起こした。
何しろ、本番中に小道具の阿弥陀如来の首がぽろっともげ落ちたのだ。
「すみません。でも…おかしいなあ」
ぼくも目の前で見たが、くっつけた首が外れたのではなく、切り口は力任せにもぎ取ったような跡だった。
「こりゃ、元通りにつけるの難しいな」
「よし、ありものでいこう!」
後藤さんの鶴の一声で、もともとこの寺にあった古い仏像が運んで来られた。
なかなか立派なものだが、ほこりを取ったり、汚れを拭いて磨いたりでしばらく時間がかかる。
その間、滝山あけみと別室で待つことになった。
「みぶさん、ここのお寺のこと知ってる?」
二人きりになると、あけみは何か言いたくてたまらないように話しかけてくる。
「知らないけど、どういうこと?」と尋ねると
「昔、テレビでここのお寺を紹介したことがあってね、その頃はここも檀家さんがいっぱいいて賑やかだったらしいの。
で、本堂で仏様を紹介してるとき、住職さんの袖が当たって仏像がひっくり返っちゃったらしいの。
それで、そのシーンはカットされちゃったんだけど、以来、夜な夜な住職の夢の中に仏様が出て来て『テレビに出たかったぞ』と訴えたそうよ。それで住職もノイローゼになってこのお寺を閉めたんだって」
あけみがそこまで言った時、スタッフが我々を呼びに来た。
撮影再開となる。
古い仏像を背に、ぼくと滝山あけみが対峙してセリフをしゃべる。
カメラは周囲に敷いたレールの上を移動し、角度を変えて映していった。
「カット!」
後藤さんの声がかかる。
スタッフがモニターをチェックしていたのだが
「な、なんだ、これは?」
誰かが、素っ頓狂な声をあげた。ディレクターの後藤さんは難しい顔でモニターを睨んでいたが、
「別のお寺で撮り直しだな」とつぶやく。
不審に思い、ぼくもモニターを覗き込むと、ぼくの後ろに立っている仏像がカメラの移動に合わせて視線を動かし、最後には嬉しそうにピースサインをしている姿が映し出されていた。




